第18話 なんだか空回りばかりで


 高校で再開した幼馴染、御木本あゆみちゃんが泊まりに来ている。僕は隣り合った布団の上で、彼女と二人きりとなっていた。


「あゆみちゃん。家には、連絡入れてあるんだよね?」


「もちろんだよ。友達の家に泊まるって言ってある」


 間違いではないのだろうが、男の友達とは言ってないんだろうなと、予感がした。折角のふたりの時間を無駄に過ごしたくない。僕は昔話に花を咲かせようと話題を振った。


「あゆみちゃんと初めて会ったのは、幼稚園の年長さんだったね」


「そうだったねぇ。幼稚園というか、島の子供たちが集められたコミュニティ、ってだけだったような気もするよ。親はみんな仕事で忙しくて、行事らしい行事をやった記憶もないし……」


「よくふたりで島中を走り回ったのは記憶に新しいよ。あゆみちゃんは男の子に人気があったから、やっかみで僕はよくイジメられてたっけなぁ……」


「そうそう、しんちゃんは大人しくて優しいからやり返せないから、よくアタシが守ってあげたっけねぇ~!」


 そもそも、イジメられている原因があゆみちゃんの贔屓によるものであるという事は、ここでは口にしないでおく。


「あの泣き虫なしんちゃんが、今ではこんなに大きくなって……」


「ははは、親御さんみたいな感想だ」


「あたしは、また会えて嬉しかったよ」


「僕もさ、だけど、道でぶつかるなんてベタな展開があるとは思わなかった」


「ホント、ドラマかよっ! ってなっちゃった」


「別れはは辛かったけど、また出会えた。これから楽しい事がたくさんありそうだ」


 僕は未来への期待も込めて、この発言をした。

だけど、あゆみちゃんは――


「これからか~! アタシ将来どうなるんだろうな~」


 ――あの時の顔を見せた。僕に別れを言い出せなかった時の顔だ。


「あゆみちゃん」


 僕はあゆみちゃんの手を握った。冷たい。小さく震えている。


「しんちゃん……! アタシ! もう寝るね! おやすみ!」


 僕の手は強引に振りほどかれ、あゆみちゃんは布団へと潜った。誰にでも、言えない事はある。僕はこれ以上、深く追及する事が、出来なかった。


 電気を消し、自分も布団にもぐる。


「あゆみちゃん。その時が来たらでいいから、話してね」


 彼女からの返事はなかった。




 その夜、僕がふと目を覚ますと、隣の布団にあゆみちゃんはいなかった。荷物はそのままなのに、枕元に置いてあったスマートフォンだけが無くなっている。


 部屋の外で、僅かに話声が聞こえて来た。


「そんな……。利息分はお支払い出来ているはずです……。母も懸命に……。やめてください……。それだけは……。私が……働きます――」


「――はい、学校を……辞めます……」


 僕は、あゆみちゃんの事情に、勝手に踏み込んでしまった。




 翌朝、目覚めるとあゆみちゃんの姿は既になく、僕が起きる前に学校へと向かったという話を蓮花さんから聞いた。


 昨日の電話の内容からして、彼女の家には何らかの理由で借金があり、それの返済に追われていると云うのが分かった。学生の身である自分に肩代わりをする様な甲斐性がある訳ない。だけど、彼女が学校をやめるという話は、見過ごす事が出来ない。


『朝早くにすみません、きらら先輩。あゆみちゃんについて調べたいんですけど、何処まで出来ますかね? 彼女の人生が掛かった一大事なんです。お願いします!』


 僕はきらら先輩を頼った。正直めちゃくちゃ情けない話だが、こんな一介の高校生に最適な行動がとれる訳もない。朝一で学校の実験準備室に招かれ、きらら先輩と話をする事となった。


「キミがここに来るまでに、知り合いのハッカーから情報を仕入れておいた。御木本あゆみクン。彼女の両親は借金があるみたいだね。一般的な金融機関から借りた分は完済した様だが、最後に借りた業者が闇金だったようだ。背に腹は代えられなかったんだろうねぇ……」


「情報提供ありがとうございます! 続けて詳しくお願いいたします!」


「借金の原因は……御木本あゆみクンの……あぁ……。アレルギー治療か……。かなりの病院を転々としている……。しかも、経口摂取系統のアレルギーで、小麦が一番辛いやつだ……。気の毒に……相当治らなかったんだねぇ……」


