第15話 私が一番


 突如として現れた潺美奈子せせらぎみなこ、彼女は仙人と呼ばれ、自身の何倍も体積がある相手を手玉に取り、圧倒的な実力を発揮して制圧したのであった。


「貴女の様な不埒な輩にファンを名乗られると、私達の品位が損なわれるの。今までは大目にに見て来たけれど、愛美慎太郎に手を出したとなれば話は変わるわ……!」


「ぐぐぐっ……! このワシが! 熊や虎すらも倒したワシが! まったく動けん! 貴様のその小さな体の何処に、こんな怪力があると云うのだ……!」


「少しばかり力があるからと云って、それをひけらかすのは美しくないわ。貴女もお淑やかで品の在る女性になりなさいな……」


「たわけっ! このワシが! 筋力で負ける訳にはいかんのじゃーっ!」


 豪街道さんは押さえつけられた頭を無理矢理に引き上げる。全身から湯気を絶ち昇らせ、筋肉からは血管が力力りきりきと浮き出ている。拘束を強引に振り払い、その場で大きく立ち上がった。全身には闘気が満ち満ちている。


「そう、それが貴女の心の支えなのね。これからは心を入れ替えなさいな……!」


白桃仙術奥義はくとうせんじゅつおうぎ! 【僧筋断絶脚そうきんだんぜつきゃく】!」


 潺さんは豪街道さんの両腕に一発ずつ蹴りを入れた。すると、蹴られた両腕が力なく、だらりと落ちる。


「まさか! あの一撃で腕の筋肉である、二頭筋と三頭筋を断裂したのか⁉」


「一時的なモノよ。全治には三週間ってところかしらね。日常生活には困らない程度には筋肉を残してあるわ。わたしもそこまで鬼じゃないからね」


「ぐわーーーーっっっ! ワシの腕がーーっ!!」


 その後、豪街道愚乱怒さんは、仲間達に担がれ、その場から立ち去った。


せせらぎさん……! なにもあそこまでせずとも、追い払う事は出来たのではありませんか?」


「これは、ファンクラブのケジメです。あのような輩を野放しにしていたとなれば、きらら先輩の名前にもケチがつく。それは許される事ではない……!」


 潺さんの眉間が『ぎゅっ!』っとなる。鋼の様な固い意志を感じる。仙人や仙術についても詳しく尋ねたいところではあるが、潺さんは会合があるという理由でその場をあとにした。




 結局、今日も図書室で本を借りる事が出来なかった。

意気消沈の中、真っ直ぐと寮に帰ろうとして踵を返すと、校門の前ではあゆみちゃんがひとり、立ち尽くしていた。


「あゆみちゃん、どうしたの? 先に帰ったと思ったのに……」


「しんちゃん……! やっぱりメッセージ見てなかった!」


「うんんっ⁉ メッセージ⁉ 通知来てないけど……?」


 僕がアヴァロンを確認すると、一気にメッセージが到着した。あぁ、そうか、きらら先輩の研究室は特殊な電磁波で、一般キャリア回線は弾かれるのか……!


「ごめん、あゆみちゃん! どうやら今届いたみたいで……!」


「折角寄り道して帰りたかったのにぃ! 時間が吹き飛んじゃった!」


 メッセージの履歴を見た所、二時間程前となっている。彼女は校門前で僕をずっと待っていてくれたという事か……!


