第33話 一宿一飯の恩


 僕は玉藻くんに部屋を提供する代わりとして、毬忍者いがにんじゃの技術である、螺旋分散らせんぶんさん巻きを教わることになった。


「事情は分かった。せやけど、ウチは自分にしか螺旋分散巻きが出来ひん。変形型やから難易度も高い。今から実演するから、それを見て憶えてもらうしかないで?」


「そんなに難しい技術なの?」


「口で説明するんは難しいんよな……。12個ある工程を12秒でクリアしないと、この【螺旋分散巻き・昇龍のぼりりゅう】は成立せぇへんのよな……」


【螺旋分散巻き・昇龍のぼりりゅう

 古くは中國ちゅうごくみんの時代に拳法家たちの間で考案された、包帯術であり、それが遠く離れてた地、いがにて派生した対衝撃用の保護術である。現代の発達した医療用具を使用する事で、当時の数倍から数十倍の効果が望めるとされている。――引用。毬忍者の技術書、甲の巻。原作者【悟半蔵門さとりはんぞうもん


「僕のスマホで映像を残しておくよ。何回も実演してもらうのも忍びないからね」


 三脚を用意し、カメラを固定した状態で実演に入ってもらう。


「ほな、いくで~!」


 その手際は余りにも早かった。テーピングを捌く速度もさることながら、筋肉を持ち上げ、リンパに寄り添い、腱などを保護する技法としては、最適の包帯術だった。一瞬たりとも見逃す事は許されない。まさに神業と云われる技術の集大成だ。


「ここまで、12の工程を12秒や。完成が遅れると効力が著しく落ちるわけやな」


かかとの保護から入って足首までまわし、そこからくるぶし脹脛ふくらはぎにかけてテーピングを伸ばし、筋肉を固定しながら膝まで螺旋状に巻き上げて膝裏で固定、その後は太ももの筋肉に沿ってテーピングを巻いていく感じか……。これを12秒で仕上げるのは至難の技だろうなぁ……」


「そんな簡単に出来るとは思わんほうがええで。シンタローくんは自分で使う訳じゃなくて、相手にこの術を施すわけやろ? 難易度は倍と考えた方がええで」


 そう何度も試す事が出来ないという観点から、とりあえずは動画を何度も見直したりしてイメージトレーニングを積んでいく練習が始まった。玉藻くんが泊まっている間の一週間という短い期限に何処まで完成へと近づけるかが勝負の鍵となるだろう。


 全ての生活を一点に注ぐような極端な真似は出来ない。日常の隙間時間を狙って、この技術を取得していくつもりだ。頭での理解と手の動きに伴う神経の伝達。これらを的確に合致させる事が包帯術の神髄にあたる。


「シンタローくんも中々のお節介焼きやなぁ、他人の人生を変えたいなんて、かなりの傲慢さやで? その子の事好きなんか?」


 動画を撮り終えてから、玉藻くんは僕のパソコンで動画サイトを閲覧している。島にいる間はこの様な娯楽が存在していなかった為、ドラマやアニメがとても新鮮で楽しいものだという。僕も島から出てすぐの頃はそうだったから気持ちは分かる。


