第38話 アタリを引き続ける


 玉藻くんと豪街道桃子ごうかいどうももこの戦いは、玉藻くんの勝利で幕を閉じた。

 ストリートファイトによって得られた百万円超の賞金は、玉藻くんの提案によって半分こすることになった。


「僕は特に何もしてないけど、半分も貰っちゃってよかったの……?」


「ええんやって! 掛け金の事を考えたら明らかにシンタローくんの金額の方が高かったんや。それに友達と金の事でなんやかんや言いたないからな……! しかし、これで昼飯は豪勢な食事にありつけそうやでぇ……!」


 明らかに財布からはみ出す規模の札束だ。高校生が持つにしては過剰な気がする。


「それにしても、最後の技すごかったよ。あんな大きな電飾看板が真っ二つだもん」


「あれこそ奥義中の奥義やで、雷靭脚と毬体術を応用したウチ特有の……!」


「どうしたの玉藻くん⁉ 何処か痛めた⁉」


 玉藻くんが深刻な顔つきでその場に硬直したため、僕は見えない怪我を疑ったが、続けてその場には、腹の虫が大きな泣き声をあげたのだった。


「あの技たちは総じてカロリーがおかしいぐらい減るんや……。な、何か口にせんと、目が回って倒れてまうで……」


「そうはいっても……! 警察から逃れる為にかなり出鱈目に走ったし、この辺りに飲食店なんて……!」


 あった。ステーキハウス佐山という大きな看板が出ている。


「ステーキハウスか、玉藻くんここで良い⁉」


「ウチはもう歩く気力すらない……。シンタローくん、あとは頼んだで……!」


 脱力仕切った玉藻くんは思いの外重く、僕は彼を肩で担ぎ上げた状態で入店した。扉を開けると、取り付けられたベルが軽やかな音色を奏で、来客を知らせる。昼時だというのにも関わらず、店内にはお客はひとりも存在していない。


「いらっしゃいませ~! 二名様ですね? お好きな席へどうぞ~!」


 元気よく迎えてくれたのは、虎柄の給仕服を纏った小さな女の子だった。僕と玉藻くんはテーブル席へと座り、メニューを確認すると、一部商品にはデカ盛りが用意されている等、腹ペコである今の我々には打ってつけと言えるだろう。


 手早い動きで水が提供され、注文を促される。


「う、ウチ、リブステーキ300グラムのカレーライスセットで……!」


 空腹でか細い状態でもしっかりと注文が出来るのは流石としか言えない。ステーキハウスというだけあって値段はリーズナブルとは言えないが、メニューが豊富な良い店だ。ライスの大盛も無料で行っている。ありがたい。


「僕はこの、ワイルドステーキを500グラム、ライスセットの大盛でお願いします」


「あいよ~! リブ300にワイルド500! カレーとライスセット!」


 厨房に向けられ、気迫の籠った注文が繰り出された。店の奥からは低い声の返事が聞こえてくる。ステーキが出てくるまでの時間、待機することになるのだが、まず先に提供された野菜サラダをモソモソと食べる玉藻くんは、弱弱しくて可笑しかった。先程まであれ程凛々しい戦いを見せていた人と同一人物とはとても思えない。


「シンタローくん、ウチを笑ったなぁ……。腹いっぱいになったら憶えとけよぉ」


 やたらとシワシワになってしまった玉藻くんはとても可愛くて面白いが、僕たちの会話を見ていた女の子が会話に参加する。


「お客さん達、何処から来たの? 秋覇原には観光で? ウチの店の評判を聞いて食べに来てくれたの?」


「ネットケーブルを買いに来たんですけど、途中連れがこんな状態になってしまって、そこにたまたまこの店が目の前にあったので……」


「そっかぁ……! ネット広告とか見て来たわけじゃないんだぁ……! 安い広告だとあんまり集客効果ないのかなぁ……!」


 店内には僕たち以外の客の姿はない。座席は多く、少なくとも二十人は収容できる広さがある。それなのに閑古鳥手前の状態に少し違和感があった。


「昼時なのに、随分と風通しが良い店だね」


「そうね。常連さんは多いけど、流行っている店って訳ではないわ。表通りにも飲食店は多いし、ここは知る人ぞ知る店って感じでやってるの。強がりじゃないわよ?」


 厨房から料理の仕上がりを伝える声が響いた。女の子は急いでステーキを運ぶ。熱々の鉄板に乗せられた分厚いステーキが、重厚な湯気を絶ち昇らせている。鼻腔をくすぐる肉の香ばしさとニンニクのキレが食欲を増進させる。


