第39話 オプションはいりません
ステーキハウス佐山での食事を終え、体力と気力を回復させた僕たちは、本来の目的であったインターネットケーブルを求めて歩き始めた。
アヴァロンに案内されて辿り着いた店舗は、大型家電量販店として有名である、ビルの全域が売り場として機能している。全部で七階の構造であるが、僕たちのお目当てであるネッワークケーブルは最上階となる。
パソコンを始めとし、周辺機器も多く取り揃えている店舗の様で、僕たちの様な田舎者は必然的に目移りしてしまう。
「まだ時間も金もある事だし、折角やからウチとしては新しいガジェットを探したいんやけど、シンタローくんはどうや?」
「良いと思うよ。玉藻くんスマホ持ってないって言ってたけど、買っちゃう?」
「それもええかもなぁ……! えっと、身分証だけで審査通るんやっけ? 居場所が何らかの方法でバレでもしたら面倒なんやけど……」
「その辺の仕組みも店員さんに聞こう」
スマートフォン購入の際には、十五歳以上であれば親の同意などに関係なく身分証の開示で契約が可能という事だった。玉藻くんは情報漏れの心配をしなくて済む事を知り、意気揚々と機種を選び始めた。
「電話とネットが出来ればそれでええんやけど、容量がどうとかカメラの画素数がどうとかホンマ訳が分からん。今日日の中高生は、これらを完全に使いこなしとるのが普通っておかしいんとちゃうんか?」
「世の中全ての中高生がスマホを全部理解しているとは思わないけど、アヴァロンで調べたところによれば、この家電量販店は基本的リーズナブルなプランや機種を紹介してくれるって話だよ。用途を説明すれば適したものを選んでくれるかも」
僕たちが様々な機種を目の前にして長考していると、背後から絶叫に近しい声が響いた。
「おぉおぉおっ! その眩きフォルムはもしや伝説のガジェット、アヴァロン!」
僕の持つアヴァロンを食い入るように見つめるのは、金髪ベースにピンクのインナーカラーという目立つ髪色をした発育の良い女の子だった。その挙動は興奮を隠しきれないと云った様子で、わたわたと動き回るたびに身体のあちこちが揺れている。震度4は確実に起きているだろう。
「アヴァロンってそんなに広く知れ渡っているのか……」
「何をおっしゃる! この世界に数台しか存在しないオーバーテクノロジーを有した幻の一品でござりまするぞ!」
「なんでもええんやけど、おねーちゃんはどっから湧いて出て来たんや。さっきまで誰もおらんかったのに」
「はわわ! 突然の失礼申し訳ありませんですぞ! わたくし、こういうものでござりまする!」
差し出された名刺を受け取ると、【最高経営責任者】という見慣れないながらも、大きな肩書きが目に入る。どうやら彼女は電子部品を取り扱う会社のCEOらしい。
【株式会社ムーンライトソード】というレアアイテムの様な名前だ。
「申し遅れました。わたくし、名前を【
確かに、これらの付属装備はきらら先輩ですらドン引きする程高価なモノだ。それを匂いで嗅ぎ分ける能力を持っているなんて、心の底からガジェットが好きなのだろう……。
「シンタローくん、なんでもええけど、ウチのスマホ選ぶの早よお手伝ってや。この後にもネットケーブル買わなあかんのやし」
「そうだね。早い所決めちゃおう。最低限の機能で良いなら、この提示価格が一番安い機種でいいんじゃないかなぁ?」
「せやなぁ、あんまり高性能でも使い道が限られているワケやし……」
僕たちが安いを理由に機種を選ぼうとすると、それは制止された。
「むむっ! それは安易な選択ですぞ! その機種は機能面や処理能力においてひと世代ふた世代も性能が劣っているにも関わらず、定価の様に鎮座しているいわゆる罠のひとつであります! 使用頻度が余りなく、必要最低限で安く済ませ、尚且つ長持ちさせたいのであれば、こちらの商品を激しくお勧めするであります!」
渡利鳥伊知佳さんが指さしたのは分厚いながらも頑丈そうな機種だった。丈夫で長持ちが売りの腕時計メーカーとの共同開発で制作された機種であり、ケースやフィルムなどのオプション商品を購入せずともそのまま使える仕様という都度を詳しく解説された。
「一番安い商品よりもちょっと高めですが、防塵防水のうえに耐衝撃加工も備わっている優秀な代物です。電子部品はわたくしの会社で制作された物ですので、自信を持ってご紹介致します!」
「そこまで言われたらしゃあないやろな……コレにするわ」
「ふふふっ……! 更にはわたくしの紹介クーポンコードがあれば、スマートフォン本体価格がなんと半額になるのです! この読み込みコードを入力し、お友達登録をなさって下されば、即座に発行されますぞ!」
「シンタローくん! ウチは端末持ってないから代わりに頼むわ!」
【半額クーポン】という言葉に全体重を預ける玉藻くんの熱意に押され、僕は渡利鳥伊知佳さんのスマホに表示されている招待コードを読み取り、その場でクーポンが発行された。宣言通りスマホ本体価格は半額となり、玉藻くんは最高に喜んでいる。
玉藻くんが契約書にサインしたり手続きをしている時間、僕と渡利鳥伊知佳さんはお互いのスマホでやり取りを行っていた。今回のクーポンの発券だけでなく、関連商品を購入する際には、割引クーポンや保証延長サービスなんかも特典として用意されているという話であり、至れり尽くせりとはまさにこの事だと思えた。
「【愛美慎太郎】さまですね。お友達登録ありがとうございますですぞ~!」
「あっ、僕の方にも通知が来た……。えっ⁉ 企業アカウントじゃなくて、個人アカウントじゃないですか⁉ 大丈夫なんですかコレ⁉」
「問題ありませんですぞ~! ここであったのも何かの縁ですし、時間がある時で構わないので、是非今度、アヴァロンについてお話が出来れば~。おっと、時間が来てしまった様なので……。わたくしはこれにて失礼しますぞ~!」
渡利鳥伊知佳さんはそのまま風の様に去って行った。それを見送った後、スマホ契約を終えた玉藻くんと合流し、ケーブルを滞りなく購入した。
目的が完了し、時刻は十五時半をまわっている。僕としては寮へと帰るつもりであったのだが、玉藻くんの事で一つ思い出したことがある。
「玉藻くん、寮に来た時は荷物少なかったけど、着替えとか日用品とか揃ってる?」
「ん~……。まぁ、必要最低限のモノなら揃って入るけど、もう少し着替えは欲しいかもしれんなぁ……。このスカジャンもハーフパンツも長い事着とるし……」
「これから澁谷に行かない? 僕も服とか見たいんだよね。あと、ドラッグストアを何店舗か見て、商品が置いてあるか確かめておきたい」
「それもええなぁ! よっしゃ! 思い立ったが吉日や、早速向かおう!」
各々の荷物もそれ程多い訳ではない。今から衣類が増えた所で問題は無いだろう。それに、今後に備えてゴム製の医療用品を確保しておきたい気持ちもあった。
秋覇原で濃厚な時間を過ごし、僕たちは追加で澁谷を探索する事となる。
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