第40話 知りたいと知りたくない
電車に乗り、僕たちは秋覇原から澁谷へと向かっていた。尾登さんが憧れる桃郷観光地、ファッションの代表格と呼ばれる澁谷は、駅の近くに高層ビルが立ち並び、数多くのファッション、アパレル系統テナントが入っている。
街ゆく人々もそれぞれが個性に際立ちを見せ、いわゆるオシャレという部門においては果てしない探求がされている。というイメージを僕たちは持っていた。
しかし、意外にもホテルやオフィスビル、その需要に合わせてか弁当屋を始めとした軽食、飲食店などもちらほらあり、秋覇原とはまた違った賑わいを見せていた。
「意外にもビジネスマンが多い印象だね。人通りは多くて観光客も目に付く」
「シンタローくん、あれが有名なハチ公前やんな⁉ 一緒に写真撮ろ!」
玉藻くんは手に入れたばかりのスマホを片手に、写真を撮っていた。とてもご機嫌な様子である。インカメラでの写真に挑戦するが、どうにも勝手が上手く行かず、苦戦していた。どうしても画面内に二人が収まらない。
「自撮り棒とか買えばよかったかなぁ?」
「そんなん勿体ないって! 誰かそこら辺の人に頼んでみるわ! すんませーん! 写真撮って下さ~い!」
流石は関西出身。コミュニケーションの鬼だ。
「いいわよ。お姉さんに任せて!」
快く了承してくれた女性は、いつも見慣れた服装とは異なるものの、学校ではよく見知った人物だった。
「あっ、富山さん……!」
我が校の生徒会長、【
派手な化粧をしていてよく見ないと気が付かないが、元々の顔立ちが良い為、凛々しい普段の顔がより一層カリスマでクールな印象を与えている。
「すげー! カッコいい……!」
「びゃあっ⁉」
僕の存在に気が付いたのか、顔を頑なに隠している。どうやら見られたくない一面だったのだろう。生徒会長という肩書を持っている彼女だ。そういう事だろう。
「なんや、ふたりとも知り合いなんか?」
「いや、知り合いによく似てただけだよ」
「そ、そうね! 男の人を見たのが初めてだったから驚いただけ……!」
富山さん自身は自分のを知られたくないのだと思い、互いに知らないフリを決め込んだ。そして、滞りなく写真は撮ってもらった。親友とも呼べるような超至近距離で撮られた写真は、富山さんの目には如何様に映ったのか、彼女からとんでもない質問が浴びせられる。
「いいわねぇ~仲良しで~。おふたりは恋人同士なのかしら……?」
玉藻くんが男の子だと分かっていればこんな質問は飛んでこないのだが、彼の見た目はこんなにも美少女に見える。服で骨格が隠れている為、見た目で判断する事は非常に難しい。僕は即座に否定をしようと思ったのだが――
「せやで~! ウチら恋人になったばかりでぇ♡ ラブラブなんよぉ~♡」
明らかに玉藻くんがおふざけを始めたのである。
「た、玉藻くん! 悪ふざけが過ぎるって……!」
「にゃ~ん♡ ダーリンだ~いしゅき♡」
それにしてもこの玉藻くんノリノリである。いちいち男の子である事を説明するのも本当に面倒くさいのだろう。どうせ間違われるなら冗談として楽しんでしまおうとしている。そういう所やぞ。
「――……ふ、ふっ……!」
「い、いや、そうではなくてですね……!」
「シンタローくん、ウチとは遊びやったん♡ 酷いわぁ♡ 女の敵やなぁ♡」
玉藻くんの悪ノリは続く。何故か周りの目も、痛々しいものへと変化している。
「不誠実――!!!!!」
ハチ公前に生徒会長の絶叫が響き渡る。
「愛美くん! あなた! あゆみちゃんと言うものがありながら! 澁谷で堂々とデートなんか楽しんじゃって……! こ、こんな小さくて可愛い女の子を……! お、女の敵ぃ! 最低っ!」
このセリフだけ聞いていると、僕が二股を掛けている最低な男になってしまう。
「た、玉藻くん! 誤解を招く言い方はよしてよ! 僕このままだと最低のレッテルを貼られちゃうよ!」
「はぁーおもろ~! やっぱシンタローくんの周りに居るとおもろいわぁ~!」
