第19話

「さて、そろそろお茶会もお開きとしましょうか。とても有益な時間でした」

 林檎はそう言うと、ゆっくりとソファから腰を浮かせた。髪飾りが室内灯にあたって、きらきらと輝いた。

「……私、これからどうなるのかきいてもいいですか?」

「そうですね、まずはあなたに『蘇生』の力があるかの真偽を確かめるところからです。その結果次第で変わります」

「『蘇生』なんて出来ません」

「それはあくまであなたの主張。それだけです」

 林檎は部屋の隅に控えていた桃色の長い髪の少女へ、「灯」と呼んだ。

「では、お願いしますね」

「はい、朱宮さま」

 アカリと呼ばれた少女は一礼をした。林檎は優雅に衣を揺らしながら、その場を去っていった。扉の閉まる音すら、大人しくて上品な音にきこえた。

 二人きりになった部屋で、アカリはたまかの横へと近寄った。

「失礼しますね」

 穏やかな声色に反して、アカリはその両手に頑丈そうな縄を握っていた。たまかはそれを見てぎょっとした。しかし抵抗出来ないこともわかっている。アカリはたまかの両手を一瞬で縄で囲み、慣れた手つきで縛りあげる。たまかはぼんやりと眺めるしかなかった。縛り方はかなり複雑なようで、どうやら簡単に解けないような縛り方をしたらしかった。

 扉が再び開かれ、一つの人影が近くへと寄って来た。たまかが顔をあげると、『ブルー』で行動を共にした、黒髪のおかっぱ髪の少女の真面目な顔が現れた。

「貴方は……」

「桜と申します。こちらは灯」

 重い瞼からじっとたまかを見、彼女は姿勢正しく名乗った。紹介を受けたアカリは、桃色の長い髪を揺らし、優しそうな笑みを浮かべた。子供にやるように、両手を振る。たまかも両手を縛られたまま、「たまかです」と返事をしておいた。そして、サクラへと視線を戻す。

「先程はどうも。あの……、イロハさんの件ってなんだったんですか? お金でも積んで、『ブルー』を裏切らせているのですか?」

「それは貴女が知るべきことではありません。貴女は別に、『レッド』の者というわけでもなんでもないですからね」

 真面目な顔のまま、サクラは取りつく島もなくそう言った。横のアカリは笑みを浮かべながらも、無言でたまかの縛られた両手へ視線を落とした。言外に言いたいことがわかって、たまかは苦笑を浮かべた。

「それもそうですね。出過ぎた質問でした」

「判って貰えれば構いません。さて、少し地下まで移動しますよ」

 サクラはそう言って、たまかの縛られた手を取った。歩き出したサクラに合わせて、たまかも立ち上がりその後をついていく。その後ろに、さらにアカリが歩いてきているのが気配でわかった。

 無言のまま『レッド』の施設内を三人で縦になって歩いた。しばらく進むとエレベーターがあって、それに乗って地下へと下がる。『ブルー』でも連行されながらの移動はしていたが、『レッド』は装飾や外装に拘っているようで、景色は全く異なっていた。まるで豪華なホテルの中のように、煌びやかだった。

 指定された階で降り、廊下を進む。そこは上と打って変わって寂れた面持ちだった。一つの扉の前で止まると、サクラは少し暗い顔で、その扉を開けた。異臭がして、たまかは顔を顰めた。中は真っ暗だった。

 中へと入り、後ろにいたアカリによって扉が閉められる。続いてサクラが中の電気を付けたらしく、部屋の中が一気に明るくなった。眩しさに瞑ってしまった目を、そろそろと開ける。

