第34話 命の洗濯


 こうして僕たち男衆による、慰安マッサージは始まった。


 初めは互いに緊張していたが、施術が始まればその姿は真剣そのもの。相手に向ける労わりと献身の心が全面的に現れ、浅ましく邪な気分は既に吹き飛んでいた。


「あぁ……。玉藻くんっ……すごい、上手ね……。凝りが改善されて行くのを感じるわ……。最近はデスクワークが多くて運動不足だったから……効くっ……」


「いやぁ~こんなにも喜んでもらえて嬉しいですわ。美憐みれんさんのお役に立てるんでしたら、この十文字玉藻、いつでもお役立ちさせていただきますさかい」


 首から肩甲骨、僧帽筋を沿うようにして凝りを解していく。デスクワーク時には血液が滞り、筋肉の動きも制限される。そのせいで肩こりと云うものは生まれる。あちらは玉藻くんに任せておいて大丈夫だろう。


 一方僕の方はというと、蓮花れんげさんが思いのほかくすぐったがりだった為、リンパマッサージには苦労していた。


「あはっ……! あははっ! だぁめだってしんたろ~! おねーさんってばそこ弱くて! あははっ!」


 足の裏からマッサージをしているのだが、彼女には凝りという概念がないのか、痛がる様子もなく、くすぐったがるだけで、とても効力があるとは思えなかった。なので、足の指先、から甲、足首にかけて、少し力を入れて施術を再開した。


「んっ……♡ そ、それならくすぐったくないかも……!」


 悩まし気な声を出さないでほしい。いくら施術に集中しているとはいえ、蓮花さんの透き通る甘い声を出されたら、無反応で居るのは至難の技だ。


 指のマッサージには靴による変形を防ぐ役割もあり、重要な施術だ。それにしても、指の形から爪の形まで本当に美しい。隅々まで丁寧なケアがされているのが理解できる。ここまで追求しているのであれば、マッサージなんて必要ないのでは?


 そう考えながら足首に差し掛かると、突如として違和感の様なものを察した。


「蓮花さん、ちょっと捻ってますね。どのタイミングで起きたか分かりますか?」


「寝ぼけてベッドから落ちた時かも、時々やっちゃうんだよねぇ……。敷布団だと起き上がるのに結構面倒じゃない? だからベッドなんだけどさぁ……」


 安全と利便性のどちらを取るべきなのかという葛藤が、蓮花さんの中ではあるらしい。それはそうとしても、軽いねんざの様な症状が起きている。これは余り触らない方が得策だろう。お風呂上りにテーピングか何かで固定する様に準備しておこう。


 続いて脹脛ふくらはぎから太ももへリンパを流す。これらは御木本夫妻が行っていた手法をそのまま取り込んで行うのだが、その状況は明らかに危険なモノであった。僕にやましい気持ちはないのだが、片足を持ち上げて上から下へとリンパを流す手法は、何かしらの名前が付いた体位の様に見受けられる。


「あははっ! 松葉崩しみたいだね……。しんたろ~……。このままもう一歩分踏み込んだら、お互いの大事なところがぶつかっちゃうよ……?」


 何処がとは言わないが、僕たちの距離は既にゼロだ。マッサージを行っているのだから当然と言えば当然なのだが、男女としては接触してはいけない箇所がぶつかりそうになっている。それなりの力を込めて施術をすればそうもなるだろう。


「しんたろ~……。ドキドキしてる? アタシはドキドキしてるよ? 彼女がいる男の子にこんな事してもらえるなんて♡」


「もう、いっその事、蓮花さんも彼女になってくれませんかね? そうすればもう、こんなドキマギしたり、取り乱したりしないんですけど……!」


「あぁ~⁉ お前、ドサクサはダメだぞ~? 女の子はな、ロマンチックに告白してくれないとOK出来ないんだ。もっと盛り上げてくれないと~……。いや、そこじゃなくてさ、しんたろ~……」


