第17話 食卓を囲んで


 紆余曲折あったが、問題が解決する頃には時計は八時を過ぎたあたりだった。フェロモンの分泌により空腹を抱えた僕は、一刻も早く食事にありつきたいが、想定よりも二人多い来客に、どう対応するべきか考えていた。


 そしてタイミングよく助け船が用意される。


「話終わったかー? しんたろーの友達が来てるって事で、みーちゃんが特別に部屋でメシ喰っていいってさ~!」


 蓮花れんげさんによって大きなお盆に鍋とガスコンロが持ち込まれた。


「ほらほら準備しろ、しんたろ~。でっかいちゃぶ台あっただろ?」


 てきぱきと行動する最中、あゆみちゃんが手伝いを申し出るも、『お客さんなんだからゆっくりしてて』と押し切った。


「すき焼き……って、どうしたんですか? 何かの記念日ですか?」


「お前が友達連れてくるっていうからさぁ~。みーちゃんが張り切っちゃって……。あぁ、心配すんな! ちゃんとアタシ達は別に食べたから! 友達のみんなも、遠慮するなよぉ~! 肉も沢山用意してあるからな~!」


 すき焼きのベースは既に完成している。後は火を入れて温め直すだけの状態だ。


「ちゃんと持て成してやれよ~! ……で、しんたろ~。誰が彼女なんだ?」


蓮花れんげさんっっ!」


「あららぁ真っ赤になっちゃってぇ~! しんたろ~マジになってんじゃん!」


 僕をからかいながらも、ご飯の入ったおひつを用意したり、飲み物までしっかりと用意されている。大人であるお二人の気遣いを感じ、僕は心から――


「……ありがとうございます」


 ――感謝の言葉が出た。


「それじゃあごゆっくり~!」


「「「「いただきます」」」」


 蓮花さんが退室し、食事が始まる。すき焼きなんて、人生で二度目だ。二度目という事は、手筈というか要領が掴めていないという事だ。菜箸を持ったは良いが、何をしたらいいのか分からない。そんな僕をみかねてあゆみちゃんが菜箸を僕から奪う。


