第12話 歪んだ世界
放課後となった。今日こそはきらら先輩に詳しい話を聞きださなければならない。時間を見計らって科学実験準備室へと向かったが、その姿はなかった。
しかし、その代わりに別の人物が僕を待ち構えていた。
「「「我ら! 舞鶴きらら親衛隊!」」」
ピンクのハチマキと、きらら先輩の顔がプリントされて法被を身に着けた三人組、どうやらファンクラブの人だ。丁度良かった。
「きらら先輩の居場所を聞きたいのですが……」
「来たわね! 愛美慎太郎! 私の名前は
後のふたりが自己紹介をしないという事は側近ということなのだろうか……。
「これはどうも、改めまして、愛美慎太郎と申します」
「そうね! 挨拶は重要よ! まずはクリアという事にしてあげる!」
長い金髪にデコを出した女子だ。頭の大きなリボンがトレードマークなのだろう。背は小さく、140センチあるかないかといったところだが、リボンが20センチ程稼いでいる様に思われる。デカイ。
「きらら先輩は現在、ファンクラブの集いにて、お役目を果たしている最中なの! 居場所についてはお答えできないわ! 政府の決めた相手だか知らないけれどね! いきなり現れて子作り宣言なんかされたら堪んないわよ!」
「僕に決定権がないのは見てわかると思うんですけど、不満があるのであれば政府に直接問い合わせを行えばよろしいのではないでしょうか?」
「そうじゃないわ。きらら先輩は優秀な女性、私達がどれだけお慕いしていようとも、最終的には殿方の下へと嫁がれる運命にあるの。しかし、それがどの様な男性であるかは今まで分からなかった……。でも、今は違う!」
その女生徒の眉間に『ぎゅっ!』っと決意が漲る。
「どんなミュータントが選ばれるのかと内心ひやひやしていましたが、幸いにも男性として最低限のスペックを持ち合わせているご様子! ならば、私たちの手で徹底的に、きらら様好みの殿方に仕上げて差し上げるのが、我々の宿命!」
「えらい迷惑な話だが……」
「ふふん……! 男というのはそんなにも意気地がないのかしら、それとも、私達の出す試練に耐えられない程、弱っちいのかしらぁ?」
「安い挑発ですが、ここで戦わねば男が廃る。しかし、僕も暇ではない。戦いに参加するメリットを掲示していただきたい」
「そうね。損得勘定がキッチリ出来てこそ、将来のパートナーとして相応しいわね。あなたが私達の挑戦をクリアする度に、なにかしらの特典を与えてあげる! あなたが興味を持つとしたら……。この学校では手に入りにくい幻の定食や、総菜、限定のメニューや購買パンなど様々なグルメが存在していの、それらを独占する権利をあげるわ!」
「何故、いち生徒であるあなたが、その権利を持っておられるのか不思議です」
「私達はきらら先輩の健やかな学校生活の為、ホームページ運営を始めとし、グッズ販売からイベント設営、アプリやゲームの販売なんかも手掛けているの。全世界に彼女のファンは数百万人存在しているわ。団結の力ね」
「まるで信仰だな……!」
「そうね。ある意味では偶像崇拝、アイドルなのかもしれないわ。でも、人は自分の機嫌を、自分由来の行動で高める事が下手な生き物なの。それらの精神を支える身としても、きらら先輩の役割はとても大きいのよ」
その発言からは、彼女自身も例外ではないと云う含みを感じる。
「女性アイドルが男性と付き合うというならば、なるべく皆が納得する相手でなければならないと云う訳ですか……。分からなくはないですけど……!」
「そういう事、政府の決定であれば覆す事は非常に難しい、けど、きらら先輩の理想の相手にならなければ、あなたは世界中を敵に回すことになる。私達も、それでは困ると言うものなのよ」
「すべての人を納得させる事は難しいとは思いますが……!」
「心配いらないわ。私たちファンクラブは世界規模でありながら、ファンの能力に応じて順位が付けられている。【ナンバーズ】その歴戦の勇者たちを打ち破る事が出来れば、ファンは納得せざるを得なくなる。あなたの功績ではなく、積み上げて来た、ナンバーズの功績を信じているから、勝負をすれば説得力が増すのよ」
「勝負の方法にもよりますけど、きらら先輩と最近知り合った僕では、勝負が成立しない程に分が悪いのでは?」
「疑い深い、というよりも慎重な男なのね……。勝負の方法は専門的な知識が必要ではないものになるわ。メインとしては、きらら先輩の伴侶として、守り抜くことができるかどうか、という一点に尽きるの」
「男としてのタフネス。ですかね?」
「それも一つの要素ね。判断力や決断力、この世の中を渡り歩ける力をファンは望んでいるわ。なによりもきらら先輩の幸せを願っているのだからね」
「これは大変なことになって来たなぁ……」
僕を取り巻く状況は刻々と変化し続けていった。どれも舞鶴きらら先輩が中心である事が非常に悩ましい。政府が何を思って僕に試練を与え続けているのかは不明だが、知らない所で人に恨まれると云うのは生きた心地がしない。
「やぁ~! 君たち、こんなところで出会うという事は、わたしに用事があってきたという事かな?」
「そうなんです。きらら先輩、僕たちを取り巻いている現状について詳しくお聞きしたい事があって……!」
「む?
