第35話 初めての衝撃


 その後、僕はのぼせた事を理由として、先に風呂から退いた。蓮花れんげさんに手を引かれて着替えを終えると、蓮花さんの部屋へと連れ込まれた。


「まぁ~……。なんというか、そう気を落とすなよしんたろ~。おねーさんで出ちゃったのは仕方ないって……」


「な、なんと申してよいか……」


 日頃から世話になっている家族同然のお姉さんに対し、僕は知識でも知らなかった精の放出を体験した。蓮花さんの話によれば、思春期の何処かのタイミングで自分を慰める行為は習得するものだと聞かされた。


「う~ん……。アタシも男の正しい方法は説明出来ない……。一応大学の授業で取り扱う項目にはあるけど、実物を見たのはしんたろ~が初めてだしな……。かといって正しい行為を確立しないままでは、しんたろ~が途方に暮れてしまうだろうし……」


 この様な状況になっているにも関わらず、僕の宝剣は天を穿っている。パンツを履くのにも苦労したが、何らかの方法で発散しなければ大変なことになる。


「そうだ! 研修用に購入したゴムがあるから、それを使って治療してみよう。あの量をそのままゴミ箱にブチ込む訳にもいかないしな……!」


 蓮花さんは思い出したかのように、自分の机の中から小さな箱を取り出した。箱には何の単位かは不明だが、【0.01ミリ】と記されていた。


「しんたろ~。おねーさんがなんとかしてやるからな! ……あれ……? これどうやって開封するんだっけ……? あぁ、開いた。 表と裏があるのか……? よ、よし! なんとかこれで……! しんたろ~。ちんちん出しな」


「は、はい……!」


 治療という名目である為、僕は蓮花さんの指示に従った。恥かしいという気持ちはあるが、真剣に向き合ってくれている彼女の手を煩わせるわけにはいかない。


「おわっ……! 生で見るとで、デカイな……! よし、ゴムを装着……さ……装着……させ……いや、全然大きさが足りないじゃん! 先っぽすら入らない!」


 どうやら蓮花さんが用意したゴム製の医療具は僕のサイズに合わなかったらしい。彼女は急いで教科書を取り出し、調べ始めた。


「【陰茎摩擦法いんけいまさつほう】これだな……。男性も項目だから現在では殆ど用いられず、医療介護の観点で残された記述を抜粋し、ここに記す……」


 蓮花さんは教科書を片手に、空いた方の手で僕の宝剣を優しく握る。それに呼応するかの如く、脈を打ち、僕の血液は一カ所に集中する。


「あ、熱い……っ♡ 男の子ってこんな風に固くなるのか……! こういう性知識の正しい情報が専門書でしか残っていないなんて、信じられないな……!」


 知識でしか知らないが、この世界の赤ん坊は殆どの確率で人工授精が主流となっている。染色体の影響を無視し、女同士で子供が作れるというのはこういったところにも弊害を出しているのだろう。


 蓮花さんが手を上下するたびに僕の中で、血液以外の何かが徐々に登り詰めているのを感じる。この気持ちは何だろう……。目に見えないエネルギーによる高まりが、自分の中で大きくなっていく。


「『この時、陰茎の力加減に気を付けるが、それと同時に陰嚢に対してアプローチを掛けるのも有効な手段となるだろう……』そ、そうなのか……よし、待ってろよしんたろ~。一人前の男にしてやるからな。アタシの陰茎摩擦法。しっかり憶えてものにするんだぞ……!」


 蓮花さんは教科書を床に起き、足で固定してもう片方の手を自由にした。その上で、僕の陰嚢、いわゆる睾丸に対して優しくマッサージを開始した。この感覚は初めてだ、今は蓮花さんに治療してもらっている身だが、いずれは自分で解放出来るように習得しなければならない。治療に集中しなければ……!