「しんちゃん。すき焼きとは一種の儀式なの。そんな迷いのままでは、すき焼きは魂を失ってしまうわよ……!」


「す、すき焼き奉行……!」


 あゆみちゃんの手早い分配で、深めの取り皿にバランスよく、完成した食材が構築されていく。取り皿の中が小さなすき焼きとして完成していた。


ひがし形式の、煮るすき焼きの様ね。あたしが具材を調整しながら作っていくから、みんなは遠慮しないで食べてね」


「お、おう……」


「すごいね~☆ わたしすき焼き初めて! どうやって食べるの?」


「それはね~……」


 あゆみちゃんが水瀬さんにすき焼きの食べ方を教えている。それはまるでお母さんの様で、僕は温かい優しさを感じていた。


「おい、慎太郎! 安息フェロモンが出てる! 出てるって!」


「おぉおぉっ……これは失礼……! 僕の感情に左右するみたいだけど、こんなにすぐ出ちゃうのは少し考え物だなぁ……」


「えぇ~♡ すぐ出ちゃうんだ~♡」


 卵をくぐらせた牛肉を、水瀬さんが小さい口でモグモグしている。可愛い。


「おい七海、やめろ。飯の最中だぞ」


「水瀬さん……! お食事中ですよ……!」


 あゆみちゃんの初めて見る迫力のある顔に、

この場の全員が、すき焼きに対する敬意を改め直した。




 時間をかけてすき焼きは完食され、絞めにはうどんが投入された。最後はほとんど僕が食べたようなものだが、三人もたくさん食べられた様子だった。


「飯まで世話になって、ありがとうな慎太郎」


「いえ、友人と賑やかな食事が出来たので嬉しかったです」


「わたしも~☆ すき焼き美味しかったぁ♡」


「良きすき焼きでした。特にお肉の質が最高だったね!」


 美憐さんがお肉屋さんでわざわざ用意してくれたお肉だ。値段は見ていなかったが、相当な高級品だったという事は味で理解できた。


「さてと、アヴァロンについて詳しく聴きたかったけど、こんな時間だし、オレたちは帰るわ。あと5分でタクシーが来るみたいだ。七海、準備しろ」


「おなかいっぱいでもう眠いよ~☆ 香奈ぁ~起こして~♡」


 水瀬さんを軽く引っ叩き起こすと、丁度良くタクシーが到着したようだ。


「悪いな、片付けもしないで」


「いえいえ、また遊びに来てください。歓迎します」


「ん。またな」


「じゃーねー☆」


 タクシーは二人を乗せ、出発した。その後はあゆみちゃんと一緒に片付けを済ませ、すき焼きの余韻を残しながら、部屋でのんびりとくつろいでいた。


 男としては当然、あゆみちゃんの存在を意識はするのだが、幼馴染としての感覚があり、自然と力が抜けるのを感じていた。


「しんちゃん。ジャージとかあったら貸してくれない? 制服のままだと肩がこっちゃうよ」


「そうだね。僕も着替えたかったし、あゆみちゃんの分もなにか見繕うよ」


 着替えを用意しようとタンスをひっくり返していると、蓮花さんが顔を出した。


「あゆみちゃん、お風呂用意できたんだけど、入らない?」


「入りますっ!」


「じゃあお風呂あがるまでには着替えとか用意しておくよ。いってらっしゃい」


「よーし! あゆみちゃん、ついておいで~! 我が家の風呂はデッケーぞー!」


 あゆみちゃんは自分の荷物を全て持って部屋を出た。何も考える事はない。僕は着替えになりそうなフリーサイズのジャージを上下で用意した。紐が付いているからサイズも安心である。


 バスタオル等はすべて洗面所、兼脱衣所に用意されている為、持って行く必要はない。用意したジャージを持って洗面所へと向かう。


「あゆみちゃーん。着替えのジャージを持ってきたよー。入っても大丈夫ー?」


『だいじょうぶー!』


 返事に隔たりと反響音が感じ取れる。もうお風呂には入っているのだろう。一応ゆっくりとドアを開け、脱衣所へ入る。


「ジャージ、籠の中に置いとくねー」


『はーい!』


『しんたろー! お前も一緒にどうだー? あゆみちゃんのおっぱいデッケーぞ!』


 いや、蓮花さんは一緒に入っとるんかいっ!


「遠慮いたしまーす」


 ふと、籠の中に目線をやると、二人分の着替えと、脱いだ衣類が目に入る。それは、恐れ、慄くほどに大きかった。片方のカップが僕の顔と同じサイズである事は、一目見ただけでも確信できた。


 邪な想いは一切怒らなかった。逆に、ここまで大きければ苦労も絶えないのだろうか、これ真下は死角になってしまうのではないだろうかと、興味の方が優先された。確かに女性の下着はドキドキするが、それをどうこうするという考えはなかった。


『しんたろ~。あゆみちゃんとアタシのパンツ被ったり嗅いだりしてるのか~!』


「いえ、僕の興味はあくまで中身にありますので」


『だって、あゆみちゃん! あんなこと言ってるけど、どうする~? しんたろ~がパンツ大好きの超ドスケベだったら!』


『アタシはしんちゃんが変態でも構わないですよ。あたしのことが大好きでその行動なら、むしろ大歓迎です!』


『おぉ~! 幼馴染の度合いは軽く超えてるね~!』


 扉の向こうでめちゃくちゃ勝手な事を言われているが、これ以上被害が増えないうちに退散しよう。僕はなるべく出て行ったとわかる様に、脱衣所から退出した。


 その後、入れ替わりでお風呂を済ませ、部屋に戻ると、僕の部屋には布団が並べて用意されていた。明らかに蓮花さんの仕業である。ご丁寧に水やその他の用意もバッチリ仕込まれている。彼女は高校生に何を期待しているのだろうか……。





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