「……!」

 たまかは顔を顰めた。中には、死体が三つ、寝かせられていた。身体の色は既に青白く、微動だにする気配がなかった。思わずサクラへと顔を向ける。

「……これは?」

 サクラとアカリは、一切顔色を変えていなかった。相変わらず真面目な顔つきで、サクラはたまかの質問に答えた。

「死体です。『レッド』の中でも優秀な者達でした」

「『レッド』では死体を寝かせたままにするんですか? 今さっき亡くなったわけでもないようですが」

「はい、二日前から、一番時間が経っているものは四日前の者までいます」

「ど、どうしてここに御三方を纏めて寝かせているのですか……?」

 そこまで質問して、なんとなく察しがついてきてしまった。自分がここに連れてこられた意味。それを考えれば、自ずと答えが読めてくる。たまかは眉間の皺を深くした。

「たまかさんに、蘇生して貰うためです」

「……でしょうね」

 予想通りの答えが返ってきて、たまかは思わず死体を一瞥した。それから、首を振る。

「あの、先程も言いましたが、私に蘇生能力はありません。こうして連れてこられても、御三方を生き返らせることは出来ないのです」

「朱宮さまの指令はこうです。まず、貴女には三時間の猶予が与えられています」

「ゆ、猶予?」

 たまかの反応を意にも介さず、サクラは機械のように説明を続けた。

「三時間以内に三人を生き返らせることが出来た場合、貴女を他へ売ったりはしません。これからは『レッド』の一員として、蘇生の任について頂きます」

 蘇生の任、という聞きなれない仕事に苦笑いをしたかったが、たまかの心にはそんな余裕はなかった。

「三人を生き返らせることが出来なかった場合は?」

「はい、一時間ごとに、手足を一本ずつ切り落とします。三時間で、合計三本です」

「え?」

「その場合、最終的には貴女を求めている団体へ引き渡します」

「ちょ、ちょっと待ってください! それ、引き渡される前に死ぬんじゃないですか私?」

(麻酔なしってことですよね!?)

 必死になって叫ぶと、サクラとアカリは顔を見合わせた。アカリはのほほんとした調子を崩さず、「じゃあ~」とサクラへ向かって人差し指を立てて振った。

「指に変えても大丈夫だと思うわ?」

「でも、朱宮さまの命令を勝手に変えるなど……」

「朱宮さまは蘇生能力がなければ最終的に引き渡す、とも言っていたわよ? 殺したら引き渡せないじゃない?」

「朱宮さまのことだ、きっと何かお考えがあるからこそこういう指示を出したのでしょう。それを我々の判断で勝手に変えてしまうのは……」

 目の前で話し合いが始まってしまった。たまかは真面目な顔できいているのをやめ、死体へとこっそり目線を向けた。生気を失った身体が、なんだか寂し気に置かれていた。

「……まあ、朱宮さまに判断を仰ぎに行きましょう。まだ一時間先の話ですし」

 ぼうっと死体を見ている間に、結論が出たらしい。サクラにじっとりと見つめられ、たまかは慌てて顔を戻した。

「……そもそも、貴女が蘇生を成功させてくれれば、そんなことしなくて済むんですがね?」

「む、無理だと言っているでしょう……」

「手足や指が惜しくないと言うのならば、結構です。……では、今から計りましょう」

 壁に掛かった掛け時計を一瞥し、サクラはそう言った。たまかも現在時刻を確認し、慌てながらも両手を示した。

「で、では縄を解いてくれませんか? 蘇生するにしても、縛られたままでは……」

「両手が使えないと蘇生出来ないんですか? そう言って、自由になって逃げる算段をしているとしか思えませんが」

「ち、違います」

「縄は解けません。残念ながら」

 ちっとも残念そうな顔をせず、サクラは首を横に振った。たまかは反論する隙を見つけられず、渋々と死体のもとへと向かった。

 死体達の目は閉じられていた。後方で、扉の開閉音がきこえてきた。サクラが林檎に接触するため出て行ったようだった。それでも、たまかは振り返ることなく死体を見下ろし続けた。

(胸に銃創らしきもの……。抗争の最中に命を落としたんですかね)

 たまかは目を瞑った。手を合わせられないが、せめてもの黙祷の代わりだった。

(こうやって命が奪われていくのに、毎日抗争が行われている。理不尽で馬鹿な世の中です、本当に)

 他の死体にも目を向ける。横の死体は頭に深い怪我を負っていた。さらに奥の死体は、首に絞殺の跡が残っていた。さらに爪も剥がれて血だらけだった。

(一番奥の死体は損傷が激しいですね。拷問されたのでしょうか)

 なんにせよ、どれも普通の治療で生き返らせることなど不可能だということは明白だった。蘇生の魔法なんてものも存在しない。たまかが何をしても、この三人が息を吹き返すことなどありえないのだ。

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