「初めて触ったけど、こんなにも激しく脈動するのか⁉ 医療の現場でも滅多にお目に掛かれない事象だけど……。大丈夫だ、おねーさんに任せとけ……!」


 ゴシゴシと手の動きが早くなっていく。高まっていく僕の宝剣は、鋼の様な固さを維持したまま、一定のラインを超えた瞬間、心臓が大きく脈を打った。


 僕の宝剣からは【ズドンッ!】と大きな何かが発射された。それは一閃となって真っ直ぐに部屋の壁へと衝突、大きく穴を開けてしまった。


「「⁉」」


 これには僕たちも驚きを隠せずにいた。宝剣の放出がこれ程までに危険なモノだったと、初めて知ったのだ。壁には散弾銃の様な跡が残り、跳弾したと思われる痕跡が部屋のあらゆるところに散乱してしまっている。


「さっきと全然違う……。しんたろー……! 解放っていうのは条件が違うだけでここまで威力が異なるもんなのか……?」


「わ、分かりません……! お風呂場では漏洩という印象でしたが、今のは解放というに近しい感覚でした。す、すごい! 宝剣が治まっている! ちゃんと下着に収まるなんて久しぶりだ! ありがとうございます! 蓮花さん!」


「あ、あぁ……。それにしても、すごい威力だな……。昔の人はこれを生身の身体で受け止めたのか……? どれだけ強靭な身体をしていたんだろう……」


 その後は解放の後処理をしつつ、壁に穴が開いてしまったことを大家である美憐みれんさんに報告した。医療行為の末に空いた穴であり、不可抗力であったと許されたが、穴が塞がるまで僕と蓮花さんの部屋は一時的に繋がった状態になってしまった。


「しんたろ~。これじゃあ毎回の処理が大変だ。風呂だと排水溝が詰まるだろうし、ちゃんとしたゴムを購入して、宝剣の処置をしないとダメだな」


「そうですね。だけど凄いですよ……! 今まで激しいトレーニングでしか発散できなかった事象が、こんな簡単な事で解消できるなんて! 嬉しいです!」


「お、おう……。しんたろ~が良かったならそれでいいんだ……。そ、それにしても濃いなぁ……。教科書の記載とは明らかに量も粘度も違う……。やっぱりしんたろ~は特別な男の子なんだな……」


「是非はともかくとして、掃除が大変なのは困りものです。医療用のゴムって何処で売ってるんですか?」


「サイズや数はどうか分からないけど、大きな薬局にはあるんじゃないかな……。今度、商店街にあるドラッグストアで探してみなよ。あとは、病院へ行けば処方箋で出してくれるってのもあるよ。大学でも詳しく聞いてみる」


 その後、僕は貫通した先の自分の部屋も掃除し、解放の痕跡は消えた。玉藻くんに穴の説明を求められた際、正直に答えると――


「そ、そんなに威力が出るんか⁉ ウチも仲間内で話しか聞いたことあらへんけど、陰茎摩擦法……! どんな恐ろしい技なんや……!」


 その方法を教えようと考えたが、また部屋に穴が開いてしまうのも、解放後の処理をするのも大変だと思ったため、準備をしてから改めて玉藻くんに手法を教える形となった。


 美憐さんとお風呂を続行した玉藻くんの方は、つつがなくマッサージと施術を終了させたという。体調不良が一気に改善した事で、美憐さんの機嫌も最高潮であり、部屋の穴も特に咎められなかったのだろう。


「互いに脚のマッサージでもしようや。籠島の技も見たいしな」


「そうだね。僕も玉藻くんがどんな訓練をしてきたのか気になるよ」


 玉藻くんは体格の差があり、重点的に足腰を鍛える訓練を行い、それに伴った施術や回復術を身に着けたという。人に施すのはまだ不得意だが、いずれは免許を取得して整体やマッサージ店なんかも視野に入れているらしい。


 自分のなりたいものを見据えて努力をしている玉藻くんは偉いと思う。


 互いのマッサージを終え、布団にもぐると数秒で深い眠りに入ったのが分かった。深夜に隣の部屋から聞こえてくる蓮花さんの声にも全く気が付かない程に……。

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