 指摘された箇所は見事な盛り上がりを見せていた。無理だよ。こんなムチムチでエッチなお姉さんにお風呂でマッサージなんて、いかに誠実を心がけても、僕は年頃の男の子な訳ですから……。


「す、すみません。水着は固めのを履いてきたんですけど……」


「お姉さんに欲情するのは仕方ないよな~。お年頃だしな~……。しんたろ~はどうやってそれ、処理してるんだ? それだけデカいと大変だろう」


「そうですね……。これらの現象は体力的に疲れてしまえばパンツには納まるので、筋トレとかで発散しています」


 それを聞いた蓮花さんは驚きを隠せずにいた。


「おい、マジかよ! 健全な男子が⁉ おねーさんのあられもない姿を見て興奮しているのに⁉ 発散の方法が筋トレ⁉ それは逆に不健全だろ! マスべは⁉」


「マス……ベ……?」


「マスターベーションだよ! オナニー! センズリ! 自慰行為!」


「自慰行為は経験がありません。島では全面的に禁止されていました。自らの子種は来る日の為に温存しておけと、師範が申しておりました」


「性教育出来てないじゃん! 嘘だろ⁉ 慎太郎! おま……! その年齢まで、正しい自慰行為をしてきてないのか……⁉」


「そ、そんなに変な事なのですか⁉ 島での常識は一般では非常識だった⁉」


 僕はここへきて最大の衝撃を受けていた。島の男達は運命の女子おなごと添い遂げる為、自分の中に眠る子種、つまりは遺伝子を劣化させることの無いように努め、興奮状態が訪れた際には精神統一及び、筋力トレーニングによってそれらを克服するべしと教え込まれていたのであった。


「うぅ~ん……。早い段階であれば小学生の時点で性に目覚め、様々な形で自慰行為かそれに準じた行動を起こすと言われているのに……!」


「そ、そんなにも早い段階で……! 僕は一体どうしたら……!」


「お姉さんが相手してもいいけど、慎太郎には正式な彼女が居るし、互いの初めてを捧げるのは男女問わずの夢……。まぁ、お姉さんも男性経験はない訳だけども……」


 ふたりの間に、しばしの沈黙が流れた。まずい、この状況。僕は彼女であるあゆみちゃんに対して、とんでもない不義理、不貞を働いていたのではなかろうか。


 一瞬の不安が僕の集中力を著しく阻害し、軽いパニックの中で周りの状況に対応する事が出来ずにいた。


「おう、シンタローくん。こっちは終わったでぇ~。交代や」


 軽く小突かれた程度の衝撃だったが、集中を欠いた僕には致命的だった。玉藻くんに小突かれたことで僕はそのまま、仰向けとなった蓮花さんに倒れ込んでしまう。


『ぐりっ……!』


「つっ……! あっ……!」


 その一瞬で何かが弾けた。僕は頭の中が真っ白になり、それに気が付いた蓮花さんは、僕を抱きしめてくれた。


「だ、大丈夫かシンタローくん⁉」


 蓮花さんに倒れ込み、僕は身動きが取れずにいた。表現しがたい浮遊感と、喪失感。夢を見ている様な非現実感が、股間から抜け落ちていく。


「大丈夫だよ玉藻くん! 慎太郎、お姉さんの魅力で少しのぼせちゃったみたい! 先に美憐さんと湯船で温まってて! もう少し、マッサージかかるみたいだから!」


「そ、そうか? なら、ウチらは一旦背中流して、湯船に浸かるとするわ」


 そう言って玉藻くんと美憐さんは湯船へと向かうと、蓮花さんが耳元で小さく声をかけてくれた。


「しんたろ~……。立てるか? よくわかんない状態だろうけど、一旦シャワーで流そうな……? おねーさんで、……こ、こんなに出ちゃったのか……?」


 蓮花さんのお腹には、僕が放った白濁の痕跡が生々しく残されていた。


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