第10話 家族になれた


 風呂に安らぎを求めるのは間違いなのだろうか。脱衣所からは既に準備を終えた蓮花れんげさんの声がする。彼女の性格からして水着を着てくるという展開は望めない。


 正直覚悟は決まっているのだが、僕の宝剣が三倍覚醒するのは避けたい。


 男にとって宝剣の覚醒は弱みとなる。相手に対する感情の有無に関係なく、反応して抜剣することは敬意を欠く行為となり、失礼に値する。姉として慕っている蓮花さんに、自分の浅ましい部分を見せるのはとても心苦しい。


 なんらかの駆け引きを用意して撃退を図りたいが、もうこの試みは三回目だ。いい加減慣れてしまっても構わないだろう。蓮花さんの性質からして僕の心が折れるまで続けると思う。そして、ハッキリと嫌だと言えない自分にも嫌気がさす。


 それは見たいかといわれたら無条件で女体は見たいものだ。それが彼女の様に美人なお姉さんであれば尚更だろう。けれども、軽蔑を受けたい訳ではないのだ。


「しんたろ~! 今日こそ背中流してやるぞ~!」


 勢いよく開けられた扉の先には――


『ドドンッッ!』


「うぉおぉおっっい! しんたろー! せめて前くらい隠せぇ!」


 仁王勃におうだちである。あちらが見せつけてくるのであれば、こちらも見せつけてやれば立場は対等になるという捨て身の作戦であった。タオルを投げられた。


 立ち昇る湯気を払い見れば、髪をまとめ上げた蓮花さんは、前部を大きなタオルで隠していた。彼女は顔が小さく美人である為、胸のひとつが顔よりも大きい。大迫力のバディを持ち合わせている。それでいて腰の括れがキュッとなり、ボリューム満点の揺れるお尻も、労働意欲がそそられる。


 おっと……どうやら少し先走り過ぎていた様だ。彼女は手で目を覆い隠している。


「しんたろ~。隠したか?」


「えぇ、隠れました」


 蓮花さんが指の隙間から確認すると、タオルに隠れた宝剣がそそり立っている。


「形が分かったらタオルの意味ないじゃないかぁ! あぁも~! 折角しんたろーをドキドキさせたかったのにぃ! な~んでそういう事するのかなぁ! アタシの予定が狂っちゃったじゃん!」


「まぁ……これに懲りて、お風呂場襲撃を止めて頂ければ……」


「やだやだぁ! しんたろ~にドキドキの青春を味わわせてやりたい~!」


 これが年上のやる事なのだろうか、しかし、僕の思い出を作る為にこうも身体を張ってくれていたとなれば話は違ってくる。その覚悟、しかと受け取った。


「それじゃあ背中を流してください。それで思い出として残ると思います」


「うん……! わかった……!」


 蓮花さんは、ボディソープをボディタオルで泡立てていき、大きな泡が出来上がると、僕の背中を洗い始めた。


 「おぉ……! しんたろーの背中ってやっぱりデカイんだなぁ……!」


 「男の背中、存分に流してください」


 先に己の宝剣を見せびらかし、相手を怯ませて事なきを得ようとしたが、蓮花さんはそんなやわな女性ではなかった。背中に軟ではない柔らかい感触が伝わる。


「……しんたろぉ♡ こうなったら思いっきりドキドキさせてやるからな♡」


 完全に油断していた。僕の宝剣は再び天空へとそそり立ち、タオルを持ち上げる。その事実は僕の背中で隠れ、蓮花さんには見えない為、もう怯む事はない。


 急に振り向いてしまえば互いに大変なものが目に入ってしまう為、僕にもダメージが入る。この至近距離で蓮花さんのたわわな実りが視界に入れば、完全に抜剣する。


「しんたろぉ♡ おねーさんの身体洗いはどう? 痒いところない?」


 極楽はここにあったのだ。何をするにしても柔らかい感触が僕の思考を奪い、下半身に熱を貯め続ける。気分と同時に盛り上がりを見せている。


「蓮花さんは、どうして僕にここまでしてくれるんですか?」


 下半身は硬直を見せているが、その疑問が頭を過った。


「なんでかなぁ……。おねーさんってのに憧れてたのかも……。聞いてくれる? しんたろー……」


「僕は蓮花さんの事、何でも知りたいですよ。家族ですから」


「そっか……年上なのにごめんね、寄りかかってさ……」


「年なんて関係ないです。僕は蓮花さんなら喜んで支えたいです。言ってなかったですけど、蓮花さんや美憐さんが僕を家族として受け入れてくれた日。僕は本当に救われたと思ったんです――」


