第20話 夜の街


 虎の穴を名乗る組織のふたりは、誠心会を滅ぼす手伝いをしてくれる事となった。そもそも、誠心会はここ最近は粗暴が目立ち、近々上部組織から消される手筈となっていたらしい。それを感じ取ってか、金の回収に躍起になっていたという話だ。


「美奈子ちゃんから聞いてると思うけど、アタシの様な熟練の戦士でも、近代火器と真正面から戦うなんてことはしないわ。アサルトライフルやマシンガンとかは流石にね……☆」


 侵熟しんじゅくのヤクザは派手に武装しているという。警察機関が殆ど機能を果たしておらず、癒着の関係にあると言っても過言ではない。


 多額の献金を行っている為、罪として立件する事がままならず、何処かの段階で抑止力となる、虎の穴の様な組織が必要になるという。


「ガス漏れ事故という程で、事務所を吹き飛ばす。ビルには全てあいつらの経営している店が入っているんだ」


「お風呂屋、ハプニング系、金貸し、ギャンブルなんでも入ってるわ。でも摘発されないのは、警察内部に内通者がいるからなのよね☆ 一網打尽♡」


「爆破するとしたら、他の人達を巻き込んでしまうのでは?」


「目的はビルの破壊だけじゃねぇ、違法な契約書や奪われた権利書などを取り戻す必要がある。まずは火事という名目で煙を部屋に充満させ、無関係の人間を外に出す。あのビルはスプリンクラーが設置されていない違法ビルだ。火事と煙の差なんてわからんだろう」


「煙に巻かれて死んだりしないんですかね」


「使うのは不快な匂いがする煙玉だ。一酸化炭素中毒で死ぬ様な事はない」


「貴方には清掃員として忍び込んでもらうわ。監視カメラを管理している部屋があるから、そこでカメラを壊してほしいの☆ 調べによると、その部屋自体に監視カメラはないから、ヤクザの監視がひとり付く筈。そいつを始末してから事に及んで♡」


「始末というと……何処まで……」


「別に殺しても構わないわ♡ 上手に出来るなら気絶だけでもいいけど、油断しない事ね。奴らはヤクザの中でもカス中のカス。遺伝子弄りまくりのサイボーグよ♡ きっと思春期の珍宝よりも弄ってるわね♡」


「おい猫猫まおまお、下品な表現はやめろ」


「あら虎さんったら固いのね♡ 固いのは珍宝だけにしなさい♡」


「クソオカマが……!」


「あぁっ⁉ なんだテメェやるのか⁉ ケツ穴気持ちよくしてやろうか⁉」


 様子が急変する猫猫さんに、なんとも表現しがたい恐怖を感じた。


「……まぁ、とにかくだ。清掃員としての仕事は正式な許可を通した会社から依頼されているものを用意した。必要なものはこちらで用意してあるから、すぐにでも作戦は開始できる」


「すぐに始められるなら願ったり叶ったりですけど、一網打尽に出来るんですか?」


 至極当然の疑問だと思う。例えヤクザであったとしても、仕事としてはそれぞれの担当と配置がある。雑居ビルひとつに全員が集まっているのは不可解だ。


「あいつら生意気にも組織設立の周年パーティを計画しているの。腹立つでしょ? 成績の良かった幹部連中を呼び寄せて賞与ボーナス支給するのよ」


「監視室さえ潰せば、ビル全ての監視カメラと警報装置が停止し、俺たちが自由に行動する事が出来る。ガスを噴射し、爆弾を設置して、俺たち全員の脱出が確認出来たら爆破。こういう手筈になっている」


「ならば、すぐにでも取り掛かりましょう。こんな不安を抱いたまま気持ちよく眠る事なんて出来ませんからね!」


「その意気よ♡ アタシたちは顔が割れてるから、あの周辺で正体がバレるのは防ぎたいの☆ 変装をしても図体でバレちゃうからね♡」


「それはお前だけだろデブ! いい加減痩せろやこの万年メタボリックが!」


「なんだとこの野郎! 俺様の高級ボディにいくらかかってると思ってんだ!」


 この二人は本当に仲間なのだろうか……。一抹の不安が残る……。




 僕たちは偽装した清掃会社の車で、雑居ビルへと到着した。虎さんが共に清掃員として潜入し、猫猫さんはインカムでナビゲートしてくれる手筈となっている。


 手押しのカートには清掃用具が詰められているが、これは偽装。手押しカートの中は二重底の収納となっており、中にはプラスチック爆弾が満載している。


「こんばんは~! フロアクリーニングのキュア&クリーンです~!」


 僕は手筈通りに挨拶をし、必要な機材を車から運び出す。


「おう、ご苦労さん。掃除とワックス掛け、予定通りに頼むわ」


 見た目のゴツイ改造ヤクザを素通りし、僕と虎さんは分かれて行動する。


 お互いに監視はひとりずつ。慎重に事を運んでいく。清掃を終わらせてからワックスの作業へと入るが、僕の担当である管理室は四階に存在している。金融業者と社長室が存在している階だ。


