第5話 ハチャメチャが押し寄せてくる


 怒涛の昼休みが終わり五時限目の授業に入った。教室には三十六名の生徒がひしめいており、淡々と授業が進んでいく。


 鉛筆を走らせ、ノートと黒板に視線を行き来していると、丸められたノートの切れ端が飛んできた。中身を確認すると、卑猥な文章がびっしりと書かれていた。まるで小学生の様な程度の低いイタズラである。


 辺りを見渡すと、後ろで笑いをこらえている集団がある。こいつらが犯人なのだろう。しかし、今は授業中であり、問い詰めたところで白を切るのは明白。筆跡などが証拠となり得るなんてことは、捜査機関でもない限り特定が難しい。


 僕は前を向きなおし、授業へと戻ったが、嫌がらせは終わらなかった。僕が三毛猫のオスよりも珍しいから面白がっているのだろう。高校生というものは、まだ未熟な存在だ。再び何かが飛ばされたら先生に言いつけてやる……!


 そしてその時は来た。何度目かの切れ端攻撃が成され、僕が振り返ると――


 集団のうち、悪ガキと思える三人組はスカートをめくり、ニヤニヤしながら自分達のパンツを見せびらかしてきたのである。ギャルが履いてそうな、派手な色とラメが入っており、中でもリーダーらしき女子のよく焼けた肌とムチムチの脚が勤労意欲をムクムクと漲らせてくる。


『ガタンッ!』大きな音が出た。三倍宝剣が机を持ち上げてしまったのだ。


「どうかしましたか? 愛美くん、なんだが大きい音がしましたが……」


 授業を行っていた女性教師が、僕を心配する様、気にかけてくれた。そう気が回るなら一刻も早くこの嫌がらせ行為を止める様にしてほしい所だが、彼女達の嫌がらせは本当に上手い。先生の死角とタイミングを完璧に理解している。


「すみません。座り直した時にバランスを崩してしまって……大丈夫です」


 明らかにパンツ攻撃で動揺したのが伝わったのだろう。集団は笑いをこらえるのに必死のようで、かなり楽しそうにはしゃいでいる。男の純情を弄びやがって……!


 この時、僕の机が宝剣によって若干宙に浮いていたことを知る人物は居ない。


 なんとか、授業を切り抜け、文句の一言でも言ってやろうと席に立つも、悪ガキの集団はそそくさと教室を出て行ってしまった。追いかける訳にもいかず、どうするべきか悩んだ。


「大変だったねしんちゃん。あの子たちは、あぁやって人をからかって遊ぶのが好きなの。構ってほしいんだろうね……。ほら、しんちゃんカッコいいから、イタズラしたくなっちゃうんだよ!」


「気にしなくていいよ、愛美くん。あの遊びもすぐに飽きるからさ」


 すぐに駆け付けてくれたのは、あゆみちゃんと留萌るもいさんだった。


「そんなもんなのかなぁ……。あゆみちゃんは僕にそんな事しなかっただろ?」


「そりゃあそうだよ。しんちゃんはあたしより弱虫だったし、守ってあげないとすぐに泣いちゃう子だったからね」


 幼馴染というのは、こういう所が本当に強い。


「まぁ、多めに見てあげてよ。あの子たちも根っからの悪人じゃないんだ。人と触れ合う方法を、正しく学ぶ事が出来なかっただけなんだよ。機会があったら話をしてあげて、君は人気者だから彼女達も喜ぶと思うんだよね」


 留萌来夢るもいらいむさんは、見かけによらず真面目で良い子だった。こんな素敵な子と友達になれたのは、大変喜ばしいことであった。そう考えればきらら先輩の大胆な行動も、マイナスなだけではなかったと思える。


「そうだ! しんちゃん一緒に帰ろうよ! 寮へ帰るには遠回りになるけど、学校の周辺は駅に近いし、遊ぶところはいっぱいあるんだ!」


「私もお供するわよ、愛美くん! 商店街にはお得なお店もいっぱいあるし!」


「そうだね……。帰る前に、図書室に寄り道したいんだけど、いいかな?」


「「いいよ~」」


 こうして僕たち三人は、国立図書館並みに大きい図書室へと向かう事になった。構造としては、一般人の出入り口と、生徒側の出入り口で分けられており、蔵書にもよるが、基本的には一般人と生徒が一緒になる、ということはあまりない。


 生徒用である個室の勉強部屋もそれぞれ用意され、勉強をする人、調べ物をする人など様々な人々が利用する空間なのだが、今日はそれほど人がおらず、空いている印象を受けた。


「手早く貸し出しカードを作ってくるから、ちょっと待っててね」


「はーい! あたし達は漫画のコーナーで時間潰してくるから~」


 図書室の受付コーナーでは、専属の司書さんが対応してくれた。僕の顔を見た時、少し驚いた様な反応が見られたが、僕の認識とは異なり、男の存在は珍しいのだから、仕方ないと言える。


