第27話 白銀の雷光
トイレを無事に済ませた僕は、お風呂の換気扇を作動させ、窓を開放する事で換気を促し、酩酊フェロモンを霧散させた。
酩酊フェロモンの効果で、意識が朦朧としていた時の記憶は曖昧な様で、お風呂場で行われた天国と地獄の詳細は、記憶から一部抜け落ちている様だった。
その後お風呂で温まり直した僕は、乾燥が終わった衣服に着替え、リビングで一息ついていた。
「慎太郎くん、私達のリンパマッサージはどうだった?」
「はい、身体の調子がとても良くなりました。ありがとうございます」
「良かったわぁ♡ またいつでもしてあげるから、遠慮なく言ってね♡」
そう云う訳にもいかないのだが、表向きには分かりましたと言っておく。
「しんちゃん……♡ 最後まで出来なくて残念だね……♡」
僕の恋人は淫魔か何かなんですかね? あの状況を切り抜けて、人としての尊厳を守る事は出来たが、僕の宝剣から生み出される熱は出口を失ったままだ。
大きさは普段の状態に戻り、ズボンの中へと納まってはいるが、この体力の余り具合からして、走り込み程度では発散できそうにない。帰ったら筋トレをしなければ……。そう思案しながら時計を確認すると、時間は既に夕方に差し掛かっていた。
「本日はこの辺で失礼いたします。明日も学校ですし、帰って準備しないと」
「そうだね。アタシ的には泊っていってもらいたいところだけど、しんちゃんの住んでる寮から考えたら結構距離あるもんね……。駅まで送っていくよ!」
「いやぁ、それだとあゆみちゃんが、駅からひとりで帰る事になるから!」
「そっか。まぁ、これからはずっと一緒に居られるし、焦る事もないかっ」
あゆみちゃんは、もうこの上ない程の満面の笑みである。僕にこれ程可愛い彼女が出来るだなんて……! 言葉では言い表せない感動があるな……!
その後は、挨拶も程々に、名残惜しいながらも僕は御木本家をあとにした。
駅までの道のりはそう遠くはない。歩いて二十分程度というところだろう。交通機関も本数があるので利用しても良かったが、僕は少しでもこの行き場の無いムラっ気を発散するべく、歩いて帰る事にしたのだった。
駅の構内で切符を買おうと券売機に向かっていると、ロッカー置き場の物陰で何やら争う様な声が聞こえる。
「何するんや! それはウチの財布やぞ! 拾ってくれたことは感謝するけど、謝礼で半分持ってくんは余りにも横暴やろ!」
帽子を深くかぶった銀髪の小さな子が、スカートの異様に長いセーラー服を着た、大きな女の子たち数名に囲まれている。どうやら揉め事のようだ。
「折角拾ってやったんだから感謝してくれてもいいだろうがよぉ~! 悪い奴に拾われなくてよかったよなぁ? 半分もちゃんと返ってくるんだぜ~?」
「中身は一万円札しかねぇじゃん。割り切れないし全部貰っとくかぁ?」
「それじゃあ全部取ったのとかわらねーじゃん! ぎゃははっ!」
「アンタら、金がどんだけ大事なもんか、よぉ分かって言っとるんか……? 苦労もせんと、親のすねにしゃぶりついてる学生の身分で、人の金を取ろうとするんか?」
銀髪の子からは、強者特有と気力を感じる。この気配は同じような実力者でなければ見分けがつきにくい特殊なものだ。僕は慌てて、女学生の手から財布を奪った。
「そこまでだ。キミ達、
いくら女学生たちの背が高いと言っても185センチある僕の比ではない。彼女達は僕の腕から伸びる
「はい、どうぞ」
僕は銀髪の子に財布を返した。
「あんがと! はえ~っ……あんちゃんでっかいなぁ……。身長なんぼあるん?」
「185センチはあると思うよ。去年測った時だけど……」
「マジか! ウチより30センチ以上デカいん⁉ あぁ~ホンマ、これだから遺伝子は不公平やわぁ~!」
「ははっ……、小さくて可愛いのもいいんじゃない? 女の子なんだし」
