第28話 戻ってきた日常
「これは……
「へぇ……あんちゃん、
「それにしても、すごい破壊力だ……。スチール製のロッカーはひしゃげているし、壁にも大きな穴が開いている……! それに的確に顎を蹴り上げる技術……!」
「そんな褒め過ぎやって~! そらぁ、ウチの蹴りは狂史郎兄に匹敵するとか言われとるけど? まぁまぁ、オリジナルにはもーちょいってトコやろなぁ!」
『ざわざわ……なんだか物凄い音がしたぞ……』
まずい、騒ぎを聞きつけて人が集まってきた。監視カメラは使えなくなっているが、このままでは政府警察に目を付けられてしまう可能性が在る。
「十文字君、とりあえずこの場は逃げよう! 警察にでも見つかったら事だ!」
「あぁっ! せや! ウチ今絶賛家出中やん! 補導されて島に戻されでもしたら、折角桃郷まで出て来た意味がなくなってまう! よっしゃ! 逃げるでぇ!」
僕たちは駅を出て、人込みに紛れた。電車に乗ってしまうと囲まれた際に逃げ道が無くなってしまうと考えたからだ。この選択は功を奏し、誰にも追われることなく、脱出することに成功した。
「まぁ、ここまで走れば追ってもないだろう……」
「せやな、それにしてもあんちゃん、随分と格闘に精通しとるな。ん……いつまでもあんちゃんって呼ぶのは変な感じがするわ。アンタの名前、教えたってや!」
「僕の名前は慎太郎。愛美慎太郎だ。好きに呼んでくれていいよ」
「じゃあ、シンタローくんやな! よろしゅうな! シンタローくん!」
僕たちはこのまま、次の駅まで歩くことになった。その間、お互いの話をした。出身の島について、島での生活と桃郷の差、雷靭脚についても話をした。
「はえ~……じゃあ玉藻くんは忍者の家系なんだね……!」
「せやねん。
「毬忍者! あの有名な!」
「ホントはこんなん人に言うのはアカンのやで? まぁ、でもシンタローくんはウチの友達やし、特別に教えたるわ! なはは! ……あだだだ!」
突如その場で
「ちょい無理し過ぎたみたいやな……。バンテージ巻いといたけど、即席やと十分な効果が得られんみたいやなぁ……」
玉藻君の右足、雷靭脚で蹴り上げる側の足には
「【
「いや、これは毬忍術の一部や。インパクトの時に発生する衝撃を足全体から太ももの筋肉に分散させる事で、高い威力の蹴り技にも耐えられるようにしとるんや。それでもダメな場合もあるんやけどな……! いたた……!」
「この巻き方だと回復の方に時間がかかりそうだ。剥がして、応急処置するね」
僕は、玉藻君の脚全体にテーピングを施した。リンパの流れに沿って貼り付ける、回復に特化した巻き方だ。更にその上から負担を分散させる為に、
「ほあ~……。自分に巻くだけじゃなくて、相手にも巻けるなんて、大したもんや【
「はい、出来た。回復したと思ったら剥がしていいからね」
「おおきに、この時点でだいぶ足が楽になったわ。ありがとう」
玉藻君に治療を施し、僕たちは駅に向かって再び歩き始めた。
「駅に着いたら、侵熟二丁目までの電車に乗って行く訳だけど住所だけで大丈夫?」
「平気や、シンタロー君にそこまで世話になるのもアレやし、まだ金もある。何とかするわ!」
「まぁ……そういう時は大体何かしらのトラブルが起きるのが定番なんだよね……。一応、僕の電話番号と住んでいる寮の住所を渡しておくよ」
僕は手早くメモを作り、玉藻くんに手渡した。
「もし大太刀のおっちゃんに拒否られたらシンタローくんの部屋に転がり込むわ!」
「そうならないように祈ってるよ」
軽く返事をした僕だったが、これが後に面倒ごとを巻き込む形となるのだが、この時の僕は知る由もなかった。
次の駅で玉藻くんと別れ、僕は寮に戻った。蓮花さんからはかなり長い尋問を受けたが、無事に彼女が出来たと報告すると、お祝いだと騒ぎ立てた。
翌日、僕は無事に夜を明かし、準備を済ませて登校する事が出来た。なんだか毎日誰かに付け狙われている様な日々が続いていたので、ようやく訪れた平和な学校生活に、ほっと肩をなでおろしていた。
これでまた入学式から、一週間も経過していないというのが、僕の人生の濃密さを物語っていると思う。昼休憩が終わり、五時限目の体育の準備をする為、急いで更衣室へと向かう。実質、男子更衣室は僕専用みたいなものなので、何の気兼ねなく着替える事が出来る。大変喜ばしい事だ。
そんなわけで、男子更衣室のプレートを確認し、ドアノブを手にかける。ここで漫画とかなら、誰かがプレートをすり替えていたりとかで、ひと悶着あるのだが……。
まてよ、僕の勘はよく当たる。ここは、女子更衣室に女子が入るのを確認してからでも遅くない。
僕は万が一に備え、女子更衣室に女子が入るのを確認した。その上で男子更衣室へと入った。これで問題ない。【部屋を間違えさせられる】というハプニングは回避できた。ふふふ、ラッキースケベの神よ。僕はそんなにベタで甘くはない!