 滞りなく貸し出しカードが発行され、

何か一冊借りて帰ろうと、本棚を通り過ぎていく。


「――いや……、やめてください……」


 どこからか声がする。この図書室は蔵書ぞうしょが多い、必然的に棚の数が多くて音が遮られる造りとなっている。僕は声のする方へ足を踏み出した。


「いや……いやぁ……いけませんそんなこと……」


「黙ってろよ……いや、まて、嫌がってるほうが燃えるな……!」


「早く変わって……サキ。凛花、今日はまだ、満足してない……」


「あららぁ~睦月むつきぃ~♡ 嫌がってる割には声が可愛いなぁ~♡ キスされても無抵抗なんて、メスとしてよわよわだぞ~♡」


 小さな女生徒が、三人の女生徒に囲まれている、そのうちの一人は小さな女生徒に腰を打ち付けられている。あれは何をしているのだろうか? 動物はマウンティングという習性を持ち、どちらの立場が上なのかを示す行動を起こすといわれている。


 『パンパンパンパン……』時折腰の動きに不規則な遅れが生じる。


「サキちゃんっ……なにヘコついてんのぉ……⁉ ちょっと感じてんじゃんっ!」


「うるせーぞ、きりっ、もうちょっとだから静かにしろっ……! あ~……睦月むつきっ♡ 小さくて可愛いなお前は♡ オラッ♡ オラッ♡ いい加減あたしの女になれっ♡」


「やめてください……っ、やめてぇ……!」


 腰を打ち付けている彼女は身長が高く、逆に打ち付けれらている子はとても小さい。体が軽い所為か、腰を打ち付ける度に浮いてしまっている。


 腰をぐりぐりと押し付ける姿は紛れもなくマウント行為、島でも一部の男子が相撲によって、相手に力の差をわからせる為、行っていた! これは、されている女生徒の尊厳を踏み荒らす行為……! 許しがたい……! 僕は一歩を踏み出した。


「君たち、こんなところでマウンティング行為など、恥かしいとは思わないのか」


 僕の登場に驚いた三人組は、よく見れば僕に嫌がらせをしていた悪ガキ三人衆であった。三人とも悪戯がバレた子供の様に慌てふためいている。なんだ、この違和感は……? まるで、恥かしい行為を見られたかのような反応だ……。


「君たちは僕に嫌がらせをするに飽き足らず、こんな小さな女生徒の尊厳まで踏み躙る悪党だったのか……! 見逃しておく訳にはいかないな……!」


「覗き野郎が……! どうしてくれるんだよ、この憤りをよぉ!」


「マウンティングされた側の人間の気持ちがどんなものか! 教えてやる!」


 僕は学生服の上着を脱いだ。


「なんだコイツ! あたしとやろうってのか‼ 返り討ちにしてや――」


 屈強な男たちの間で培われた、僕のマウンティング殺法が炸裂する。互いに腰辺りに手を当て、がっちりと組み合う。彼女は僕のベルトに手をかけるが、僕にはそれがない。力の入り具合で圧倒的に不利だ。


「くっ……! なんて力強い打ち付けなんだ……! くうっ……♡」


「サキ! こんな奴に負けるな! しっかりと相手の腰を掴め!」


 互いに正面をがっぷり組み合って、腰の打ち付けが行われた。先程の小さな女子は力で圧倒的に負けていた為、背後を取られて一方的な腰の打ち付けを強いられていたが、僕はそうはいかない。男の中で揉まれて鍛えて来た上に、フィジカルがある。


 200キロを持ち上げる僕のパワーに、サキと呼ばれた女生徒【若本妃わかもときさき】は困惑している。彼女も遺伝子操作によって、身体能力の主に筋力を増強されている類だろう。かなり拮抗している。更にはアドレナリンによって興奮状態となり、力が増している。それで耐えている事実は、彼女のメンタルを揺らすのには十分だった。


「クソッ! ポジションが取れねえぇ! なんでコイツこんなに力があるんだ! ナチュラルって話だろうが!」


「サキちゃん! がんばれ! ナチュラルなんかに負けるな! サキちゃんは腰ぶつけっこでは負けたことないんだ!」


 マウントポジションが取れない状態で、腰がぶつかった経験がないのだろう。若本さんは僕の正面打ち付けに怯んでいる。このマウンティング、正式なルールや明確な勝負の決着がない為、相手が心折れて、負けを認めるまで続けるしかない。


 男だらけの島で育ち、ある時は相撲よりも流行った競技、マウンティング。長年培われた技術を見せてやる!


 こうして、図書室の片隅で、男女の尊厳を賭けた決闘は始まったのである。

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