第13話 世界がそれを愛と呼ぶ
コーヒーを飲みながら話は進んでいく。こんな話、誰かに聞かれたら大変なことになるんじゃないか、僕の心境は穏やかではなかった。
「心配しなくていい。この部屋は電子機器の通信等を遮断する特殊な妨害電磁波で守られている。盗聴や盗撮の心配はないよ。この特殊電波を掻い潜れるのは、電磁波をキャンセリング出来る特殊な端末だけさ」
「これらの秘密は、何処まで知られているんですか?」
「国の機関……まぁ、私達が政府と呼んでいるものの幹部、各軍隊の大将以上なら大体知ってるんじゃないかな? その優位性を知り今、男を独占しているのも彼ら上位国民たちだ。各地で男性を育てているのは、世界に勝つためだろうさ――」
「まさか、規模はそこまで深刻になって……!」
「――そう、世界だ。女同士の遺伝子では、いずれ子供を生めなくなる。これを知っているのはこの国のごくわずか、情報規制は徹底的に行われており、スパイはこれまでに数百人は殺されている。漏らした奴も例外ではない」
「なら先輩も危ういのでは……?」
「私はどうあっても殺されたりはしないさ、一体何兆ドル掛けて作ったんだって話だからねぇ」
「えっ⁉ じゃあ先輩は……!」
「【デザイナーズ】じゃあないよ? 愚かな研究者たちがいる中で、先を見据えていた研究者が、私の基の遺伝子を冷凍保存していたのさ、【舞鶴きあら】のね」
「舞鶴……! そうか、どこかで聴いた名前だと思ったら! お父さんの先生!」
「その通り、話が早くて助かる。まぁ、遺伝子というか卵子だよね。実質わたしは、舞鶴きあらの娘という事になる。しかも、唯一の成功体だ。他の個体は残念ながら、代理出産の過程で皆死んでしまった。兄弟姉妹が居ないというのは寂しいものだねぇ……」
何処まで本気なのかは分からないが、その表情に変化はなく、兄弟が居ない事に悲しんでいる様には全く見えなかった。
「純粋培養されたナチュラルのキミと、人類最高の頭脳を持つきあらの娘、これ以上のアダムとイブは居ないと、政府は思ったのかもしれないねぇ」
「政府は僕たちに作らせた子供を、どうするつもりなのでしょう」
「十中八九、新人類の基本として育て、解析するだろうね。病気やけがに強く、感染症や毒にも、放射線にも耐性がある。もうミュータントみたいなもんだよ」
思った以上に話の規模が大きかった。一体僕はこの秘密を知って無事でいられるのだろうか? 言いようのない不安が精神を蝕む。
「心配いらないよ。愛美慎太郎クン、覚醒を果たしたキミは既に重要な被検体として大きな役割がある。三倍宝剣や酩酊するフェロモンが、通常の人間に備わっていると思うのかね?」
「じゃあ、僕も……⁉」
「キミは愛美の一族が理論を構築し、光太郎の遺伝子でデザイナーズ等の遺伝子操作を用いらずに作られた……人工純粋のナチュラル。既にキミは新たな人類なのだよ」
「そんな……。そんなことが……!」
「キミほどではないにしろ、
「その中から、僕はきらら先輩の伴侶に選ばれた……と?」
「それがメインだが、表向きは違う。政府はキミの自由恋愛を許可しているだろう? なるべく多く、キミの種を無差別にバラ撒きたい。実験も含めての判断だろう」
「何故、無差別に? 僕の遺伝子は貴重なのでは?」
「分母を増やしたいというのが一番の理由だと思うよ。キミの能力は、フェロモンとホルモンの異常に強い効力にある。それは、感情によって大きく成長すると云われている。多感な時期に恋愛をし、ホルモンの分泌を活発にさせ、逞しい男……つまりは強い遺伝子を作り上げることに繋がる。その結論を出したのが、キミの父親と云う訳なのさ」
「恋愛をすれば遺伝子が強くなる……なんだか眉唾ですね……」
「そうでもないんだ。実際に人間をコントロールしているのはホルモンバランスだと云われている。感情を司っているのだから当然といえば当然なのだが、このホルモンとフェロモンが人類の未来を大きく左右するんだよ」
僕はきらら先輩の次の言葉を待った。
「計算が正しければ、キミとわたしを始めとした男女が、正式な形で恋愛を行ない、ホルモンを分泌させた状態で事に及んだ場合、ほぼ100%の確率で男の子が生まれるんだ! 面白いだろう! 本当にバカみたいな計算だが動物実験は成功している」
「本当にバカみたいな話なんですけど、現実なんですよね……」
