第36話 播磨の雷靭脚
「なんでや⁉ パソコンがネットに繋がらんやんけ!」
昨日の騒動後に発覚した事だが、僕が誤って破壊しまった壁の中には、二階部分における有線インターネット回線が引かれていたらしい。壁の中から手繰り寄せて確認した所、新しい線と取り換えればインターネットは復活する様子だった。
一応、
目的地は
最強デバイスであるアヴァロンを頼りに、僕たちは秋覇原へと到着した。
高いビルが立ち並び、煌びやかな広告が電光掲示板を忙しなく流れていく。電化製品店だけでなく、アニメショップや書店、飲食店や喫茶店などが多く立ち並び、休日である事もあって人がごった返している。
「アカン。人込みで目が回りそうや……! シンタローくん。放さんといてや!」
僕達は立派な尾登さんである為、万が一にもはぐれたり迷ったりする訳にはいかない。その結果がこの手つなぎである。正直見栄えは悪いが、理にかなっている。
「アヴァロン、インターネットケーブルの購入できるお店に案内して」
『了解しました。十六件あるうち、一番品質と価格が安定している店舗を検索し、案内いたします。案内に従ってお進みください』
僕たちは案内の通りに道を進もうとするが、人混みがあり中々進めない。休日である為、観光客の出入りも活発になっている様だ。
「玉藻くん、周辺の警戒をお願い。実質歩きスマホになっちゃうから……」
「まかしとき! とは言いたいんやけど、周りの人達がみんなウチよりデカイから、あんまり期待せんといてな……!」
アヴァロンの道案内を用いて歩き続ける事数分。人込みに紛れる中、何処かで見知った制服姿の女生徒集団と出くわした。
「あっ! お前らは……! あ、
「ふははっ! ここであったがなんとやら! 先日のリベンジをさせてもらうぞ!」
誰かの合図と共に大きい通りが民衆の輪を作り出した。まるでストリートファイトが頻繁に開催されているかの様な動きだった。治安はどうなっているんだ治安は。
「そこの小さい銀髪娘! ワシのリベンジマッチ! 受けてもらうぞ! 男と手を繋いで逢引きなんぞしおって! ワシはチャラ付いた奴が許せんのじゃあ!」
「それもう妬みや僻みのレベルやで……。まぁ、ええわ……相手になったる」
小さい豪街道さんの様な女性は顎に絆創膏を付けている。雷靭脚を顎に喰らって、その程度の怪我で済んでいるというのが驚きであった。
「掛かってこい! 昨日の様な壁が多数無き今! 不意打ちの様な立体殺法は封じられておる! 貴様に勝ち目など存在せぬわぁ! 泣いて男に慰められ……! それも許せん! 二度と逢引きが出来ぬ体にしてくれるわ!」
「あーもう……訂正するのも面倒や、二度とウチに逆らえん位にボコしてやっから、さっさと掛かって来んかい!」
急に街中でのストリートファイトが始まった。お店に迷惑が掛かる為なのか、シャッターが下りている店舗を利用して、周囲が観衆による歪な半円のリングを形成する。壁側には女王。僕達のすぐ後ろには密度の高い観衆が居る為、逃げられない。
周囲のギャラリーは異様な大盛り上がりを見せていた。中にはどちらが勝つか賭けをしている。明らかに大きい彼女が優勢であり、誰も玉藻くんには賭けない。
「秋覇原の女王が戦うなんて珍しいな! 相手の子ちっちぇ~! あんなの一撃で終わっちまうんじゃねぇのか?」
「女王がわざわざ喧嘩を売ってるなんて珍しい事だぜ、生で試合みれてよかった!」
ガヤを聴く限りでは、彼女は女王と呼ばれるほどに有名な存在らしい。ストリートファイトの女王って事なのだろう。その話を聞いてかは知らないが、相変わらず玉藻くんには票が入らない。これでは賭けが成立しないだろう。
「腹立つ奴らやでホンマ……。シンタローくん。ウチに全財産、賭けたってや!」
玉藻くんは財布を丸ごと投げ渡した。僕も賭けに乗る事にしよう。
戦いは始まった。秋覇原の女王が先に仕掛けた。流石は小さな豪街道さん。その繰り出す拳は空を切り裂き、鋭い風切り音を生み出している。
「パンチに無駄な動作が無い。あれは……ボクシングのジャブか……!」
動きが素人ではないとは思っていたが、あのジャブは本物だ。何千、何万発と繰り出し、身体に刻み込まれたジャブには迷いと淀みがない。あの完成度であれば例え気絶をしていたとしてもパンチの精度を落とさずに撃つことが出来るだろう。
「なかなかパンチは早いやんけ! その図体でよぉやるわ」
「ほざけ! 先日は油断から遅れを取ったが、本来であればこのワシが負ける事などあり得んのだ!」
周囲の熱狂は激しさを増している。観衆で出来上がったリングの中を縦横無尽に駆け回り、玉藻くんはパンチを躱している。あれは、回避だけではない。
「お、おのれ……! ジャブの軌道を変化させ、最小限の動きで回避しておる!」
これらの芸当はパンチを完全に見切り、それに合わせて弾く行動を繰り出さなければならない高等技術である。ボクシングでも稀に見られる芸当ではあるが、この様な衆人環視の中でどれだけの人がこの技術を理解できているだろうか……。
「やっぱり女王が押してるぜ! あんな鋭いジャブ躱すのが手一杯だろう!」
「いけー! 女王! 彼氏連れなんて叩きのめせ―!」
何か強い私怨の様なものを感じるが、僕に言わせてみればプロと子供ほどの実力差がある。安治の島でいかなる修行を積み、身に着けたのか分からないが、玉藻くんには天性の戦う才能がある。
「おい、デカブツ。アンタはボクシング使うとるけど、ストリートファイトっていうなら何でもありなんやろ? まさかウチに拳を強制して正々堂々とかアホ抜かすとか無いやろな?」
「抜かせ! その様な無粋な事は言わぬ! 己の全身全霊と技の全てを駆使せい! ワシに全てをぶつけてみせよ!」
「言うたな⁉ 訂正は無しやで⁉ みんなも聞いたよな⁉ ウチはこれから蹴り技を使う! 卑怯とか言うなよ⁉ 絶対やからな⁉」
「戦う
ギャラリーもそれを納得した。女王が認めている限り、外野にそれをとやかく言う権利は存在しないだろう。玉藻くんは一気に形成を変えるつもりだ。しかし、壁を蹴る事が出来ない今、推進力をどうやって得るつもりなのだろうか。
玉藻くんは相手の拳を蹴り、距離を取ると仕切り直しを行う。その場で軽く跳躍し、靴と脚の様子を確かめる様に
「この技は……! 見逃すと勿体ないで!」
「ぬっ、ぬぅぅ……! こ、これは……!」
「「クラウチングスタート!」」
女王と観衆がざわめくが、あれはクラウチングスタートの中でも更に腰を上げ、前面への体重移動で加速力をあげて、低空によるスタートを開始する――
「あの急激な前傾姿勢……。パンチスタートだ……!」
まるで流体の様な滑り出しと、疾風の様な加速。風を巻き込み、彼の走った後には稲妻の残滓が漂う。間合いは一瞬のうちに詰められ、次の瞬間には後ろまわし蹴りが相手の腹に深々と炸裂していた。
「【
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