第2話 さくら、咲き誇る


 ――入学式が始まる。


 予定では時間があったはずなのに、校門前でのひと悶着がすべてを狂わせた。手早く受付を済ませると、忙しなく教室へと駆け込み、短いホームルームで主な式の流れを確認した後、入学式へと望む。


 僕たち新入生は開会の言葉の後、入場し、着席する流れとなる。その後は滞りなく国歌斉唱からの入学許可宣言が行われる。


 「続きまして……。爆裂龍ばくれつりゅう校長よりお言葉を頂きます」


 司会の教頭先生がそう言うと、紋付き袴で白髪の男性がゆっくりと登壇する。

顔は色黒で高身長であり、筋肉の付き方も年齢から考えれば、相当に鍛え抜いた部類であろう。


 マイクの前に辿り着くまでの間、教師たちや在校生を含む多くの人が、校長に熱い眼差しを送っているのが感じられた。


『えー……ワシがこの高校の校長、【爆裂龍獄火山ばくれつりゅうごくかざん】である!』


 この声は壇上に備え付けられたマイクを通していない。それでいて体育館全域に、突風の如く、余すところなく音声が届いている。恐ろしい声量の校長である。


 本当は校長ではなく、塾長なのでは? と思える迫力があった。


『この高校のポリシーは自由! しかし、その中にも正しき秩序が含まれておる! 勉学、スポーツ、恋愛、部活動。すべての行動が、未来ある君たちを大きく成長させるカギとなるであろう! その為にも、日頃からよく食べ、よく学び、よく遊び、よく眠れい! ガハハハッ!』


 その後も、興味惹かれる男らしいスピーチが行われ、絵にかいた様な男らしさに、羨望のまなざしが向けられているのが良く理解できた。


 校長が壇上を去ると、続いて来賓祝辞が行われる。登壇したのは、政府教育委員会のお偉いさんだ。僕を特別プログラム生として選んだのも、あの人である。


 詳しい事はよく知らないが、お父さんの後輩という関係であり、よくお父さんの日頃の行動などを聞かれた記憶がある。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんもご存じの通り、政府では優秀な人材を求めています。この学校の卒業生でもある、【愛美光太郎まなみこうたろう】さんは、遺伝子学の権威であり、食糧問題をはじめ、医療や自然保護、エネルギー問題、防衛問題などに大きく貢献し……」


 ――お父さんの話だ。お父さんもあの島から一人で【上郷じょうきょう】し、この学校に通った。僕の夢はお父さんの様な立派な科学者となって、今現在抱えている問題を解決できる、素晴らしい人間になる事だ。


「――で、あるからして……、君たち新入生にも大変期待している! この学び舎で自分の将来を見つけだし、その為に懸命になれるよう、仲間たちと切磋琢磨して頂きたい! 以上である!」


 いつもながらハッキリとものをいう人だ。人の上に立つ者は説得力が違うなぁ。


「続きまして、在校生代表の言葉……! 【富山深雪とやまみゆき】!」


「はい!」


 凛とした返事と共に、流れるような足取りで登壇したのは校門前でボクとあゆみちゃんを指導した女子生徒であった。


 黒髪を背中まで美しく伸ばし、前髪はキッチリと分けておでこを出している。アンダーリムの赤い眼鏡は、彼女の誠実さ、真面目さを象徴するかのようである。


「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。私はこの学校で生徒会長を務めさせていただいています。二年生の富山深雪と申します。先程も校長先生がおっしゃっていた通り、この学校は自由の中に正しき秩序があります――」


「――生徒のやりたい事、挑んでみたい事、新しい行事、校則、それらは全て生徒会へ申請し、正統性が認められれば、どんなに困難であっても、すべて実行が可能という。かなり間口の広い伸び伸びとした伝統を持っています――」