「キミも気が進まないだろうが、これからを担う人類の未来の為にも、わたしとの子作りに協力してもらいたい。遅くなったが正式な依頼だ。私は母の願いを叶えたい」
きらら先輩が僕に頭を下げた。この様な事をする人物とは思っていなかったため、とても驚いた。彼女にも守るべき何かがあるのかもしれない。
「そんな……。僕の方こそ、よろしくお願いいたします。恋愛経験はありませんが、精一杯務めさせていただきます!」
「よろしく頼むよ、愛美慎太郎クン。人類の未来の為だ、こんな貧相な身体だが、頑張ってくれたまえ。いや、この場合だと……精を出したまえ、となるのかな?」
本人は貧相と言うが、きらら先輩の身体はスレンダーで美しい。スラッとしているモデル体型でありながら、顔も小さいし骨と筋肉の作りもしっかりしている。腰回りはいしっかりしてるし、お尻もキュッと上がっている。
「先輩は貧相ではありません! とても立派です! 宝剣に誓います!」
僕は思わずきらら先輩の手を取り、見つめた。本当に美人だ。眠そうな目をしているが、ベースである瞳は大きくて可愛いし、まつげも長い。鼻立ちも歯並びも整っている。唇も薄めだが柔らかそうだ。こう近くで見るのは初めてかもしれない。
「初めてじっくり見たけど……。ホント驚くほど可愛いな……」
僕の心は外に出てしまっていた。一瞬見せたことのない驚き顔を見せたきらら先輩は、必死に取り繕ってから言葉を返した。
「ナチュラルって怖いねぇ……! こうも自然にわたしを口説いてくる……!」
「すみません。正直者で……」
「柄にもなく、心拍数が上がってしまったよ。キミの発言には驚かされる……。そろそろ手を放してくれても構わないんだが……? 愛美慎太郎クン⁉ 顔が近いんじゃないかな⁉ 愛美クン⁉ 愛美クン⁉」
僕はきらら先輩の顔に近づいて、掴んだ彼女の手にキスした。
「恋愛ってのは、互いにドキドキしないと成立しないらしいですよ? これからよろしくお願いしますね。きらら先輩」
「……政府がキミを選んだ理由が、少しわかった気がするよ……!」
コーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
「ところできらら先輩。この酩酊するフェロモンって、どうやってコントロールしたらいいんですかね? かなり勝手に発動するんで困ってるんですけど……」
「そうだねぇ……。興奮状態や臨戦態勢に入ると出やすいのではないかというデータはあったと思うが、発動条件は恐らくは感情の高ぶりだろう。キミは、自由に鳥肌を立てる事は出来るかね?」
「鳥肌ですか? えぇ、種我島で、強制リラックスの訓練としてやりました。何の意味があるか分からなかったのですが、これが何か関係が?」
「鳥肌というのは副交感神経が大きくかかわっていると云われている。フェロモンやホルモンも同じだ。つまり、鳥肌を出すコントロールを行なえば、自然と出す量を操作できるようになるという仕組みだね」
「考えたことなかったですけど、確かに冷感のコントロールも出来ますし、心頭滅却と同じ原理と考えれば分かり易いですね。ちょっとやってみます」
「わあぁっ! 待ちたまえ! 酩酊フェロモンはわたしに効く!」
時すでに遅し、濃縮した酩酊フェロモンが部屋中に充満してしまうと、きらら先輩は酔っぱらった状態になってしまう。
「こらぁ~! 待てと言っただろう! 待てと言ったのにぃ!」
どうやら彼女には酩酊フェロモンが良く効くらしい。遺伝子の相性が良いからだろうか。そういえば相性が良い相手は匂いが良く感じると聞いたことがある。
きらら先輩は、対面状態で僕の膝の上に乗り、首元から匂いを嗅いでいる。
「愛美慎太郎クン……! すぅ……本当に良い匂いがするな……! クソッ……! なんてこんな癖になる匂いなんだ……! 絶妙に臭い……! でも止められない!」
きらら先輩はまるで発情期のネコの様に、匂いに夢中となっている。首筋を噛み始めるのは勘弁願いたい。痛い痛い。本当にネコみたいだ。
「ははは、きらら先輩でもこんなふうになるんですねぇ……!」
もしかしてと思い、僕はきらら先輩の腰を軽くトントン叩いた。
「やめたまえ! そんな……! ふぅ~! ぐぐぐぅ……!」
身をよじり、腰を突き出すきらら先輩、普段のクール具合からは考えられない姿である。この後、容赦なくぶん殴られるのだが、その価値はあると思う。
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