第19話 サヨナラ出来ない


 職員室から出て来たあゆみちゃんを発見した。

その手には書類らしきものが握りしめられている。


「あゆみちゃんっ!」


「しんちゃん……。おはよー」


 あゆみちゃんの眼の下には隈が出来ていた。寝不足なのは目にも明らかだ。寝不足は脳の活性を妨げるし、判断力も低下して健康にも良くない。


「ちょっときて」


 僕はなかば強引にあゆみちゃんの手を引き、保健室へと連れて行った。担当の先生は丁度存在していなかったが、勝手にさせてもらう。あゆみちゃんを強引にベッドへと寝かしつける。


「無理せず寝てなさい」


「授業が……」


「そんなの、あゆみちゃんの健康の前では些細な事だ」


「ダメだよ……しんちゃんは戻って……」


「あゆみちゃんが寝るまでここにいる」


 僕は、安息フェロモンを放出し、あゆみちゃんが眠るまで手を握った。しばらくして静かな寝息がたてられる。相当気を病んでいた様子だと判断できる。その隙に、彼女がポケットにしまった書類を確かめる。


「退学届……」




 僕は一目散に飛び出し、潺美奈子せせらぎみなこさんのもとを訪れていた。学校の内部に存在している舞鶴きらら親衛隊の総本山、部室棟の最奥がファンクラブの本部である。


 通された謁見の間には、きらら先輩の肖像画と、

大きく『きらら命』の文字が掲げられている。


「単刀直入に申します。僕に仙術を教えてください!」


「帰れ! 仙術は教えて身に着くものではないわ!」


 そう言われて引き下がる訳にはいかなかった。今の僕では力が足りない。いかに、籠島における地獄を乗り越えたとは言っても所詮は素人。あゆみちゃんを救う為には組織を壊滅させ、報復を考えられぬ様心を完全に破壊する手段が必要なのだ。


「人を害し、社会を害す者達に、打ち勝つ力が必要なのです!」


「打ち勝つ……か。秩序ではなく、戦いの為に仙術を身に着けようと云うの?」


「相手は生粋のヤクザ者! 愛する者の未来の為、男が命を張ろうと云うのです! どうか、我が願い、聞き入れていただきたくっ!」


「何をしようとしているかは、詳しく聞かないでおくわ。牽制の為に見せた仙術を、まさか習得したいと申し込んでくるだなんて思わなかった」


「以前、ナンバーズとの戦いを受ける条件を掲示されましたが、今まさに、僕に必要なのは仙術なのです! どうか! お聞き入れください!」


「貴方を仙術使いにすることは出来ないわ。あなたは正統のナチュラル種。仙人とは、この世界の理から外れる存在。子を残す事が出来なくなるわよ。あなたに己の存在意義、全てを捨てて仙術の呪いを背負う覚悟があるのと云うのかしら」


 仙術を習得すれば子供が作れなくなる……⁉ そんなことをすればお父さんや関係者たちが積み上げて来たもの、僕が積み重ねて来た、島での努力が全て水泡に帰すという事……!


「僕には大きな使命があります。最終的な試練もこの先多く残されている事でしょう、しかし、その大きな使命の為に! 目の前で苦しんでいる人間を見殺しにするような! 薄情な男でありたくない! 使命の為に命を賭します! 仙術が不可能であるならばどうか、お力添えを!」


「あなた、きらら先輩の他にも、命を懸けて守りたい存在がいるの……!」


「男、愛美慎太郎。見栄も嘘も一切ありません! 幼馴染だけではない、僕はこの世全ての、愛してくれた人に! 報いたい! 幸せになってほしい!」


 僕の意志を、想いを言葉に乗せて発する。潺さんは、瞳の奥を覗き込むように直視し、真意を探ろうとしている。その中で、僕の異変に気が付いた。


「愛美慎太郎……! まさかお前、【陰腹】を……! 見せろ馬鹿者!!」


陰腹かげばら】それは籠島の種我島に伝わる、命を懸けた懇願の証。自ら腹を斬り、痛みに耐える事で自分の意志の強さを相手に知らしめる覚悟の儀式である。


 腹を斬り、その上から布のサラシを巻き付けてはいるが、腹部には大きな傷が残されている。下手に動けば内臓が零れ落ち、死に至るだろう。


「なんて愚かな……これが、男、いや、【漢】と云うもの……自身の価値を、勘定に入れていない! 私は戦国の武将ではないぞ! こんなもの見せられて、天晴と云う筈もないだろうが……!」


 僕はせせらぎさんの瞳を真っ直ぐに見た。覚悟ならいつでも決まっている。


「……わたしは白桃の仙人。位としては一番低い位置にいる存在よ。もちろん一般人よりかは遥かに力がある。それでも仙人の中では最下位なのよ。私ではあなたの力にはなれないわ……」


「場所は侵熟しんじゅく、組の名は誠心会、目的は不当に課せられた友人への借金帳消し、または組の壊滅!」


「えぇい! 勝手に事情を語るな! いいか⁉ 生物としていかに強くてもな、現代の重火器に対して仙人は無敵ではないのだ! 囲まれて撃たれたり、手榴弾が直撃すればさすがに無事では済まないの! クソッ……紹介状を書いてあげる……! 侵熟の仙人に会ってみると良いわ。わたしよりは話が通る筈だから! それと、陰腹を治療してやるから! そこになおれ!」