 そうなのだ。学校案内にも掲載されていたが、この学校は学力などの成績は勿論、才能や技術を以てして、学校に貢献する事が可能であればどんなことでも認められるという伝統がある。


「――勿論、学校の外部内部に関わらず国の定める法には従ってもらいますが……」


 そりゃあそうだろう。何でもありとは言っても秩序は存在するのだから。この少し挟まれたユニークで、新入生の緊張は少し柔らかくなった。良い生徒会長さんだ。


「生徒会は皆さんのより良い、学校生活の為、日夜努力を惜しまない所存です。もちろん、我々と共に生徒会を盛り上げてくれるという方も募集しておりますので、是非お気軽に生徒会室を訪れてください。以上となります」


 こうして、満を持してボクの出番が回ってきた。


「それでは新入生を代表致しまして、愛美慎太郎くんに宣誓を頂きたいと思います」


「はい!」


 僕は大きく返事をし、ステージに上がる。緊張はしているが原稿は完璧に記憶している。例え、とちった所で問題はない。


 そう思っていたのだが、田舎の島出身である僕は、これ程まで多くの人間の前でスピーチをする経験がなかった。緊張してはいけない。観客は全て野菜と思え……!


「たくさんの祝福に見舞われ、私達新入生は、新たな一歩を踏み出しました――」


 緊張のあまり、僕は原稿を取り出すことなく話し始めてしまった。うおぉぉっ! しまった! 話を始めてから出すのはものすごくカッコ悪い! このまま続けよう!


 身体に染み込ませる程訓練し、メモが無くてもやり遂げれるはずだ!


「――私事ではありますが、この学校は僕が尊敬する父の学び舎でありました。父は当時の思い出をいつも楽しそうに、年甲斐もなくはしゃぎながら話してくれました。その時から、私の中で【桃郷都立総合高等学校とうきょうとりつそうごうこうとうがっこう】の存在は大きくなってゆきました――」


「――まだ自分に何が成せるのか、自分が何になろうとしているのか、明確な将来はまだはっきりと見えていませんが、この場所で多くの仲間と過ごし、多くの学びを得て、自分の可能性を広げながら、いつか本当に手に入れたくなるものの為、精一杯努力を重ねていきたいと思う次第であります。新入生代表、愛美慎太郎」


 何とかやり終えた……。贈られる拍手の中、ステージから降り、元の席へと戻ると、ほんの少しの違和感が頭をかすめた。新入生代表として、今まで注目されていたのだから不自然ではないが、未だに多くの視線が自分から切れない。どうしよう。何かしでかしたのかな……⁉


 多くの視線を感じながら、自分の席へと戻ると、斜め前の席からあゆみちゃんの姿が見える。こちらを軽く振り返り、ピースサインを送ってくれた。上手くスピーチ出来たみたいだった。


「校歌斉唱っ!」


 校歌の後、入学式は無事に終了し、新入生は各クラスへと戻り、担任の教師によるロングホームルームが執り行われる。


 今後の学校生活における必要事項の説明や、自己紹介の時間があっという間に過ぎ、入学式と云うこともあってか、憶える事が多く、時間が進むのを早く感じた。


 この後の僕は、寮へと帰るだけなのだが、上級生は部活動を開始している所も多く、学校には多くの生徒が残っていた。この学び舎について早く理解を深めたい一心だったため、ひとりで学校内部の探索を決行した。


 自身のクラスである一年A組からスタートし、校内を徘徊する。流石は全校生徒が三千人を超える超ド級のマンモス校、設備から何から何までとにかく規模が大きい。


 何せ校内の至る所に案内板が用意されている位だ。校舎がキッチリと分けられており、一年棟、二年棟、三年棟とは別に、部活棟が三つ存在している。学科も細分化されている為、その他にも敷地内に建物が存在している。