火の無い所に煙を起こしておいてこの言い草である。そして、一向に訂正してくれないため、富山さんのヒートアップはまだ終わらない。
「学校でわたしとあゆみちゃんに陰茎を見せびらかしただけに止まらず! その他の女の子にも手を出しているなんて……! なんて男なの……! こっちは毎日夢に出てきて困っているのに……!」
「シンタローくん……それは余りにも……!」
「誤解だー! 濡れ衣にも程があるっ!」
この後なんやかんやあって誤解は解けた。あの居心地が悪い空間を飛び出し、僕たちは喫茶店へと入っていた。
「それにしてもシンタローくんの焦り様は傑作やったわぁ……。ウチの女声もなかなかのもんやな」
「あれ以上悪ふざけされていたら、僕は玉藻くんの下半身を露出させる事しか出来なくなっていたよ」
「怖い事言わんといてや、ココはウチが奢るさかい、許したってや♡」
こうなったらケーキセットを頼んでやる……。この小さな復讐に玉藻くんは全くのノーダメージだったが、肝心な富山さんはずっと居心地が悪そうだった。僕としては反省してほしい所である。
「あ、あの……! 愛美くん、勢いであんな事を言ってしまってごめんなさい……」
「いえ、誤解を招く表現を今後やめて頂ければそれ以上は望みません……」
「アレか? シンタローくんのちんちんが夢に出てくるってやつ。キミも大概やで」
玉藻くんの発言で富山さんの顔が真っ赤になる。彼女は夢に見ている様だ。
「トラウマは早い所克服せんと、傷が広がるばかりやで? シンタローくん。ちんちん見せてあげたら?」
「そうはならんやろ」
僕のツッコミもこの短期間で上達したものだ。というよりも必要に迫られている。そんな気すらしてきた。
「この事は他言しないわ……! 勿論あなた達も黙っていて頂戴……!」
「僕としては、これ以上の風評被害が広がらない事を、切実に求めているのですが、富山さんの中では僕はどんな存在なのでしょうか? 実験準備室で起こった出来事はきらら先輩の暴走である事は説明しましたよね?」
「ご、ごめんなさい……! 昔から考え込んでしまうと、その、次々と妄想が頭の中をグルグルと支配してしまって……! あなたのは特に、印象が強かったから……」
「つまり、シンタローくんのちんちんがデッカ過ぎて、寝ても覚めても頭から離れないっちゅーことやん。罪な男やでホンマ……!」
「言い方に明確な悪意を感じる」
「わたしだって……! こんな事考えたくない……! 男の人の裸を見てしまったらこんなことになるなんて、思いもしなかったわ……!」
本人はどう思っているか分からないけれど、僕には懸命なSOSに見えた。どうしたら富山さんの悩みは解決するのだろうか、出口が見えないまま時間は経過していく。
「まぁなんや、ウチも男やから女の子の気持ちは分からんけども、相談に乗る事くらいは出来る。いつでも連絡してくれや……」
玉藻くんは自分の連絡先を読み込みコードで表示する。これはカメラで取り込む事で自動的に電話帳へと登録される仕組みだ。その過程で僕も富山さんと連絡先を交換することにした。
「よし、深雪ちゃんの悩みは分かった。要は男について未知な事が多いから不安になってしまうって事やろ? なら、ウチらと一緒に遊べば理解も深まって問題が解決するかもしれん。残念ながらちんちんは見せてやれんけどな」
「玉藻くん、
「……そうね。理解が深まれば不安も解消される。と云うのは一理あるかもしれないわ。厳密な情報統制の中、正確な形の男性器を見る機会はなく、教科書ですらその形をぼかしてしまっている。私に必要なのは深い理解なのかもしれないわね……!」
どうやら思い込みも人一倍激しい女の子のようだ。こうして僕たちは三人で澁谷の街を探索することになったのである。
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