「ありがとうございますっ!」


 潺さんの仙術によって切り裂いた腹は治療された。内臓は避けられていた為、即死する様な傷ではなかったにしろ、多量の出血で死にかけており、かなり重めの説教を喰らう事となる。


 僕は潺さんに対して、漢戦法で強引に道を開いた。紹介されたのは侵熟二丁目のバーを経営している【猫猫まおまお】という人物である。


 話を聞く限りでは相当な実力を持っている仙人であるらしいが、かなり個性的で、扱いが難しい為、仙人の間でもあまり触れられていない存在だという。




 下校際、僕は再びあゆみちゃんと顔を合わせた。


「あゆみちゃん、心配しないで。きっと何とかする! それまで、あの書類は保留にしておいて! 絶対だよ!」


「しんちゃんっ……!」


 僕は返事も聞かず、その場をあとにした。目指すは侵熟。目的は、誠心会の壊滅。




 ここは侵熟しんじゅく二丁目。 欲望が渦巻く地獄の釜。踏み入れれば最後、誰もが何かしらの傷を負ってしまう、そんな危険な場所だと人伝に聞いた。


 一度寮に帰り、私服でこの場所を訪れた。潺さんから教えられた場所は、雑居ビルの中にある【多目的多様性バー猫猫まおまお】派手なイルミネーションで入り口が彩られており、光で目がチカチカする。僕は教えられた合図の手順通りに扉をノックした。この店は常連さんだけに解放されている店らしい。


 まずはノックを三回。すると、扉についている小窓が開き、顔を確認される。


『たまゆら……!』


「振れば力が湧いてくる」


「どうぞ」


 合言葉を伝えると、扉が開かれ、中へと招かれた。内装はシックにまとまったオシャレなバーの姿をしており、この空間に仙人が存在しているとはとても思えない。そんな特殊な環境下であった。


「あらぁ♡ あなたが美奈子ちゃんが言ってた慎太郎くんね♡ 聞いていた通り、とてもチン……じゃなかった、芯が強そうな男の子ね♡」


 何を言いかけたのか、現れたのはスキンヘッドに青ひげを生やした明らかな男、というよりかは、ステレオタイプのオカマであった。この時代には珍しい存在である。


「あららぁ~♡ あなたオカマを見るのは初めて? そうよねぇ♡ そのなり、出で立ち、籠島の種我島あたり出身でしょ~? わかるわぁ~、雄の臭いがプンプン♡」


「さすが、ですね。潺さんからは何処まで聞いておられるんですか?」


「積もる話もあるでしょ、とりあえず座んなさい。 カウンター席でいいわね?」


 僕は頷いてカウンターの席に座った。緊張感が張り詰めている。得体のしれない連中の巣窟。潺さんの紹介があるとはいえ、彼らが完全に仲間だという確証がない今、警戒を解くわけにはいかない。


「おう坊主、大した気迫だな。その年齢で出せる迫力じゃねぇぜ」


「ッッ!!」


 いつの間にやら知らない人物が隣の席に着席し、酒の入ったグラスを傾けていた。僕は咄嗟に席を立ち、距離を取る。長い銀髪にサングラス。革のジャケットにジーンズを履いた女性であるように見える。


「あらやだ、虎さん、アタシのお客さんを驚かせたらダメよぉ♡」


「ふははっ! 猫猫まおまおに客だと聞いてな。どんなモノきか見てやろうと思ったんだ」


 僕が気配を完全に読み取れなかった。この女性、潺さんよりも強い……!


「おっ、その感じだ。いいぞ、知らない相手に気を許すな。それも種我島で習った事だろう? 基本に忠実。それが政府のやり方だからな……!」


「貴方達は一体……! 何処で僕の情報を……⁉ 潺さんには何も……!」


「俺たちは【虎の穴】という組織の一部だ。陰謀論や都市伝説みたいな扱いだが、れっきとした対犯罪組織である。お前は俺たちの力を必要として、潺の嬢ちゃんを頼ったのだろう?」


「あらぁっ! そうなのぉ♡ 気概がある男って素敵♡ 何処を潰したいの?」


「友人が不当な借金を背負わされていて……。誠心会というヤクザ組織です」


「あららぁ~♡ 誠心会なの~。あのドブカスヤクザ達ったら……まぁ~たアコギな商売をやっているのねぇ~☆ 殺そ☆」


「今の話で大体は掴めた。お前さんがどれだけ友人を助けたいか、とかな」


「そうね♡ 誠心会よりも先に友達の話が出たわ。友情に熱いオトコも好きよ♡」


 話す内容ひとつでここまで見破られるとは驚いた。僕は初めて、頼れる大人というものに出会ったかもしれない。


「貴方の性質上、黙って見ていることなんて出来ないでしょうね☆ 実はアタシ達も、目障りなヤクザを処分しようと考えていたのよ~♡」


「そこでだ、お前の様に肝の据わったやつに、とっておきの仕事がある」


 虎さんと呼ばれた人物は、カウンターの上に雑居ビルの図面を広げた。



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