「しんちゃん、ホームルーム終わったら飛び出しちゃうし、スマホ買ったからメッセージしたのにぃ……!」


 大変申し訳ない事をした。スマホデビューしたてだというのは置いておくとして、研究室に妨害電波が発生していて届かなかったという事情は彼女に関係のない事だ。


「本当にごめんね! 色々あってバタバタしてたから確認が遅くなったんだ。僕の都合だけど、許してほしい……!」


「じゃあ時間を取り戻して!」


「いくらなんでも……! 時間跳躍は習得してないよ⁉」


ちがぁーう! 離れていた分の時間! ずっとしんちゃんと居たいの! お部屋連れてって! 今日は泊まる!」


 あゆみちゃんはとんでもない事を言いだした。年頃の男と女が一つ屋根の下……? いやいや、待てい! 落ち着けい! 慎太郎! あゆみちゃんは僕の大事な友達! 幼馴染だ! 友情が恋愛に変わるまで、それは長い道のりがあるはずだ、だとすれば彼女の言い分は恐らく、青春の取り戻し、遊び損ねた友人の時間を取り戻そうとしているに違いない! その過程を経て、恋人になれるよう、僕が男らしく告白すればよい! 焦るな! 男の浅ましい欲望を女の子は嫌がる傾向にあると恋愛指南の書物に記されていた! 冷静になれ! 僕が一番大事にしたい相手はあゆみちゃんだ!


「あゆみちゃんが望むのであれば、寮に連絡するよ。夕ご飯一緒に食べよう」


 僕がそう提案すると、あゆみちゃんの顔が一気に晴れた。これが僕の出せる中で、一番の正解で間違いないと思う。


「うん!」


 僕は手早く美憐さんに連絡を入れて、許可を頂いた。夕飯も問題なく用意してくれるという手筈となった。その過程で夕飯の材料として、牛肉を買ってきてほしいと頼まれた。美憐さんが注文しておくので、後は取りに行けばいいという。現在の時刻は午後の6時。商店街のお店であれば、十分に間に合う。


「寮母さんから承諾を得ました。買い物を頼まれたので、ちょっと遠回りして商店街に行こう」


「わかった! しんちゃん……手、繋ごう……♡」


 恥かしいよりも、ここはあゆみちゃんへの誠意を示そう。僕の方から手を繋ぐ。


「んふー♡……正解♡」


 僕は、あゆみちゃんに対して、正解を引き続けたい。




 商店街にてお肉を購入する場合、庶民の味方であるお安めスーパーと、ちょっと特別な日に買いたいお肉屋さんの二択がある。美憐さんはお肉屋さんの常連である為、連絡をあらかじめ通しておき、受け取るだけという手筈になっている。


「へぇ~! これがあゆみちゃんの彼氏か~! 噂通りのいい男だねぇ♡」


「おばちゃん! とっちゃやーよ!」


「悩んじゃうねぇ~! 私も二十年若ければねぇ~! 彼氏君はどう? 大人の魅力感じてみないかい? 人妻で♡」


「ははは! 民事沙汰はご勘弁を!」


 もちろんやり取りし慣れた冗談なのだが、時折、鋭い野獣の様な目をする奥様方も存在している為、使い慣れた法を盾に冗談で凌いでいる。


 僕たちは注文されていた牛肉を受け取り、帰路に着く。


「まだ全然時間あるね! ちょっとドラッグストアによっていい?」


「そうだね……。荷物があるならついて行くけど?」


「個人的なお買い物! 大丈夫!」


「承知いたした。お店の前にて待機しております!」


 恐らくはデリケートな話題の商品だろう。深く踏み込まないのが紳士と云うもの。あゆみちゃんが店内に入っていくのと、ほぼ同時くらいのタイミングで、風見理沙かざみりささんと水瀬七海みなせななみさんに出会った。


