第37話 矜持と書いてプライドと読む
パンチスタートから繰り出される圧倒的な加速と、相手のタイミングをずらしつつ最高の攻撃力を兼ね備えた後ろまわし蹴りが、深々と秋覇原の女王へと突き刺さる。
衝撃を流しきれず、女王は締め切られたシャッターへと激突していた。
「ぐ……ぐお……! ぐおお……!」
相手は余りの威力に目を充血させながら耐えている。あれだけの蹴りをまともに喰らっておきながら、膝を着かないという根性には感服するしかないだろう。
「おぉ、すごいな……手加減はしたが、図体の分だけタフネスなやっちゃで……!」
「こ、この
やはり豪街道の一族だったのか、彼女たち女傑は戦いの中で膝を着いてはいけない
「ぬぐぐぐぅ! うぉりゃああああっ!」
女王は店舗のシャッターを引き剥がし、そのまま圧倒的な腕力で棒状へと捻り潰した。即席の武器が完成したのである。
「うわあっ! それもアリなんか⁉」
「ストリートファイトは環境すらも味方につける! これがワシの信条じゃあっ!」
棒状に変形したシャッターは豪快な風切り音を生み出していた。まるで台風の様な暴風が巻き起り、観客たちは度肝を抜かれている。
「す、すげぇぜ! 女王! あれ程の蹴りをまともに喰らったのに!」
「店先のシャッターってあんな形に変形できるのか⁉ なんて怪力だ!」
人々は盛り上がる状況を動画に収めようと各々がスマホを構える。
「アヴァロン。玉藻くんの姿が拡散されたら厄介だ。【ピッコロ発動】」
『遠隔式記録媒体保存装置破壊システム、ピッコロ起動します』
ピッコロが発動した瞬間、周囲のスマホを構えていた人々から悲鳴があがる。
「うわああっ! スマホが壊れたぁ! まさか女王の起こした竜巻が電磁波を起こしているのか⁉」
「流石だ! 秋覇原の女王! 最早、人間を超越している!」
「女王! 女王!」
観客は盛大に湧いているが、相変わらずこの場は危険である。周囲の環境が一変する怪力。玉藻くんや僕はともかくとして、観客に被害が出る可能性が極めて高い。何処かのタイミングで勝敗を急がなくては……!
「玉藻くん! 周囲に被害が及ぶかもしれない! 早く決着を着けるんだ!」
「黙っててくれシンタローくん! まさか、ウチの小太刀を受けて立ち上がる人間がこの都会におるとは思わんかった……! おもろい! おもろいでぇ!」
彼もまた、戦いの中に身を置く人物、強敵を目の前にして戦いを止める事が出来ないのだろう。ならばせめて僕は周囲に気を巡らせて警戒をするしかあるまい……。
棒状の金属を振り回す女王桃子は、ダメージを残しながらも振り回す事に関しては体力を消耗してはいなかった。つまり、もう一度大技を当てて倒すしか方法はない。
「小太刀を防いだお礼に、とっておきの技を見せたるわ……! アンタ程のタフネスなら死なんとは思うけど、気張って喰らいやぁ!」
あぁ、僕も彼もどうしようもなくワクワクしている。島に居た時にはここまでの高揚感を味わうことは出来なかった。玉藻くんの様な実力者が云うとっておき。是非この目で見ておきたい……!
技を警戒している相手であれば、先程のパンチスタートは二度と使わせてもらえないだろう。その状況をどう覆し、技を繰り出すのか、一瞬たりとも目が離せない。
「見せたる!
