第4話 昨日のケンカはもう忘れてるかな?
事後処理を行い、何事も無かったかの様に次の日を迎える事となる。
三倍宝剣は、時間の経過と共に元のサイズへと戻り、事なきを得た。これで問題は解決し、素敵な学園生活が始まる――そう思っていた。
「やあやあ元気かい、愛美慎太郎クン? 昨日は済まなかったね。研究報告書はなんとか体裁を整える事が出来たよ。キミが手伝ってくれたおかげさ!」
生徒たちが賑わいを見せる昼時の学食。なんとかして見つけ出した一番端の目立たない席だというのに、この人、【舞鶴きらら】は即座に僕の事を発見した。
折角の大盛Aランチが急激に冷めていくのを感じる。
「今日のAランチはサバの味噌煮定食か、キチンと栄養バランスを考えているね。素晴らしい! ……あぁ、そこのキミ! 私は愛美慎太郎クンと話があるんだが、席を譲ってもらえるかね?」
辺りを見回し、僕の隣に座っていた名も知らぬ女子生徒に、きらら先輩は自分のブロマイド写真を手渡している。どうやらワイロとしての効力があるらしい。
「きっ、きらら先輩いぃぃいっっ♡ 喜んでぇ♡」
即座に食事を済ませ、備え付けの布巾でテーブルを拭き、女子生徒は姿を消した。いつしか、端の目立たないテーブル席は、衆人環視の大ステージへと早変わりする。この人気はもう流石としか言いようがない。
「それで、きらら先輩。お話とはどういった内容ですか? もちろん学食で言える内容なんですよね?」
「あぁ、キミと私で正式に子作りすることが政府によって決定された。これが通知書と認定書だ。私のカラダは政府の財産という扱いらしくてね。特別性なんだよ」
「……ちょっとまってください、『政府によって決定された』って、どういう事なんですか……?」
ここで本来なら大騒ぎする所だろうが、余りにも話の内容がぶっ飛び過ぎていて脳が情報を処理しきれていない。そもそも、僕たちは昨日今日会ったばかりの関係であり、恋人でもなんでもない。ここに何故、政府が入ってくるのか。
「随分と察しが悪いねぇ。昨日話した内容の延長線上さ、君が
「それって! こんな公の場で言う事じゃないですよね⁉」
「問題ない、肝心なのは私の様な科学者に、恋だの愛などというロマンスが実現可能かどうか、という事だけさ。もちろん、例の部分まではここでは話せないけどね」
彼女が言っているのは、あと二世代か三世代で女性同士の交配が不可能になるという事実だ。この情報の漏洩だけは防がなければならない。どんな大事件が起こるか、僕には想像もつかない!
「キミは見た所、顔立ちが平均的に整っている。身長も高く、肉体的にも強い。遺伝子の条件で言えば文句のつけようもない。ナチュラルだというのに、本当に恵まれているねぇ……」
一瞬きらら先輩の顔に陰りが生まれた。一体どうしたというのだ?
