第18話
「では、二つ目です。あなたは『蘇生』の力を持っていますか? また、あなた自身はその話がどこからきたものだと思いますか?」
「も、持っていません。蘇生なんて、ただの人間に出来るはずがありません。どこからその話が出たのかも、見当すらつきません」
「ふむ……」
真摯に訴えるたまかの顔を、林檎は目を凝らして探るように見つめていた。
「あなたの主張はわかりました。真偽はおいおいわかるでしょう。では、三つ目です」
林檎は片手を掲げ、これ以上の主張は不要だと言うように、たまかを制した。そして、質問を変えて再び尋ねる。
「あなたがここに来るまでのことを、教えてくれませんか?」
「え? ……どういうことですか?」
いきなり毛色の違う質問が飛び出し、たまかは思わず訊き返した。
「ここ数日の経緯を、あなたの主観や考えを交えてきかせてほしいのです。あなたの行動は、正直よくわからないものが多くてですね」
林檎は初めて笑みを引っ込めて、たまかを胡乱な目で見つめた。
「『ブルー』や『ラビット』のように、何も考え無しで行動したり、楽しそうだからと理由なしで行動したりしたのかとも思っていたのですが……こうして話をしてみると、どうやらそれも違うようですので」
たまかは、『ブルー』で散々『度胸がある』と気に入られたことを思い出した。……その辺りのことを言っているのかもしれない。たまかは納得がいかないながらも、「わかりました」と言って頷いた。振り返りは大事だし、人に話すことで何か違ったものが見えてくる、かもしれない。
たまかはこれまでのことを話した。猫の治療をしてタオルを取りに寮に戻ったところから、『ブルー』のイロハから『レッド』の少女へ渡されて逃げ出したところまで。その時の行動の理由や目的、考えを交えながら丁寧に、それでも簡潔になるよう努めて語った。
大方上手く話せたと思ったのだが、最後まで林檎の顔は晴れなかった。それどころか、その眉間には皺が寄っていた。たまかは思っていたリアクションをとって貰えず、空虚な笑みを浮かべて反応を待つより他はなかった。
たまかの話が終わってから少しの間が空いたあと、林檎は渋々といったように口を開いた。
「なんといいますか。たまかさんは、その……随分と放胆なお方なのですね」
(絶対褒めていませんね)
珍しく口ごもり、言葉を慎重に探したらしい林檎の様子を見ながら、たまかは唇を尖らせた。
「しかし、『不可侵の医師団』が襲撃を受けてなお、恐怖に震えてただ待つばかりでなく、自ら『レッド』に匿われに行こうとするその頭脳。大変素晴らしいと思います。縹に接触して情報をききだすためにハッタリをかけるというのも、良い案でとても好みです。どうです、『レッド』に来てみてはいかがでしょう? 素質はあると思うのですが」
眩い笑顔と同時に勧誘を受け、たまかは首を横に振った。
「私は『不可侵の医師団』の者ですので……」
「そうですか、残念です。……しかし、『ブルー』の者は本当に野蛮ですね。まさか『不可侵の医師団』を襲撃するとは。報復するというのなら、『レッド』が協力するのも吝かではないですよ?」
「……『レッド』は『不可侵の医師団』への襲撃には関わっていないということですか?」
「勿論です。わたし達は基本的にルールには忠実です。一定の規則を設けてそれに従わないと、無秩序になってしまいますからね。無秩序で制御がきかない世界こそ、何よりも愚かで恐れなければならない事態です。わたし達がそれを後押しするような行動は避けたいですし、するとしたら莫大なメリットがないと釣りあいません。……たまかさんは、『不可侵の医師団』を襲撃したら、『レッド』にどのようなメリットがあるとお考えですか?」
「えっと、私を捕らえられますね。……メリットといえば、それくらいでしょうか」
実際はたまかは襲撃時にその場におらず、難を逃れたのだが、ほとんど奇跡に近かった。
「そうですね。では、あなたが『レッド』へ匿ってほしいと接触したとき、『レッド』の者があなたを連れていかなかったのは、なぜだと思いますか?」
「え」