 インカムでお互いの作業具合を確かめながら、計画は順調に進んでいく。


「今からワックスの作業に入りますんで、先に部屋から出てもらえますかね? 足跡がついたらやり直しになってしまうんで!」


「おい! 監視室はワックスの予定はなかったはずだぞ!」


 僕は首根っこを掴まれ、動きを静止させられた。すごい力だ。恐らくは遺伝子改造の他に、身体の一部を機械サイボーグ化しているに違いない。


「いえ、契約書作成の際にご確認いただきました。ちゃんと控えも持参してます」


 書類を確認してもらうと、妙にヤクザの距離が近いのに疑問を感じる。何だこの人、もしかして僕たちの潜入に気が付いたのか……? それに、どうして僕の匂いを嗅ぐんだ……? クリーニング剤の匂いしかしないぞ……?


 僕の心配をよそに、その人物は書類を読み直すと、あっさりと解放された。


「あぁ……? 担当した奴が間違えて伝えたのか……? 悪かったな。私は部屋に戻る。作業の邪魔になるといけないからな……!」


「はい! お疲れ様ですぅ! 作業が終わり次第お伝えに参ります!」


「おい……!」


 作業に入ろうとした瞬間、何故か声を掛けられた。びっくりしてワックス液の入った容器を落としてしまう。


「なんでしょう……?」


「おまえ、オトコだろ? 背が高くて変だなって思ってたけどよ……。私は匂いで分かるんだよ……! この時代にオトコはめずらしい……! ちょっとしゃぶらせろ」


 一体どこをと突っ込みたいところだが、そんな場合ではない。こんな所でトラブルは避けたいところだが、一回で事が済むという可能性は限りなく低い。


「そんなサービスやってません! やめてくださいっ! 人を呼びますよ!」


「こんなところで人を呼んでもヤクザしかこねぇんだよ!」


「正当防衛! 濃縮酩酊フェロモンっ!」


 僕は懐から取り出したスプレーを相手の顔に射出した。この中には僕の生成したフェロモンを、三倍に濃縮した液体が含まれている。酩酊を通り過ぎて昏倒する為、かなり強い効果を持っている。


「うわぁ~っ! 何を掛けやがったっ! ……ぐごごご……すやすや……!」


 こんな事もあろうかと、研究室できらら先輩とフェロモンの解析をしておいて本当に助かった。僕の貞操は守られた……!


 念のため、ガムテープで眠っているヤクザを拘束し、口と目も塞いだ。彼女が所持していた拳銃はこちらで預かることにした。ブローバック式の銃でスタンダードだ。


「こちら慎太郎。管理室に到着しました。僕に付いていた監視は眠らせました」


『オッケー☆ 虎さんも準備出来てるみたいだから、いつでもいいわよぉ☆』


 監視カメラのスイッチを切る直前、監視モニターには、僕の見知った人物が映し出されていた。映像の解像度が高いため、見間違えることはない。両手を結束バンドで拘束されているのが一瞬で理解できた。


「あゆみちゃん⁉ どうしてこんなところに⁉」


 逸る気持ちを抑え、すぐさまインカムで連絡を取る。


猫猫まおまおさん! 僕の友達がこのビルの一室に囚われています! 話していた女の子です!」


『嘘ッ⁉ こんなタイミングで⁉ ボウヤ、女の子が居る場所、何処だかわかる⁉』


 モニターの下部に、テープで社長室と明記されており、それを伝えた。


『社長室……誠心会のボス、【日鷲見健一かすみけんいち】の部屋ね⁉ ボウヤ、今から虎さんとアタシが駆け付けるから、監視カメラを落として冷静に待っているのよ⁉ いいわね⁉』


「そうも言ってられません……!」


 解像度が高い映像には、医療器具と液体の入った瓶。袋詰めされた白い粉が並べられているのが映し出されている。それらが示すもの、人体に有害であり後遺症を残す劇薬の存在だった。布を噛まされ、声が出ない様にされている。


 僕は警報と監視カメラの装置を叩き壊し、その足で社長室へと駆け出した。

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