そう考えていた時期が、僕にもありました。まさか、女の子側が更衣室を間違え、着替えているドンピシャのタイミングで、僕が入室してしまうとは思わなかった。
「ぴっ……!」
女の子は今にも泣きだしそうな顔をしているが、僕は悪くない。だが、ここで悲鳴でもあげられたら冤罪が降りかかる可能性もあるし、更衣室を間違えたアホという、彼女にとって不名誉なレッテルを張られる可能性もある。
「ここは男子更衣室ですよ」
直ちに僕は、間違いを正した。案外人は冷静なもので、パニックの最中に刺激を与えると脳が思考に意識を持っていかれる。彼女は下着姿ではあったが、なんとか悲鳴は回避出来た様である。
「えっと……。クラスメイトの……。
「ご、ご、ご……ごめんなさいぃ……」
どうも
「す、すぐ着替えて、で、出て行きますから……! ごめんなさいぃ……!」
「急がなくてもいいよ。まだ時間あるし、僕が出ればいいだけだから……」
「お、お手間を取らせる訳にはいきません……! わたしが早く着替えますぅ!」
焦ってジャージを履こうとした所為か、その場でバランスを崩してしまう鬼怒川さんを、僕はなんの躊躇いもなく受け止めてしまった。
こんな所でコケるのも、それを見るのも忍びない。支えてみると、大きくて逞しい肉体だ。そして、たわわな実りが背中を支えているにも関わらず、接触している。それはいくらなんでもデカすぎるんじゃないか?
「大丈夫?」
「は、はいぃ……! お手数をお掛けしましたぁ……!」
彼女はジャージを履く途中なのにも関わらず、僕に謝罪する事を優先した。かなり変わった子の様だ。パンツが見えてますよ。とは言えなかった。
転びそうになった理由は、ジャージの下に装着していた重装備の膝サポーターだ。これは有名なスポーツメーカーと、医療機関が協力して開発したもので、膝に掛かる荷重を半分以上軽減するという優れものだ。これを装着しているという事は……!
「鬼怒川さん。危ないから座って。なんなら、僕が支えてもいい」
「す、すみません……。肩を貸してくださると助かりますぅ……」
僕の記憶だと、この膝サポーターはかなり値の張る品だ。一部スポーツ選手の間でも流行したが、逆に機能が良過ぎて競技中には使用できないという制約まである。
「出来ましたぁ……ありがとうございますぅ……。ごめんなさい、わたし、中学の頃からサポーターを
「事情があるなら仕方ないよ。僕以外この更衣室は使わないから、鬼怒川さんは遠慮せずに使ってよ」
「あっ、ありがとうございますぅ……! よかったぁ……。こんなことなら、最初から愛美くんに相談すればよかったですぅ……」
例え、男の子に見られたとしても、女の子には見られたくない。そんな風に僕には聞こえた。鬼怒川さんが着替え終わり、更衣室を出て行くと、僕も急いで着替えを行うのだった。
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