「まるでテーマパークだなぁ……」


 実際に行ったことはないが、ファンタジーJRPGをテーマにした大きな遊園地が県内に存在しているらしい、友達や彼女が出来たら是非とも行ってみたい。


「おぉ、図書室がある、行ってみよう! ここから歩いてそんなに遠くないな」


 国立の図書館と見紛う規模の図書室が校内に存在している。この場所は一般開放されており、市民であれば自由に出入りが出来る仕組みとなっている様だ。


 図書室へと向かう途中、廊下にお菓子の包み紙が落ちていた為、拾おうとして屈んだ所、どうやら点々とゴミが落ちている。こういうのは、ほっとけない性格だった。


 僕は自前のレジ袋をゴミ袋とし、落ちているお菓子の袋を回収していく。


「校内の美化はどうなっているんだ……美化は……!」


 次々と拾っていくうちに、どうやら部活棟のひとつに入り込んでしまった様だが、それでもまだゴミが点々と落ちている。中途半端は嫌いだ。こうなったら全部拾ってしまおう。そして、その先に犯人が居たら叱りつけてやらないと!


 ごみを拾い続けた結果、科学実験準備室の前に辿り着いた。中には人の気配がある。しかも、教室の扉にもお菓子の袋が挟まっていた。犯人はこの中にいる!


「たのもうーっ!」


 道場破りの要領で勢いよく扉を開けると――


「ようこそぉ~! 政府研究機関、桃郷高等支部へ~!」


 クラッカーや紙吹雪などで大歓迎を受けた。


「あの……! 僕、長い長いゴミ拾いの旅を続けて、やってきたんですけど!」


 これまでの長い旅路、一言文句を言ってやろうと、部屋の中へと足を踏み入れる。そこには、高そうな高機能デスクチェアに座った、白衣の人物が座っていた。


「計算通りだとも!」


 椅子から立ち上がり、薄暗い部屋の奥から散乱したゴミ山を蹴散らし白衣の人物が歩み寄ってくる。顔がよく見えないが、白衣の下に制服を着ている事が分かり、女生徒であると判断できた。


「どういう計算でゴミを投げ捨てたというのですか!」


「そうすれば、正義感が強いキミの事だ、必ずやゴミを全て拾い切り、この場所までやってくると信じていたよ!」


 僕が部屋へと入り込んだ瞬間、部屋の明かりが点灯し、自動的に扉が閉められた。一体何が起こっているのか、判別できなかった。


「自己紹介しよう、わたしは二年A組、舞鶴まいづるきららだ! この学校始まって以来の、超ド級天才科学者である!」


「舞鶴きらら……! 全国模試で常に満点を取り続けたと思えば、気まぐれで試験を放棄し、自分が興味を持った研究三昧を決め込む事で有名な……!」


 その他、数多くのメディアにも顔を出し、現代の医療や科学技術の発展、はたまた宇宙開発にまでメスを入れる天才科学者として名の知れた人物であり、IQは200を越えているという話を聞いたことがある。


「フハハハハハ! 昨年出した論文、最新の遺伝子学が人類の進化にもたらした恩恵と災厄、読んでくれたかい?」


「読みました……! 2030年から現在2199年までの遺伝子操作により起こった人類のゲノム情報改竄弊害に、鋭く切り込んだ論文でした……!」


 この研究論文は世間を大きく動かし、話題を呼んだものだった。


「実はね、120年前に考案され、形骸化していたプロジェクトが今頃になって動き始めてしまったんだ! それ程政府……いや、人類は追い込まれているのさ!」


「人類の平均寿命が年々低下してきているのは知っています……! しかし、出生率も低い訳ではない為、それ程問題視される事でもないかと……!」


「それは表向きの発表だよ! その様子では、キミが特別プログラム生に選ばれた、本当の意味も理由も分からないようだね」


「本当の理由……! それは一体……!」




 この時の僕は、まだ知らなかったんだ。この学校がどういったところで、この世界がどういう現状なのか……! これから待ち受ける苦難がどれ程のものかという事を……!

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