「おっ、この間の奴じゃん!」


「やっほ~☆」


「風見さんと水瀬さん……! どうもこんばんは!」


「オレ、あん時の記憶が曖昧なんだけどさぁ、お前、名前なんだっけ?」


「え~♡ パンツ大好きクンじゃなかったっけ~♡」


 記憶を辿る限り、僕は名前を名乗っていなかったかもしれない。ここで訂正をしなければ僕の名は【パンツ大好き】になってしまう。


「これは大変失礼をしました。僕の名は愛美慎太郎。総合高校に通う一年生です」


「そうか、やっと名前分かって良かったぜ! あれからずーっともやもやしててさ」


「いままで、ずぅ~っとパンツ大好きクンって呼んでたんだぁ♡」


「ご勘弁を! ご勘弁を! 三顧さんこの礼!」


「七海ぃ、揶揄うのもそれくらいにしておけ、可哀想だろ」


「えぇ~☆ 香奈だってパンツ大好きクンでお腹抱えて笑ってたのに~♡ わたしだけ悪者にされるのはズルくな~い?」


「ちなみに、この場での三顧の礼は使い方は間違ってるからな、劉備りゅうび


「貴女が諸葛孔明しょかつこうめいでしたか……! これは失礼いたしました」


 どうやら彼女は博識の様である。ギャグとして含めた三顧の礼が通じた。心から忠義を尽くすという意味合いがあるので、確かに使いどころは間違えたかもしれない。精一杯の誠実さという意味で使ったのだが、痛い所を突かれた。


「いいや、三国志をこの場に引き寄せてくるセンス。普通の女なら聞き逃しているだろうに、お前本当に面白いな」


「お褒めにあずかり光栄です」


「こんなところでなにしてンだ? 買い物帰りみたいだけど、誰か待ってるのか?」


「えぇ、少し……。この後、友人と食事をするのですが、その材料を買いに……!」


「へぇ~。面白そうだなぁ……なぁ、七海?」


「そうだねぇ~☆ 香奈ぁ♡」


 めちゃくちゃ嫌な予感がする。早く話題を変えなければ……!


「そういえば、スマホを手に入れまして、アドレス登録しておきました」


「ほーん? 見たことねぇ機種だな、何処のだ?」


「父の手作りだそうです。名前はアヴァロンといいます」


「はぁ⁉ マジか⁉ うわっ! アマテラスとローアイアス! 嘘だろ⁉ 高校生にこれを持たせるとかイカレてンのか⁉」


「香奈ぁ~☆ そんなにすごいの~?」


「これひとつで、最強ドームの一日貸し切りが出来る!」


「すごぉ~い! お金持ちなんだぁ~☆」


 どうやらアヴァロンを知っている人は知っているらしい。かなり凶悪な機械みたいだから、これからはあまり見せびらかさない様にしよう。学校では誰も反応を示さなかったのに……。風見さんは何者なんだろう……?


「すげーな……! この目でアヴァロンを見れるなんて……! ……なぁ、オレたちもメシについて行っていいか?」


「香奈ぁ……⁉ そんなにこのスマホってすごいの……?」


「オレが見た中で最高のガジェットだ。……おい、もしかして……愛美って……愛美光太郎博士の事か⁉ お前! マジか⁉」


「えぇ、父をご存じで……?」


「この分野で知らない人間なんか居るかよ! 遺伝子工学をはじめとした様々なジャンルで活躍しているエリートの中のエリートだぞ⁉ お前自分のお父さんがどんだけすごいか知ってンのか⁉」


 風見さんが僕に詰め寄る。顔が近い。そして顔が良い。


「まぁ、一応……! 功績は多く知ってますけど、実際会った事はないですし……」


「そうか……。ゴメンな。そりゃそうか、あれだけ多忙な先生さんだ。息子にすら直接会ってないのか……そうか……」


 風見さんの背景に、何処か暗い空気が漂っている。一体この子は何者なんだ……。


「しんちゃんお待たせ~! ってしんちゃんがまたあたしの知らない女の子とぉ⁉」


「あゆみちゃん、必要なモノ買えた?」


「新たなライバル出現⁉ ダメダメ! これ以上増えたら流石のあたしでも、しんちゃんを守り切れない! しんちゃん! 知らない女の子と話しちゃダメ!」


「別に知らない子という訳でもないのですが……」


「あぁン⁉ 急に表れてなんだぁ⁉ このアホみてぇなデカパイ女は……⁉」


 あぁ、なんで喧嘩腰なんですか風見さん……! 

僕はちゃんと寮に帰れるのでしょうか……。


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