「そう云う訳じゃないけど、僕に関係する人たちには、なるべく幸せになってもらいたいんだ。自分が出来る事ならなんでもやりたいんだよね」


「よっぽどやで、そこまで人に気ぃ回せるっちゅうんは……、まぁ、だからこそシンタローくんの周りには、ええ人達が集まるんやろうけど……」


「玉藻くんもそのひとりだよ。螺旋巻き・昇龍。ものにするからね」


「背も高くて顔もええとか、ズルやろ……。女やったら惚れてるで?」


 最後の言葉はよく聞き取れなかったが、褒めてくれたのは分かる。桃郷に出てきて初めて出来た男友達が玉藻くんで本当に良かったと思う。


「明日は土曜日やけど、シンタローくんは明日学校あるん?」


「ないよ。今週の土曜日は休みみたい」


「なら遊びに行かへん? 澁谷しぶやとか秋覇原あきはばらとか」


「いいねぇ~。僕も、こっち来てから全然他の所に遊べてないからいきたい!」


「ほな決まりや! 財布のひもはきつく縛ってても、都会なら見るだけでも楽しめるやろ! 最低限、美味そうなメシが食えればそれでOKやで!」


「へいへーい! 少年たちぃ! 話は聞かせてもらったぜぇ~い! お外へ遊びに行くんだってぇ?」


 突如として扉を開けて現れたのは蓮花れんげさんだった。また盗み聞きをしていたな……。本当にアクティブで困った人だ……。


「まぁ、遊ぶ金もないんで、観光ついでにメシ食うくらいですけどね!」


「年上のお姉さんを頼ってくれてもいいんだぜ~? ほい、小遣い!」


 蓮花さんはポンと二万円を出してくれた。余りにも豪快過ぎる。大学生のお姉さんから受け取れるような額ではない。


「えぇ……! 受け取れないですよ。蓮花さん、悪いですって……!」


「蓮花お姉さま! ウチに出来る事だったらなんでも言ってや!」


 僕とは対照的に玉藻くんはお小遣いを貰う気満々だった。既に肩もみが始まっている。余りにも早い動き。流石は白銀の雷光の異名を持つ男。


「いーのいーの! どうせ公営ギャンブルから生まれたあぶく銭だから。あぁ、玉藻君、そこそこ♡ アタシの肩こりをよくぞ見破った! 褒めて遣わすっ!」


「蓮花さん。せめて何かしらの労働をしますよ。先日御木本家でリンパマッサージを体験してきたので、今日のお風呂で披露したいと思います」


「えぇ~! そりゃあ楽しみだなぁ! ついでだからみーちゃんにもマッサージしてあげてよ! 日頃の感謝もあるだろうし☆」


「そういう事ならウチもやりますわ! いがに伝わる伝統の慰安術いあんじゅつでお姉さん方にたくさん恩返しさせていただきます!」


「よーし、そうと決まれば準備準備! アタシはみーちゃんと話を付けてくるから、ふたりも準備しといてねぇ~!」




 夕飯を楽しんだ後、お風呂でのマッサージタイムが始まる。


 僕たちは水着に着替え、美憐さんと蓮花さんも水着に着替えている。とても際どいビキニだ。裸よりは遥かにマシだが、それでも青少年には刺激が強い。蓮花さんには耐性が出来ているが、美憐さんは別だ。蓮花さんよりも少し皮下脂肪が乗っているが、大人の女性としての魅力がいかんなく発揮されている。


「シンタローくん。こんな美人ふたりと住んでて間違いが起きないのすごない? 島では修行僧みたいな事もしてたん?」


 気持ちは分からないでもない。僕も慣れてない頃は蓮花さんの肉体でバッキバキになっていたのを必死で隠していた。


「マッサージなんて何時いつぶりかしら……? とても楽しみだわ……♡」


 美憐さんの肉体が動く度に、どうしようもない劣情が湧き上がる気持ちがある。しかし、あくまで彼女は僕たちの事を信用し、身を任せてくれている。その義に反する事は男として許されない。玉藻くんも同じ気持ちの様だ。


「一宿一飯どころか、しばらくお世話になる身ですので、疲れを癒す手伝いをさせていただきます。この十文字玉藻、誠心誠意を込めて慰安に望ませていただきます!」


「では、玉藻くん。手筈通りに行こう。僕が蓮花さんにリンパマッサージ、その間に玉藻くんが美憐さんへ毬流の慰安施術。これが完了したら交代。という事で」 


「OKやでシンタローくん! さぁ、美憐さん。食事のお礼もありますので、どうぞ椅子に座って楽になさってくださいねぇ~」


「では、蓮花さんはマットの上に仰向けになってください。エッセンシャルオイルを使いますので、リラックスしてくださいね」


 【毬流慰安施術】とは!

 主に女忍者が極めたとされる、骨抜きにする快楽施術である。現代の研究で解明された部分を抜粋すると、対象者の気の流れに応じて施術法を変幻自在に対応し、ホルモンバランスや血流の促進、内臓の不調改善などに最適とされる施術法である。


 僕の方は、御木本家で体験したリンパマッサージを蓮花さんへと施す事となる。

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