第6話 泣いてる場合じゃない
図書室の片隅で、僕こと愛美慎太郎と、クラスメイトの女子生徒、
「何故こんな事をする⁉ マウンティングは人間の尊厳を奪うものではない! 獣に成り下がりたいのか⁉」
「知らないねぇ! 腰ぶつけっこはさぁ! 気持ちいいからやるんだよぉ!」
ベルトを掴まれている状態では、力の入りは相手の方が上、こちらはスカートの外周に使われている太い生地部分を掴むので精一杯になってしまう。
簡易裾上げの要領で巻き上げる事で強度を高め、
スカートが破れない様に立ち回らなければならない。
「チイッ! ウェイトシフトが決まらないっ!」
「最初の威勢はどうした特待生! ベルトで挑んできたことを後悔しな!」
会話の間にも、互いの腰は『パンパン』と音を立ててぶつかっている。彼女の肉付きの良い太ももと、僕の筋肉質な太ももが衝突している。
「この戦い、負ける訳にはいかない! 尊厳を奪われた者の為にも!」
「
「悪いさ! マウンティングは互いの力を比べ合うもの! 勝敗が決している者に追い打ちをかける事など、リンチも同様だ! マウンティングはそんな事に使うものじゃない!」
「訳の分からない事を! 腰ぶつけっこはそんなもんじゃねぇ! ムラついたら、ブッつける! それだけなんだよぉ!」
この間、激しい打ち合いが繰り返される、互いの額に汗が流れ、音も段々と大きくなっていく。
「りっしー、まずいよ。サキちゃんが押されてる……。こんなこと今まであったことない。この特待生、腰ぶつけっこがめちゃくちゃうまい……」
「
「相撲⁉ あの失われし国技、相撲⁉ 教科書でしか読んだことないよ!」
「おそらく、あの男には独自の情報網がある……。
「そんな……! 伝説の格闘技が相手だなんて……!」
「でも、相撲と腰ぶつけっこは、根本が全然違う。地面に手をついても負けじゃないし、サキは体力もある。心さえ負けなければ、サキは絶対に勝つ」
「そうだよね! あのサキちゃんが負ける訳ないんだ! 他校の不良に絡まれても、サキちゃんは全部、勝ってきたんだから!」
外野がやたらと盛り上がっている。たしかに、僕のマウンティング法は様々な格闘技の術を組み合わせたマーシャルアーツだ。これがなければ、島の男たちには歯が立たない。これは僕が、あの空間で生きていくために編み出した方法だったんだ。
「相撲か何か知らねぇけど……! その程度ではあたしの心は砕けない……! 諦めなければこの戦いはあたしに
「ならば、これでどうだ!」
僕は突如として組合を突き放し、タックルへと移行した。
「なんだ、この動きは……」
「この動き、相撲じゃない……!」
先程までマウントを取られ続け、
うなだれていた女生徒が、興奮気味に解説に加わる。
「レスリング……! これはパンツレスリング……! 下着を剥ぎ取られたら負け……という過酷なルールで開催された闇の格闘技……! 極一部の人間しか知らない、失われた格闘技……! 映像以外で初めて目にしました!」
全然違う。一度組合いを解除し、再び相撲に持ち込んで倒そうとしたけど、まわしがないのでパンツを掴んでしまっただけである。そして、低空のタックルが偶然成立した結果、相手のパンツが脱げそうになっているのである。
「腰ぶつけっこは! グラウンドになっても続くんだ!」
若本妃が、その場で脚を後ろに引いたため、僕は低空姿勢の状態から背後を取ろうとタックルを繰り出す。さらに、相手の腕を取り、絡めとって寝技に持ち込んだ。
「か、関節技! あいつ柔術までやるのか⁉」
「桐、あれ、ブラジリアン柔術じゃない……!」
「柔道でもない……! あの技は一体……!」
腕取り変形関節技に向かおうとしたが、このままでは相手の関節をダメにしてしまう。仕方なく、手を放そうとしたその時――
「あぁ……⁉ 随分と甘ちゃんじゃねぇかよぉ……! 男ってのはみんな女に優しいとでも言いたいのかぁ⁉ 舐めるんじゃねぇ!」
心を見透かした様な挑発、確かに今力が一瞬抜けた。仕方ない。この子は手加減して倒せるような相手じゃない。三倍とまではいかないが……! 抜剣を一部開放するしかない。
【
それは、愛美慎太郎の股間の拘束具を一部開放する事でパワーリミットを外す儀式である。これを行う事で宝剣の拘束が外れ、脚の可動域が広がり、腹腔内圧が高まる事で、パワーが出るのだ。大きな意味はない。腹いっぱい食べる時にベルトを緩める様なものだ。つまり、宝剣のポジショニングである。
「……いくぞっ!」
「(コイツ……! 今までとは雰囲気が変わりやがった……!)」
そこから、激しい攻防で寝技が繰り出される。柔道やレスリングと同様、相手に覆いかぶさった状態になればマウントが完成する。異なるところは、後ろを取って腰を打ち付けてもポイントが入るという事である。このルールが全国で共通なのかは知らないが、島ではそうなっていた。
激闘の末、
「マウンティング秘技!
