第21話
「おかえりなさい」
「……蘇生の努力すらしないなんて、随分と余裕なんですね」
サクラは並んで床に直座りしているアカリとたまかを見て、困惑を浮かべながらそう言った。扉を閉めて鍵をかけたあと、サクラは二人に近づき、ぴたりと足を止めた。立ったままで、座ることはしなかった。
「何しているんですか?」
「世間話に付き合ってもらっていたの」
のほほんとしたアカリの回答に、サクラは顔を顰めた。しかしそれ以上追及はしなかった。代わりにアカリが口を開く。
「朱宮さまはなんと仰ってた? 指でもいいって?」
「まあ……そうですね」
サクラは歯切れ悪く言うと、たまかを煮え切らない表情で見下ろした。横のアカリが内緒話をするように、たまかの耳元で囁く。
「良かったですね、たまかさん。指なら死なずに済みますよ」
「そうなんですけど、そういう問題じゃないと言いますか……」
「ここには治療の専門家もいますしね」
「本人なんですよねえ……」
おっとりと微笑むアカリに、たまかは口元を引きつらせた。なるべくなら痛い思いもしたくないし、指も無事でありたい。
(うーん、しかし困りました。蘇生なんて出来ないですし、指三本の犠牲は免れないようですね。……逆にそれで済んでよかったと思っておくべきなんでしょうか)
『ブルー』とはまた違った方向で残虐非道な『レッド』に捕らわれて、指三本で済むのはある意味幸運なのかもしれない。そう考えれば、必要な犠牲なのだろうか。
そこまで考えてから、たまかは顔を上げた。そこには相変わらずの表情でたまかを見下ろし続けるサクラの顔があった。目が合う。不満が滲んでいるような、渋々とした目。
(……いえ、待ってください。サクラさんの様子がどうもおかしいです。なんであんなに微妙そうな顔で私を見るのか……)
微かな違和感。これはきっと、見過ごしてはいけない。たまかは記憶の中をひっくり返し、林檎と対面した時を思い起こした。
(そもそも、林檎さんは私の『蘇生』の力をどう思っているのでしょう? 蘇生なんか出来っこないと、林檎さんだってわかっているんじゃないでしょうか)
この世界は、異世界ファンタジーではないのだ。蘇生なんて前代未聞の力を、『不可侵の医師団』のただの一員が持っているわけがない。
(粗暴さで有名な『ブルー』の水面さんでさえ、私にあまり傷をつけないように注意を払っていました。それなのに林檎さんが私の指を三本も切り落とすようなこと、指示しますかね)
水面とは別方向で林檎は人に傷がつくことを厭わなそうではあるが。それはこの際無視するとする。
(つまり、これは単なる脅しであって、指の切り落としを回避する方法がある、ということでは)
ここは『レッド』の領地であり、さらにはその長の林檎による指令の只中にいる身。『レッド』は知略を巡らせるのが主力武器である。ならばたまかの処遇にだって、何かしら含みを持たせている可能性があるのではないだろうか。
たまかは必死に記憶を呼び起こしていく。何か、糸口が掴めないかと探る。
(確か、サクラさんが言うには……)
『一時間ごとに、手足を一本ずつ切り落とします。三時間で、合計三本です』。サクラは、確かにそのように言っていた。結果的には手足ではなく指となったが、最初の林檎の指令内容はサクラの発言の通りだったはずである。
(手足を切り落とす……はっきりとそう言われていますね)
自身の縛られたままの手を見下ろした。
(手足を切り落とす、とはっきり言っているため縄での切り落としの代用は不可……。縄に何か細工があるというわけでもなさそうです。縄は関係ない……。では手足を人工的に作り、それを切り落とすという線はどうでしょう)
顔を顰めながら、じっと両手を見つめる。
(人工的に手足を生み出す……難しいですかね。私の治療器具では不可能、この場には紙やはさみ、粘土の類もありません。そもそも両手が塞がっている状態なので、私が自分で生み出すことは出来ません。サクラさんやアカリさんは協力してくれるとは言い難いですし、偽の手足を作り出すという手はほぼなしと見ていいでしょう)
顔をあげ、部屋を見渡す。ついでにちらりと掛け時計を確認すると、もう既に三十分以上経っていた。
(部屋にあるのは御三方の死体と、掛け時計。あとは死体を並べてある敷物くらいですか。これだけしかないとなると、何か物を利用する線は薄いようですね。……単純に、一時間経つ前に、ここを逃げ出せってことなんですかね)
壁をぐるりと見渡すが、扉以外に出入口はないようだった。地下のため、窓すらもない。
(逃げ出すためには扉を突破するしかないですが、サクラさんが鍵をかけています。両手を縛られている私では解錠は不可能。……逃げる線も無理そうです)
横で、アカリが首を傾げた。桃色の上で、髪飾りが煌びやかに揺れる。突然無言になってしまったたまかを不審に思ったらしかった。
(では、別の手段を考えてみましょう。他には、ええと……アカリさんの提案で、手足は指に変更となりましたね。つまり、手足に拘る必要はないということです。切り落とす部位は、どこでもいい……指定が、されていない……)
「あ」
たまかの口からぽろっと出た言葉に、アカリがきょとんとした顔をした。たまかを見下ろしたままだったサクラは、何も反応を見せず、無言を貫いていた。
(そ、そうか……。そもそも『手足を切り落とせ』と言われているだけで、『九十九たまかの手足を切り落とせ』とは一言も言っていません……。切り落とす手足、もしくは指は、私のものとは指定されていないことになる。誰のものでもいいんですね)
アカリの桃色のマニキュアで塗られた指先、そしてサクラの丁寧に切りそろえられた爪の並ぶ指先に、視線が向かう。
(と言っても、お二人の指を切り落とすのはあまりに理不尽ですし、そもそも切り落とすのを担当するのはお二人でしょうから従うはずもありません。つまり、この場合……)
ゆっくりと、横目で遠くの床を見る。並ぶ三つの死体は、青白いままそこに寝ていた。
(……そういうことですか。『私が蘇生を証明できない場合、三つの死体の手足ないし指を切り落としていけばいい』。確かにこれに気が付ければ、私は無傷で乗り切れることになります)
しかし、そこまで考えて違和感に気が付く。
(あれ? でもちょっと待ってください。それって、全然蘇生能力の有無の判断にならないんじゃないでしょうか? 蘇生能力があろうがなかろうが、一時間ごとに死体の指を切るように言って終わりです。確かにちょっと頓智めいてはいましたが、それに気付くかどうかって蘇生能力一切関係ないですよね)
……しかし、あの林檎の指示したことだ。『レッド』の長のすること、何か意味があるのだろう。たまかには想像すら出来ないが。
(うーん、しかし……)
自分の指が無事でいられる方法はわかった。とりあえずは、引き渡されるまでに血を流さずに済むことが確定した。それでも、たまかは苦い顔でじっと三つの死体を見つめた。もう呼吸することのない身体。冷え切った顔、乾いた血の張り付く傷跡。
「……」
自分の両手へと視線を下げる。縛られたままだが、血色は良好。白く細長い指に、仄かに桃色の艶めく爪。清潔さを保つため、短く切りそろえられている。
「…………」
ぎゅっと掌を握った。揃った十本の指が曲げられる。
部屋にいる三人は、ずっと無言だった。水を打ったような静けさ。時計の針の音だけが、無機質に時を刻んでいた。
誰も何も話さない。しばらくそうしていると、久々に声が響いた。サクラの機械のように淡々とした、しかし真面目さの滲む声だった。
「一時間経ちました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。