「きららしゃま……♡♡♡ わたしくの名前を……♡♡♡」
「おいおい、自分のファンクラブ創始者を蔑ろにする程、わたしは薄情ではないよ。名前くらい憶えているともさ、とりあえず、中に入りたまえ」
「いいえ、わたくし達の用事は愛美慎太郎にございましたので、本日の所はこれにて失礼させていただきます!」
「そうかい? キミの並外れた実力についても、詳しく聴いておきたかったのだが……。またの機会としよう。では、愛美慎太郎クン、入りたまえ」
「はい!」
こうして、きららファンクラブ創始者こと、潺美奈子は去っていった。僕はきらら先輩に詳しい事情を聴きだす為、準備室へと入る。先程までの話を整理して伝え、僕個人の疑問を解決してもらうべく話をした。
「……そうか、そんなことになっているのか、ふむふむ。大変かもしれないけれど、これはわたし達にとって追い風になるかもしれないねぇ……!」
「追い風……! ですか? それ程良い話とは思えませんが……」
きらら先輩はデスクチェアに腰かけ、ビーカーでお湯を温め始めた。どうやらお茶を淹れているらしい。僕は来客用の椅子に座っている。
「キミは……光太郎博士や政府から何も聞かされていないのかね?」
「何も、きらら先輩との子作りに関してもさっぱり事情が分かりません」
「そうか……これは少し、政府側が焦ったのかもしれないねぇ、光太郎博士の事だ、恐らくは自然な形でわたし達を巡り合わせたかったのではないかと思う」
僕は黙ってきらら先輩の話を聞いた。
「この世界の遺伝子事情に関しては依然話した通りなんだけれど、通常、男と女であっても、男の赤子が生まれて来るとは限らないだろう?」
「そりゃあそうですよね……子は天からの授かりもの、性別を選べるわけではない」
「それを、この世界の人達は、女同士で赤子が作れると分かった途端、男を切り捨てる様な働きかけを行ったんだ。男性に対する潜在的な嫌悪感、というやつだよ」
「遺伝子操作で、生まれて来る赤ん坊の性別を操作したという事ですか……⁉」
「交尾できないオスが後天的にメスになる、という生き物は自然界には存在しているんだ。自然淘汰と言えば聞こえが悪いが、二百年前はそうだったようだね。現在でも男同士では子は作れず、女同士なら可能、しかも遺伝子を弄って理想の見た目にも出来る。こんな中では男の赤ん坊を作ろうという気持ちは育まれない」
「だからといって、そんなにも男を嫌がる人が増えるでしょうか?」
「【コーディネイター】は知っているね? 途中から遺伝子を操作して生まれ変わったように別人になる遺伝子手術だ。年齢が重なった分リスクが高まるが、これも大きく後押しした。見た目が原因で結婚できない男性を中心に大流行りしてしまったそうだよ。彼らは相当デリケートな精神だったんだろう」
「男の姿を捨てて、理想の女の子に……! そんなことが……!」
「美しい女は秩序の成立した世界では有利だからねぇ。これは事実だ。暴力が支配する時代だったら簡単にはいかないけれど、美しいというだけで人の心は寛容になる。これも紛れもない事実だ、しかし、悪い事ばかりではない。結婚率と出生率自体は爆発的に増え、少なくとも少子化は解消された」
「歴史書にはそんなこと何処にも……!」
「書けないよ……。こんなおぞましい世界の事なんてね。話はまだ続くけど、ひとまず休憩を入れるとしよう。キミ、砂糖はいるかね?」
「いえ、ブラックで……!」
研究室に漂うコーヒーの香り、この世界の闇は少しずつ明らかとなる。
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