ここまで持ち込むのに、お互いかなりの体力を消耗した。後は腰の打ち付けが勝敗を決める。腰の打ち付けが弱い場合、相手は体力を回復してしまう。男同士でしか使用した事のない技が、彼女に何処まで通用するのか……!
『トォーン……!』『トォーン……!』
「……なんだ、あの腰技……! あんな弱気でサキちゃんが負ける訳ないじゃん!」
「桐、よく見て……。あれは
「中国拳法まで使いこなすなんて……! 格闘技に対しての造形が深い、という水準を大幅に超えています……! 男の人って、みんなあんな感じなんでしょうか……⁉」
違う。これは
だが、僕の想像とは遥かに異なる反応が、対戦者の彼女から返された。
「……んっ♡ んんっ……♡ やっ♡ やめっ……♡」
「サキちゃん……! どうして……! こんなこと一度だって……!」
「
「はわわ……! まるでマッサージを受けている様な声が出ています……! そんなにもあの腰の打ち付けは気持ちいいのでしょうかぁ……!」
「クソッ……♡ 放せ……! あたしがこんな弱っちい腰使いでっ♡ ひぃっ♡」
もう声も出ない。早く降参してくれ。この上下運動は疲弊しやすい。より動かしやすい運動へ切り替えていく。
「ひうっ♡ やめっ♡ 前後♡ なんかっ♡ あたるぅっ♡」
前後運動だ。彼女の大きなお尻に腰をぶつけながら、少し解放した宝剣に力がこもる。確実に固くなっているが、勝負の最中に邪念が存在してはならない。
でも、なんだろう。この本能に従う様な自然な動きは……! 僕は生まれてこのかた、こんな運動はしたことないはずだ。しかし、身体は憶えている。
遂には抵抗する力が無くなり、
「うぅうううううぅっ……♡♡♡」
全身を痙攣させ、悔しさに声を殺している。彼女は長い人生で負けたことがなかったんだろう。初めて敗北を知り、弱さを知れば、他人にも優しくなるかもしれない。
僕はそんな願いを込めて、技を解いた。
「さぁ、若本さん、立つんだ。そして、
「う……うぅ……! 睦月、あたしの事嫌いになったか……?」
「ううん……妃さん、嫌ってはいないわ。無理矢理するのはダメだけど……。あなたが私に、好きって言ってくれたのは嬉しかった……。恋人はまだ、分からないけれど、ちゃんと、お友達になりましょう……?」
「むちゅきぃ……♡ いっぱいちゅき……♡」
ん? どういうことだ……? この二人の関係は、マウント関係にあるのではなかったのか……? この現場は、肉体的及び精神的なリンチではなかったのか?
「睦月、悪かったよ。お前の事が好きだったんだ! サキちゃんも、私も! 勿論、凛花も! 無理矢理なんてダメだよな……ごめん!」
「睦月、ごめんね。可愛いから、イタズラしたかった」
「はい、無理矢理はダメですけど、皆さんが私の事を好きなのは分かってました。私、まだ恋人がどうだとか、複数人とどうやったら付き合えるのか分からないけど、お友達として、仲良くしていきましょう……!」
「これにて一件落着……?」
何処か腑に落ちない展開だったが、後で井川睦月さんに詳しく話を聴いてみたところ、彼女たち三人が一斉に告白をして、困った井川さんが『決められない』となり、誰が一番井川さんを気持ち良く出来るかで、マウント競争を行っていたらしい。
一体どうやって決着を着けるつもりだったのかは、本当に謎なのだが、勝負を仕掛けた若本さんが一番得意な『腰ぶつけっこ』という競技になったという。
そこに事情を知らない僕が参戦し、大混乱となったが、得意な腰ぶつけっこで決着した事で、三人の熱が消失。素直な気持ちでお友達から始めることになったという。
かなりの時間を消費してしまったが、
彼女達とは和解し、僕は待たせていた二人と合流を果たした。
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