水面の話によれば、『レッド』はもともと『蘇生』の話を知っていて、他の組織と同様にたまかを求めていたようだった。それなのに、『レッド』に接触したときに『レッド』の者はたまかを連れていったりはしなかった。煙で視界が悪かった場面もあったし、無理やり連れていこうとすれば機会などいくらでもあったはずだ。確かに、それをしなかったのは今考えると不自然である。
「確かになぜでしょう……? 単純に、『レッド』の末端まで私の情報が渡っていなかった、とか?」
「答えは簡単です。一度『ブルー』の手に渡って欲しかったから」
人形のような顔で、林檎は淡々と答えた。
「そうすれば、一度『ブルー』に捕まったあなたから、『ブルー』内部の情報が得られますからね。外部の人間、さらに追われている本人からの情報となれば、うちのスパイだけでは得られない情報も多くあるはず。その情報が欲しかったから、あなたを泳がせておいた」
林檎は一つ、わざとらしい咳払いを挟んだ。
「まあ本来は、あなたを『ブルー』に捕まらせれば見つける手間が省けるから、が主だったのですがね。あなたのことは『ブルー』が探してくれて、さらに『ブルー』の領地へ置いておいてくれる。『ブルー』から横取り出来れば、こちらの苦労が減るという理屈でした。……なにせ、あなたから『レッド』に接触するとは露ほども想定していなかったもので」
頭脳明晰な長として知られる林檎でも、たまかが『レッド』へ自らのこのこと接触しに行くとは思っていなかったらしい。たまかはなんとリアクションしていいのかわからず、ひとまずカップへと口をつけてお茶を飲んだ。
「さて、話を戻しましょうか。つまり、わたしどもはたまかさんを一度『ブルー』のもとに渡したかった。ですから、『不可侵の医師団』を襲撃するメリットである『たまかさんを手に入れられる』という結果は、『レッド』にとってはあまり旨味がないのです。『ブルー』を経由しないことになりますからね。ルールを破ってまで『不可侵の医師団』を襲っても、『レッド』が得られるものは『ブルー』の情報のないあなたの身一つ。労力にメリットが釣りあっていません。『レッド』は、『不可侵の医師団』を襲う意味がないのです」
「なるほど……」
たまかは理路整然とした説明に、思わず納得してしまった。胡散臭い『レッド』の長である、それっぽいことを言われて丸め込まれている可能性もあるにはある。しかし現時点では、林檎の言う根拠は信じるに値するとたまかは感じていた。
「では、林檎さんは『不可侵の医師団』をどこが襲撃したと思いますか? やはり『ブルー』?」
たまかの質問に、林檎は考えるように視線をテーブルへと投げた。
「そう、ですね……。『ラビット』か『ブルー』かでいえば、『ブルー』の方が可能性が高いかと思います。奴らは暴力で解決しようとする節がありますので、あなたを捕らえたいと思えば、ルールくらい簡単に破るでしょう。逆に『ラビット』は襲撃する以上そこに『愉悦』を求めますので、あなたが現場に戻る前に姿を消すのは傾向に合いません。あなたの絶望する顔を見ずに帰った、ということですから。ただ……『ブルー』の縹は、心当たりがないようだったと言っていましたね?」
「はい」
「それには違和感があります。『ブルー』としては、むしろルールを破ってまで『不可侵の医師団』の者に深手を負わせたのなら、誇っているはずなのです。そこですっとぼける意味がない」
林檎は、始終歯切れが悪かった。まるで、水面と同じ様だった。
(うーん、御二方とも似たような反応ですね。結局明確に答えは出せないようです。どちらかが嘘をついているか……、もしくはお二人の考えとは違って、『ラビット』の仕業だったりするのでしょうか)
「どちらか、と明言は難しいです。ただし、『レッド』でないことは確かです」
「そう……ですね。私も、そう考えてはいます」
たまかは真面目な顔で頷いた。林檎は「信じて頂けて何よりです」と白々しい笑みを浮かべた。
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