第7話 ヘイ・ユー
結局本を一冊借りる時間すら失い、僕は泣く泣くあゆみちゃん達と合流した。学校から五分ほど歩けば、駅前の商店街が姿を見せる。周囲にはゲームセンターやカラオケを始めとした娯楽施設があり、学校帰りの生徒たちで溢れている。
「とても賑やかだね。島に無いものがたくさんある」
僕は完全に、田舎から出て来たばかりの
新しい刺激がたくさんあり、目移りしてしまうが、今回のお目当ては買い物。実家から持ってきたものはあるが、それでも日用品などで足りないものはある。
「愛美くん。こっちだよ。激安のドラッグストアがあるんだ」
「しんちゃん♡ この人混みではぐれたらいけないから、手を繋ごうよ♡」
「えぇ⁉ 高校生にもなって恥かしいよ……!」
「田舎から出て来たばかりの尾登さんなんだから遠慮しないの!」
「それじゃあ私も! はぐれたらいけないからね♡」
右手にあゆみちゃん、左手には留萌さん。両手に花とはまさにこの事だ。ふたりは本当に優しい子だ。僕の様な田舎者にも、大変気づかいを回してくれる。
「おや、あゆみちゃん。あんた彼氏が出来たのかい⁉ おめでとう!」
商店街を歩いて一歩目、和菓子屋のお婆さんがあゆみちゃんに話しかけた。
「そーなの! いーでしょー!」
あゆみちゃんは悪びれる様子もなくお婆さんに対して、彼氏だと断言した。
「こらこら、あゆみちゃん。僕たちまだそんな関係じゃないでしょ」
「そうだよ! 愛美くんはみんなのものだよ!」
「留萌さんもめちゃくちゃ適当な事言わないでください!」
「その声……男……? 本当に男の彼氏なのかい⁉」
お婆さんは驚いた様子で僕の顔をじっと見ている。そうだ、世間的には男の割合は五万人に一人、もはや珍しいという話ではない。お婆さんの目が輝きを増し、髪をかき上げ、悩まし気なポーズが炸裂する。
「うっふん……。坊や……。ワシも彼女にしてくれんかね?」
『ズコーッ!』突如、女の顔になったお婆さんに思わずコケてしまった。しかしながら、やはり基本が美女なのだろう。ポーズから角度まで大胆で完璧な仕草である。
「ワシもパートナーだった花ちゃんに先立たれてのう。まだ八十だったのに……」
世間的には長生きといえるだろうが、人生百年の時代もあったという話だ。遺伝子異常問題は早急に解決へと向かってもらう必要があるだろう。
「もうお婆ちゃん! あたしの彼氏なんだから取っちゃダメっ!」
「ほっほっほ……! そうじゃったのう……お幸せに!」
和菓子屋のお婆さんはサムズアップをして、あゆみちゃんの幸せを願った。
手を繋ぐことで迷子を回避する作戦だったのがだ、人通りが多いという事で解除された。両手に花の状態では、さすがに通行の邪魔と言うものである。
その後は、激安のドラッグストアの場所も確認し、商店街を一回りした。お肉屋さんでコロッケを買い食いし、八百屋さんで新鮮なバナナをサービスしてもらった。バナナは大好きだ。
しばらく足を進めると、あゆみちゃんが一件の店を指さす。
「ここはねぇ、あたしおススメのラーメン屋さん! 今日は晩御飯があるから食べられないけど、特にとんこつ醤油が絶品なんだ~!」
商店街に店を構える老舗の中華屋さんの様に見えるが、彼女の中ではラーメン屋さんなんだろう。【
そこに丁度、お店の開店準備をしていた店員らしき人が、お店の暖簾を持ってお店の出入り口から登場した。
「おや、あゆみちゃんじゃないですか、こんにちは」
入り口から屈んで出て来た人物は、僕よりも更に一回り大きい人物だった。
「おぉっ! でっかい!」
思わず声が出る。
「おや? 見ない顔だねぇ……男の子という事は、この子があゆみちゃんが話していた幼馴染のしんちゃんかい?」
「にゃー! ダメだって店長さん! しんちゃんの話してたのバレちゃうじゃん!」
「ははは、そうか、恋する乙女に秘密はつきものだもんなぁ」
「あの……! もしかして……!」
「あぁ、俺の事かい? そうだよ。この地域における、
タオルを深い位置で巻いている為、目元が良く見えないが、男性だった。珍しいと言われるこの桃郷で、二人目の男性に出会えるなんて思ってもみなかった。是非ともお話を聞いておきたい! そんな僕の態度が見て取れたのか――
「夜の部の支度があるから、また日を改めてお話しようよ、しんちゃん!」
「はい! また改めて伺います!」
故郷から遠く離れたこの地で、割と年の近い同性の相手と出会えたのは
「じゃあね店長~。また食べに来るからね~」
あゆみちゃんが店長に手を振り、その場をあとにする。てきぱきと開店準備が整えられ、続々と客が行列を形成し始めた。あの店は流行っている様だ。
「御木本ちゃんはラーメンが好きなんだね。お昼もラーメン食べてたでしょ」
「そうだよ~! しんちゃんとも、よく一緒に食べたよね~。種我島唯一のラーメン屋さん、あそこまだ残ってる?」
「【
留萌さんが僕たち二人を見て、ちょっと膨れている。僕たち二人しか分からない話題はちょっと疎外感が出てしまったかもしれない。反省。
「いいなぁ~~! 幼馴染! 今からでも幼馴染って成立しないかな⁉」
世間一般では、大体十二歳までで幼馴染はカウントされるというアンケート結果があったはずである。今からでは難しいのではないだろうか……。
「うんうん、憧れる気持ちは分かるよ。あたしもしんちゃんと仲良くなるまで、漫画とか読んで憧れてた感じあるし……!」
「二人の関係、可愛いよねぇ~! でもぉ……! 恋人になるって話は、フィクションでもあんまり聴かないよねぇ……♡」
「ふふ~ん! そんなこと言っても、あたしに焦りは無いわよ! 幼馴染でありながら、小さい時に離れ離れになった仲良しの絆! そして再開! このイベントはあたし達ふたりの運命を決定づけるものとなるのよ!」
女の子っていうのは、マウントを取らないと生きていけないのだろうか……。
「やっぱりずるいよ~! これからどんなイベントを入れたら愛美くんと急接近できるの~? 幼馴染がいたら絶対周りは不利じゃんっ! 愛美くん! キスしない⁉」
留萌さんはいきなり突拍子の無い事を言いだした。幼馴染のリードをどうにかして縮めてしまいたいという魂胆だろう。男女の仲がそう簡単に進むとは思えない。
「びっくりした。話題が唐突過ぎて、途中で僕の意識が途切れたのかと思った」
「ダメに決まってるでしょ⁉ あたしの目が黒いうちは、しんちゃんにそういう事はさせないからね⁉ ね? あたしが居なくても、しんちゃんも、断りなさいよ⁉」
「僕はその……興味はあるけど、そういう事はお互いに良く知ってからだよね?」
僕の返事に大変満足した様子のあゆみちゃん。『ふふーん』としたり顔である。
「しょうがない……。こうなりゃ無理矢理じゃー!」
「あ~れ~! およしになって~!」
「あはははっ!」
全然本気で迫ってこない留萌さんと、全然抵抗できてない僕を見て、あゆみちゃんはゲラゲラと笑っている。あぁ、この感じ。友達って感じだ。僕は何処かで憧れていた、友達と楽しく下校する。という小さな目標を叶えたのであった。
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