「――お婆ちゃんに負担をかけるのが嫌でひとり桃郷へ出てきましたけど、とても不安でいっぱいでした。高校大学は義務教育から外れお金もかかる、父の様な立派な人になる為には勉強がしたい。理想と現実の中で悩み、行動を起こしたけれど、父の背中はあまりにも大き過ぎる……。形容化できない想いが募るばかりでした」


 僕は、思わず振り返り、姿勢を正して、蓮花さんの瞳を直視した。


「大変感謝しております。あなたは僕の恩人です。そのあなたが僕を頼ってくれるのでしたら、いつでも支えてみせます」


 蓮花さんが優しく抱きしめてくれた。


「嬉しい事言ってくれるじゃない……。慎太郎は立派だよ。アタシの事は、今はいいや……ようやく聞けた、慎太郎の気持ち。アタシね、血の繋がりだけが家族の証明じゃないと思うの……。相手を思いやる気持ちが互いに強い、そんな優しい間柄が、家族っていうんだと思うんだよね」


 思わず、抱きしめ返してしまった。母親を知らず、父親に抱かれた事のない僕は、お婆ちゃん以外に家族を知らない。そんな自分に、遠く離れたこの桃郷で、家族だと思ってくれる人が出来た。短い人生経験の中で、これ程嬉しい事はなかった。


「……しんたろぉ……嬉しいのはアタシも同じなんだけどさぁ……。すっごく固くて熱いのが、お腹に当たってるんだよねぇ……♡」


「す、すみません……生理現象なもので……」


「家族ってのはさ……こういう悩みも解決したり……するもんなのかなぁ?」


 蓮花さんの視線は僕の宝剣へと注がれている。ズクズクと痛みが増していく。血流が促進され、下半身に大量の血液が集中するのが感じられる――


「しんたろー! 大丈夫か⁉ これ、ドンドン大きくなってるぞ⁉ うおぉ! アタシの胸まで届いた⁉」


「血液が、際限なく宝剣に持っていかれている様です……! このままではのぼせてしまう……! 蓮花さん、僕の宝剣に冷水をかけてください!」


「わ、わかった! 水をかければいいんだな⁉」


 位置的に最も近い蓮花さんが慌ててシャワーを手にかけようとすると、足が滑ってバランスを崩す。僕は咄嗟に手を伸ばし、蓮花さんを支えようと試みるも、勢いは殺せず、僕は彼女を守ろうとして身体ごと滑り込ませた。


 『どしんっ!』と身体を床にぶつけるも、彼女は無事だった。全身が柔らかいものに包まれ、特に宝剣には得体のしれない圧力が左右から掛かっている。


 丁度、アラビア数字の6と9の状態で、僕たちの肌は重なっていた。滑った事で蓮花さんの全体重が丁度良く僕を押さえつけ、拘束している。


「大丈夫かしんたろー! 頭打ってないか⁉」


「はい、大丈夫で……! ッッ――!!」


「えっ⁉ きゃあっ! しんたろー! 目を閉じろぉ!」


『ドスン!』と顔に圧力が掛かる。一瞬だけ見えた楽園は強制シャットアウトする。確かにこれなら見えないかもしれないが、とんでもない圧力が顔を支配し、感じたことのないフィット感が僕の呼吸を奪う。


「もが……! もが……!」


「ダメだ! 動くなしんたろー! 動いたらっ! あっ♡」


 ボディソープで滑ってしまう為、蓮花さんは立ち上がる事が出来ない。それならば、僕が動いて状況を動かすしか方法はない……!


「ふたりとも! ものすごい音がしたけど大丈夫⁉」


「「あっ……!」」


 衝撃音を聞きつけ、心配で飛び込んできた美憐さん。状況はかんばしくなかった。

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