『ガシャーン!』と、大きな音が学食内に響いた。
「そ、そんなの酷いよぉ! 折角再会できた可愛い爆乳のギャル幼馴染が戦わずして負けヒロイン確定なんてぇ!」
御木本あゆみちゃんである。彼女が盛大にお盆を落としてしまったのである。幸いにも、ラーメンはスープまで飲み干し、食器はプラスチックとステンレス合金だったため、音が大きい以上の被害はなかった。
「しんちゃんは、きらら先輩と赤ちゃん作る為に桃郷まで来たの⁉」
あゆみちゃんは僕に説明を求める様、詰め寄るが、僕には何の決定権も選択肢もない。特別プログラム生としての概要にはこの様な項目は存在していなかった。したがって、僕がこの不条理な勅命を受ける理由はない。
「そんな、何かの間違いだと思うよ。僕にはそんな権限ないし、第一まだきらら先輩とは知り合ったばかりで……!」
「成る程、御木本あゆみクン、だったね。キミが愛美慎太郎クン淡い恋心をときめかせているのは、鈍感な私でも少し位は感づいていた。安心したまえ! 彼は特別プログラム生、政府が推進する新しいプロジェクトの被験者だ。恋愛も自由だし、誰と恋仲になっても問題はないよ。何人だろうとね」
「えぇ~⁉ それじゃあ昨日あの部屋であった事はどう説明するんですかぁ⁉」
「興味本位さ、レポートを書くために彼の一番搾りが必要だったんだよ」
ボカすにしても、もう少し言い方はないのだろうか……。
「一番搾りは置いておくとして、それは言ってもいい内容なんですか⁉」
きらら先輩は僕に対して小さな声で耳打ちした。
「問題ない。例の事だけ伏せればいいんだ」
「え、じゃあ正式に僕の役目ってどういう事になるんですか?」
「キミの遺伝子の特徴は【野生と純粋】つまり現代における【遺伝子大改造時代】において、大変貴重な混じりっけのない【ナチュラル】である訳なのだよ」
【ナチュラル】とは、現代におけるメジャーな、
【遺伝子を何処かの段階で操作する過程】を、一回も行わずに生まれて来た存在の事を示すものである。
その反対として、遺伝子操作が行われた人間は、一部では【デザイナーズ】や【コーディネイター】と呼ばれることもある。
【ナチュラル】この言葉を聞いた瞬間、辺りの空気が締め上げられたかの様に冷え固まった。周囲の女子生徒たちが慌ただしくなる。
「愛美くんって、ナチュラルなの⁉ 男なのに⁉」
「それって三毛猫のオスより数百倍は珍しいんでしょ⁉」
「遺伝子学の話だと、ナチュラルなオスと、私達みたいなのが混ざると、化学反応みたいな事が起きて、信じられないくらい優秀な子供が出来るって、話でしょ⁉」
「政府公認で支援金が馬鹿みたいに入るし、特別優待や超企業への推薦、その他にも信じられない特典が認められているって事……じゅるり……⁉」
周囲の空気がより一層強く締めつけられる。彼女達の話からして、僕の遺伝子は、金になるという事らしい。しかも、かなり常軌を逸している金額だという。
「愛美くん! 私とお友達にならない⁉ 桃郷にきたばかりで色々と不便でしょ⁉ 私ね、日用雑貨とかお得なアイテムが揃うお店詳しいんだ! 次の日曜日にでもデートしない⁉ 名前はね、
突如として、赤髪のミディアムボブカットで顔の良い女子生徒が声をかけて来た。かなりアクティブな性格らしい。この会話の中に入る勇気は相当なものだろう。それを臆することなく特攻してきた気概は、認めざるを得ないだろう。
「あ、ありがとう、留萌さん。愛美慎太郎です。買い物する場所が近所のスーパーしか知らなかったから、教えてもらえたら助かり……ます」
後ろの群衆から『あー! ずるい!』などとヤジが飛ぶ。いつの時代も金が絡むと人は狂い始めるらしい。
「幸先がいいなぁ! 愛美慎太郎クン! 留萌来夢クンは私のデータにも記録されている優秀な人材だよ。さぁ、早速ねっとりとしたのを頼むよ!」
「何をどうねっとりさせようとしているのかは知りませんが、そんな出会ってすぐに友達になった女の子と愛が始まったりはしないですよ!」
「愛美慎太郎クン! お堅いのは、腰に付けた三倍宝剣だけにしておきたまえよ! 考えまで固いと、この先の恋愛事情は大変なことになるからねぇ!」
『三倍宝剣』と聞いても通常なら何のことか判別は付かないが、きらら先輩は明確に僕の股間を示して発言した。つまり明確な意思で僕の宝剣情報を漏らしたのである。
「プライバシーとか人権は僕には適用されていないんですか⁉ 個人情報を漏らさないでくれませんかね⁉」
「宝剣の情報だけに……? はっはっは! ウマい事漏れてしまった様だねぇ!」
きらら先輩の発言で周りの騒音が消え、一瞬のうちに静まり返った。
「さ、三倍……⁉ ごくり……!」
「ヤバッ! あたしのお気に入りよりもデカい……⁉」
「それだと腕くらいない⁉ しまえるの⁉」
ギャラリーの注目は僕の股間へと注がれる。居心地が悪すぎる。冷めきってしまったAランチを早々に平らげ、その場をあとにする。昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、学食での騒動は一時的に収まったのだった。
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