「いたらきます……」


「いただきます!」


 よれよれの玉藻くんと、比較的元気な僕は食事へとありつく。口いっぱいに広がる牛の旨味と濃いめの塩。僕達のコンディションを診断したのかと思われるほどに的確な味付けは食事のギアを一気に加速させた。


 気が付けは肉の塊は胃袋へと消え、追加注文をしていた。


 追加のステーキは先程よりも塩を控え、胡椒で肉の旨味を引き上げる印象だった。これはもうライスが際限なく進む展開だろう。滑り出しの悪かった玉藻くんも、いつの間にか元気を取り戻し、追加のステーキとライスに食らいついている。


 玉藻くんが口に放り込んだ食べ物を、冷えた水で一気に流し込む。


「あぁ! 生き返ったぁ! ホンマもうアカンかと思ったわ!」


 冗談のように聞こえるが、あの戦いにおける玉藻くんの消耗は目に見えて凄まじかった。戦いの規模もそうだが、繰り出された技の数々はどれも練度が高く、熟練の格闘家をも凌駕する実力と云えるだろう。


「しかし、この肉は美味いなぁ! こんだけ美味かったら毎日でも通いたいわぁ!」


「ライスも最高だ、水分量が的確で、炊き立てであるのがよく分かる」


 店員の女の子は水のおかわりをグラスに注ぎながら、上機嫌な僕たちの様子を眺めていた。


「喜んでもらえてよかったわ、牛肉には筋肉の成長を促進させ、怪我を回復させたり炎症を抑えたりする栄養成分がふんだんに含まれているの。あなたたちは相当に疲弊していたみたいだから、上手く噛み合ったみたいね」


 彼女が言っているのは恐らくカルニチンやグルタミンの事だろう。牛肉に含まれるタンパク質は筋肉や怪我にとって最適な選択と云える。更には炭水化物であるライスとの組み合わせにより栄養の吸収効率を上げる事が期待できる。


「最初に食べたキャベツのサラダも良かったと思うわよ。整腸作用があって脂の吸収を抑えてくれるからお肉をたくさん食べても胃もたれしないの」


「おぉ、キャベジンの事か、よぉ勉強しとるなぁ……若いのに感心やで」


 胃薬にも活用されているキャベツの成分であるキャベジンと、豊富な食物繊維による脂の吸収阻害効果は大変有用な組み合わせと云えるだろう。


「店で扱っている牛は契約農場から一頭買いしているから、しっかりと血統証明もあるんだよ。安心安全がモットーだから」


 カウンターの上には【本日の牛】という名目で名前を始めとした詳細な情報が掲載されている。メスの牛はオスと比べて肉質が柔らかく脂のノリも良いとされている。


「いや、しかし良い時代になったよ。人工授精が主流になってからは安定して牝牛が市場にあがってくる様になってね。これも偉い学者さんが長年研究を重ねてくれたおかげだよねぇ……」


 そう、この世界は食料の安定供給率が高い。遺伝子工学がここ二百年で大きく進展した恩恵もあり、家畜の管理が昔よりも安定している。病気に強く環境にも適応し、熱さも寒さも絶え凌ぐことが出来る。


 勿論、育成の環境に応じて採用される種類は細分化はされる訳だが、世間の需要と消費が合致し、政府主導で行われている食料問題への対策は広く知れ渡っている。


「やっぱし、教科書にも載ってる通り、国内反乱因子を徹底排除したのが大きかったんやろなぁ……。外国、特に亜米利加あめりかとの輸入問題や周辺諸国への対応も長い間取り上げられていたみたいやし……」


「サラダに使われている野菜も契約農家からの直通なんだね」


 血統証明書の隣には、料理の材料となる野菜や提供されている米の産地や生産者も記載されている。安全管理が徹底しており、消費者に対しての気遣いが伺える。


「おぉっ……! 食べてから肉体の反応が早いなぁ! これは相当良質なタンパク質を豊富に含んでんねや」


 その言葉の通り、玉藻くんの肉体に残っていた負傷が大きく回復していた。いくらなんでも早過ぎるのだが、現に僕の身体も快調と言わざるを得ない。


「ますます気に入った! シンタローくん。ここに通おう! 週七で!」


「毎日やん!」


 定番のツッコミも決まり、僕たちは残りの食事を楽しんだ。

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