「……まさか、コーディネイター手術を⁉」


亜米利加あめりかで受けているねぇ……借金額が大きい訳だ……」


 当時、亜米利加はアレルギー発症大国として問題になっていた。栄養学が一般教養として浸透しなかった事による食べる物の偏りと、貧富の差によって、それは明確なものとなっていたのである。


「【誠心会】ここで最後に借りた闇金の所為で、一千万が利息だけで一億まで脹れている。これは悪徳だよ……どうしたものかねぇ……」


「きらら先輩! 法的機関で何とかなりませんか⁉」


「この手の輩は実力行使と嫌がらせが得意だからねぇ……。法的に狩ったとしても、報復が待っている可能性が非常に高い。こんなの身体を売ろうが内臓を売ろうが、一生返せないだろうねぇ……」


 僕は手元にあるアヴァロンを見つめる。


「無駄無駄。価値の分かる研究機関でもない限り、売れやしないよ。売れたとしても四千万から五千万だ、完済には程遠い……」


「先輩、アヴァロンって何処まで出来ますかね? 未来予知とか出来ませんかね?」


「ははは! ギャンブルかい⁉ ルーレットやポーカー、スロットに競馬、計算式を用いるものであれば、それなりの的中率が狙えるだろうけど……期待値を越える事は絶対にないよ。出来るとしてもルーレットの回転数から的確な数字を導き出すくらい……。いや、考え方次第でなら……可能か?」


「闇金してる所、きっと裏カジノとかもありますよね?」


「無理だよキミ……! いくらなんでも悪の巣窟から借りた金を、そこから奪い取るなんて……! 第一どうやって忍び込もうというんだい!」


「客として紛れ込むのは無理でしょうかね?」


「漫画の影響を受け過ぎだよ! あんなものフィクションだから成立しているだけで、実際のヤクザは暴力&暴力だ! 数にものを言わせて影の中で人を殺す! そういうやつらなんだよ!」


「きらら先輩。純粋培養で愛美光太郎の作り上げた最高傑作である、ナチュラルの男性の価値って、どれくらいなんですかね?」


「……まさかキミ、とんでもない事をしでかすつもりなんじゃ……!」


『アヴァロン。愛美慎太郎の金銭的価値を教えて』


『お答えします。愛美慎太郎さまの価値は、これからの国の政策を考慮し、五千兆円ほどの価値が約束されております。長い目で見ればもっと価値がある存在となるでしょう』


「あぁ、そうだよ。キミの価値は高い。一回の種付けなら競走馬最高価格の百倍以上の値段がつくだろうね。これで満足かい?」


「アヴァロン、【誠心会せいしんかい】を壊滅させる方法はある?」


『【誠心会】は侵熟しんじゅくに拠点を持つ、関東大麻組直系のヤクザです。壊滅させるとなると、上部組織の報復が懸念材料となりますが、組織というものは結局は更に強い組織に勝てないという絶対の真理が存在します』


「アヴァロン、僕とあゆみちゃんのツーショットと、僕の金銭的価値を示したデータを誠心会に送ると、どうなると思う?」


『御木本あゆみさんを通して慎太郎さまを誘い出し、拉致監禁の末、外国に売り飛ばす計画を立てる事でしょう』


「とんだ茶番だ……。要するに、自分が囮となり、政府を巻き込んで誠心会を壊滅させる。政府の介入であれば仕返しも出来ない。そう言いたいのだろう?」


「可能でしょうか?」


「何処まで実現可能なのかねぇ……。ネクタル、今の話聞いていたか?」


『はい、きらら様。成功確率は18パーセント。非常に低い望みとなっております。第一に、政府の機関が出動したとして、この先、慎太郎さまの存在価値が他の者に流出しないという可能性がありません。学校生活が失われる可能性は高いです』


「じゃあ、僕を大金持ちの御曹司、として誠心会にデータを送ればどうなる?」


『成功の確率は38パーセントまで上昇しました。まだ詰めが甘いです。政府が慎太郎さまを拘束、監禁する可能性が拭いきれません。健やかな学校生活を守りたいのであれば、もう少し考えを詰めるべきです』


「ダメか……。アヴァロンとネクタルで100パーセントに限りなく近い、あゆみちゃんを救う方法を考えてくれない?」


『『そんなに都合の良い事は起こりません』』


 両AIには強めに怒られてしまった。困った。




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