玉藻くんは相手へと真っ直ぐ駆け出していく。シャッター棒の攻撃を回避し、店舗の柱二カ所と、地面を三角飛びで蹴り上げ加速していく。その中心には女王が鎮座している。つまり、この三カ所の何処からか攻撃が飛んでくるという事だ。
その壁跳躍は明らかに威力がおかしい。コンクリートの壁と地面を蹴り上げる度に、ヒビが入りその穴は徐々に広がりを見せている。つまりは寸分たがわぬ地点に着地ししているという証明になるのだ。
「そろそろ行くでぇ! 毬体術奥義っ!」
「させぬわ! ふぅん!」
なんと女王はシャッター棒を握りながら回転し、身体の周囲を完全に防御している。その防御は余りにも完璧である為、攻撃を繰り出すには針の穴を通すような正確さが必要とされているだろう。
連続した三角飛びの末、玉藻くんは素早く的確で正確な一点を抜けた。この技を目で追えた人物はこの場にどれ程居るのだろうか、彼は相手の懐に飛び込んだと思いきや、溜めた速度をそのままに、ソバットの様な形で脚を相手の首に引っかける。
脚で相手の首を引っかけ、ロックした状態で残った脚で相手の背中を蹴り上げ、恐るべき速度で体勢を崩し地面へと叩きつけた。ロックと蹴り上げをほぼ同時に繰り出している。その動作はまるで忍者が使ったと云われる忍武器のひとつ――
「『
技の正体に気が付いた頃には、秋覇原の女王は大きく仰け反りコンクリートの地面に深く突き刺さっていた。頭から落とされ、通常ならば死んでいる威力だが、身体が倒れたのと同時に顔が現れ、白目を剥いて気絶している様子が伺える。
「はぁ~! 痛ったぁ~! 固過ぎるやろ……首の筋肉……!」
あの技の恐ろしい所は首を完全に決めてから、残りの脚で間を置かず蹴りを入れ、重心を崩す技術の正確さである。しかも、筋肉を外し神経へとアプローチを仕掛けて脊髄による反射を誘発させ、防御が不可能だという事実。恐ろしい技だ。
「ほら、シンタローくん。ウチに賭けといて良かったやろ……?」
玉藻くんの勝利は確定し、賭博元から掛け金すべてを頂いた。ざっと見た所百万円は余裕であるだろう。
勝利が確定し、玉藻くんが後ろを見せたその瞬間。気絶状態だったはずの女王が起き上がり、シャッター棒をあたりに振り回し始めた。
「うがああああっ! ぬおぉおおぉっ!!」
「あぁ! 姐さんはこうなっちまうと手が付けられないんだ! 意識を失ってる状態でも戦いを止めない! お前ら! 逃げるぞ! 死んじまう!」
取り巻きたちはその場から立ち去ろうとするが、ギャラリーがそれを許さない。
「責任取って女王をなんとかしろ! お前らのボスだろ!」
「あんなの危なくて相手出来ねぇよ!」
「け、警察呼ばなきゃ!」
一向に収まらない騒動と女王の暴走。振り回したシャッター棒が店舗のビルを破壊している。余りにも強いその衝撃は、大型の電飾看板を落とすには十分だった。
玉藻くんの三角飛びに執拗な連続攻撃が重なった事で、老朽化していた電飾看板の金具が外れ、そのまま暴れまわる秋覇原の女王へと落下してきたのである。
「玉藻くん! 逃げろ!」
落下速度と看板の重量。これらを考慮すれば、例え女王であったとしてもひとたまりもない。そう、玉藻くんは判断したのだろう。
彼は
「何度も奥義を出させるなやぁ!」
巨大な電飾看板は玉藻くんの蹴り上げによって真っ二つになり、ふたりを回避して地面へと落下したのであった。蛍光灯を始めとした電飾が周囲に飛び散るが、誰かが下敷きとなる様な結末は回避したのであった。
「う、おぉ……? ワシは一体……。どうしたというのだ……?」
「気が付いた様子やな。アンタが面倒起こさんかったら、こないな大惨事にはならんかったんやで?」
「薄れた意識の中で、ワシを助けたのは分かった……! しかし、何故! ワシを! 貴様に喧嘩を仕掛けたワシを助けたのだ⁉」
「あぁ……? そんな事言わな分からんのか?」
「解せぬ! ワシは貴様を命をも狙った! 恨まれる覚えはあっても、助けられる理由などありはしない……!」
「理由は簡単や……! 『男はな、女の子のピンチを救うもんなんや!』」
「お、男……? 貴様、華奢な
「せやでぇ! ウチは十文字玉藻!
バッチリポーズとセリフを決めた玉藻くんは遠目に見てもカッコよかった。
【トゥンク……!】
「十文字玉藻、ワシ……! 豪街道桃子は完全に貴様に負けた。これ以降、一切貴様に勝負を挑む事は無いだろう。迷惑をかけた。この通り謝罪する」
「はぁ? 誰がいつ迷惑なんて言ったんや?」
「ぬぅ……?」
「準備が出来たらいつでもリベンジしに来たらええ! また、ケンカしようや!」
可愛い見た目の中に眠る、爽やかな男らしさが垣間見え、心なしか恋の音がする。
【トゥンク……!】
「わ、ワシは必ずリベンジする……! その日を楽しみに待っているがよい……!」
「おう、何べんでも返り討ちにしたるわ!」
ここで終われば新たなライバルとの出会いという事でキレイに終われたのだろうが、そうもいかない。遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「不味いよ玉藻くん! ここで捕まったら……!」
「せや! 島に強制送還させられてまう! じゃあな桃子! 後始末頼んだわ!」
「も、桃子っ……! このワシを下の名前で……⁉」
僕と玉藻くんは警察が到着する前に現場から逃げ出した。その後ろ姿を熱い眼差しで、豪街道桃子は見つめていた。
「十文字玉藻……! そなたの事、今宵、夢に見るだろう……!」
駆け付けた警察官によって、秋覇原の女王は身柄を拘束されたのだった。
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