「アホウ! ウチの何処が女の子やねんな! 見てみぃ! この力こぶをぉ……!」
銀髪の子はスカジャンの袖を捲って上腕二頭筋を見せようとするが、とても細い。僕の三分の一くらいの体積しかない様に思える。
「男の子なの……⁉ いやでも、一人称が【ウチ】だったからてっきり……!」
「ウチの地元じゃこれが一般的なんや! ワシはじーさんばーさんしか使わへんし、ボクやワテなんて使こてたら、周りから笑われてまうやん!」
「ご、ごめんね。西側の文化圏には詳しくなくて……」
「……せやろなぁ、政府の決め事で各地の行き来が少ななってからは、西の文化圏も鳴りを潜めてしもうとるからなぁ……!」
「それは済まなかった。人は見た目で判断するものじゃないとは理解しているのだが……えっ⁉ 男の子⁉ 今じゃそっちの方が遥かに珍しいよ⁉」
「そう言われたらそうか? 田舎を抜け出して、
「まさか、キミも島出身だったりする?」
「あぁ、
彼の素振りからは何も困った感じはしなかったが、僕は面倒ごとに巻き込まれている気がしてならなかった。しかし事情を知った以上、ほっとくわけにもいかない。
「その、おじさんの名前は? 僕の知っている人ならいいんだけど……」
「【
「聞いたことないけど……。なんか特徴とかはある?」
聞いたところで名前には心当たりがない。でも男であるという事が分かっている。ならば最悪、アヴァロンで人物検索すれば出てくるかもしれない。
「あ~っと……。頭がつるつるのスキンヘッドで、年中青ひげで~、やたらと身体のデカイ……言ってみればメタボなおっちゃんや!」
「なんだろう……的確に該当する人物に心当たりがある……。もしかして
「それや! それそれ! 何でわかるんや⁉ あんちゃんエスパーかなんかか⁉」
「
「おぉ~! 助かるわぁ! あんちゃんありがとうな!」
僕は猫猫さんが経営するお店の住所を書いて手渡した。そして気が付けば、ロングスカートの女学生に囲まれていた。体格のいいひとりが前に出る。ミニ豪街道さんといった感じの巨躯をしている。あの見た目でも女性だという事はなんとなくわかる。
「おう、うぬか? ワシの舎弟たちに説教こいた男ってのは……! がはははっ! なかなかいい男じゃねぇかよ……! ワシら全員で可愛がってやるぜ……!」
彼女達はこの場に設置されている監視カメラを布で覆い隠し、映像証拠が残らない様に細工した。明らかにやり慣れている手口である。先程の死角を利用した強請りとは根本的に異なる状況となった。
「桃郷の女性は積極的な子が多過ぎやしないかね……」
僕が上着を脱いで相手をしようとした時、銀髪の彼が僕を静止した。
「こんな雑魚にあんちゃんの手は必要ないやろ。ウチが全員纏めて相手したるわ」
銀髪をなびかせ、首から下げていたゴーグルと装着すると、軽く足場を慣らし、靴の状態を確かめるようにジャンプする。
「舐めるなよクソガキがぁ! そんな細腕で何が出来るってんだゴラァ!」
「小さいからって舐めて掛かると、怪我すんで? お前らみたいなナメクジ相手ならな、一割の力でも5秒で倒せるわぁ!」
「舐めてんのはそっちだろうが! かかれぇ!」
女学生の合図で取り巻き達が一斉に襲い掛かる。
その瞬間、白銀の電撃が走った。一瞬の出来事であったが、ロッカーや壁を蹴って跳躍し、その場にいる屈強な女学生全員の顎を的確に蹴り上げた。
「はやい……!」
これで一割だというのか、その場にいた女学生は全て失神していた。命に別状はないが、全員的確に脳を揺さぶられ、戦闘不能になっている。
「君は一体……!」
「ウチか……? ウチの名は、【
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