第17話
「歓迎します、たまかさん。ようこそ、『レッド』へ」
柔らかく、どこまでも落ちていきそうなソファに腰を埋め、たまかは緊張した面持ちで姿勢を正した。目の前には、上品な笑みを浮かべ、『レッド』の制服に身を包む少女が座っていた。たまかよりも小柄な体躯で、膝に両手がお行儀よく添えられている。紅色のサラサラとした髪の毛は、サイドで輪っかの形を作り、煌びやかな小さな花々に依って留められていた。そこから滴る小粒の装飾が、川の流れのように幾重もの線を描いていた。留められていない髪は、その朱色を艶めかせて顔に沿うように内巻きに弧を描いている。大きな瞳はたまかを捉え、口元には貼り付けた笑み。人形のような少し幼さの感じる顔に対して、その話し方や振舞いは大人びたものだった。
「わたしは『レッド』の長、朱宮林檎(シュミヤリンゴ)と申します。まずは、あなたの無事を祝いましょう」
林檎は二人の間に置かれたテーブルへと、掌を差し出した。控えていた『レッド』の制服の少女がカップを二つおき、ティーポットで飲み物を注いだ。どうやら骨董品のようだった。入れ終わると、一つをたまか、もう一つを林檎のもとへおき、少女は離れていった。
置かれたコップの中身を、たまかは見下ろした。赤みがかった茶色。お茶、もしくは紅茶の類のようだった。
(……ここは策略に長けた『レッド』の領地です。普通に毒が入っていそうで怖いですね)
見下ろすばかりでカップを取らないたまかの前で、林檎は自身のもとにあるカップを持ち上げ、ゆっくりと口をつけた。その喉が上下するのを、たまかはじっと見つめていた。
「出された飲み物に安易に口をつけないのは、正解です」
林檎はお茶で潤した口で言うと、微笑んだ。柔らかな口調だった。
「同時に、失礼だと思いませんか?」
たまかは言葉を詰まらせた。確かに、正論である。
「い、頂きます」
「ふふ、大丈夫です。毒など入っていませんよ。見ていたでしょう?」
林檎は、持っているカップを少し上げて見せた。たまかは少し躊躇いがちに、しかし気丈な口調で口を開いた。
「『アサシンティーポット』という、任意に注ぎ分け出来るポットがありまして……」
「あら、ご存じでしたか」
『アサシンティーポット』は、ポットの中に二種類の飲み物を入れられ、注ぎ分けが可能な器具だ。毒入りの飲み物と通常の飲み物を入れておけば、一つのポットで二つのコップに注いだとしても、一つは毒入り、もう一つは毒の入っていないものを作ることが出来る。つまり、林檎が飲んだからといって、たまかの飲み物に毒が入っていないという証明にはならない。
林檎は、先程お茶を入れた『レッド』の少女へと視線を向けた。彼女は近づいてきて、テーブルの中央にティーポットを置いた。そして桃色の長い髪を靡かせ、もとの場所へ離れていった。
「では、客人へ恐縮ですが、わたしのカップにお茶を注いで頂けませんか」
林檎はもう一度カップへ口をつけてから、前へと差し出して置いた。半分くらいに減ったお茶が、部屋の天井を映していた。液体の色はたまかのものと同じに見えた。
(なるほど、ティーポットを私に触らせて誤解を解こうということでしょうか)
もしティーポットに毒を仕込んでいた場合、たまかが注ぐことで林檎を毒殺させることも出来る。それだけのリスクを負いつつも、たまかにティーポットを自由に触らせるというのは、『レッド』側の余裕を見せる意図もあるのかもしれない。あるいは、それだけ信用してくれと態度で示していると伝えたいのか。真意を胸中で探りながら、たまかは中央に置かれたティーポットに手を伸ばした。
手元に持ってくると、まずは観察してみた。濃い桃色に色付けられた陶器は、その全身を細かな装飾で着飾っていた。緻密な模様が広がるが、穴のようなものは見当たらなかった。続いて手で全体を触って、注ぎ口が複数ないか確認した。慎重に探してみたが、後手の取っ手にも底にも穴はなかった。最後に頂点の突起を持ち上げ、蓋を開けた。湯気越しに覗くと茶漉しにこれでもかという程の茶葉が入っていて、香ばしい香りが辺りに満ちた。……普通のティーポットのように見える。アサシンティーポットではないし、細工と呼べるものもないようだった。たまかはちらりと林檎を盗み見た。目が合う。彼女はティーポットの確認をするたまかを、変わらぬ笑みを浮かべながらじっと観察していた。
たまかは蓋を戻して持ち上げると、置かれた林檎のカップへとお茶を注いだ。カップの中のお茶は、注がれる度に弧を描いていった。八分目程注ぎ、傾きを戻し、テーブルへと置いた。
林檎はカップを手に取った。躊躇いもなく口元へ持っていくと、注がれたお茶を飲んだ。こくん、と林檎の喉が上下する。
「……ね。これで信用して貰えたでしょう」
林檎はそう言って微笑んでみせた。無礼な相手を許すような、優しさの滲む、しかしそう見えることすらも計算された笑みに見えた。
「……はい。疑ってすみませんでした」
たまかは謝ると、潔く自身のカップに手をつけた。林檎に倣い、口をつけて液体を飲み込む。中身は紅茶ではなく、お茶だった。香ばしさと程良い苦みが口の中で広がった。
「美味しいです」
たまかは笑みを作った。林檎は目を細め、重畳だと言うように笑みを深くした。
「さて……やっと本題に入れますね。あなたにききたいことは、山ほどあるのです」
(私も沢山ありますが、まずは林檎さんの話をきいたほうが良さそうですね。彼女……逐一こちらの動きを評価しているような感じがして、少し怖いです)
「はい。『ブルー』から救ってくださったのは……察するに、そのためなのですよね? 私に答えられることなら、なんでも答えます」
林檎は嬉しそうに両手を合わせた。
「たまかさんは聡いお方ですね。そうです、情報は何にも優る武器となります。その価値がわからない迂愚共と違うようで、安心しました」
ふふ、と可愛らしく微笑まれ、たまかは瞬きを二回挟み、カップをテーブルへと置いた。
「さて、たまかさんに話して頂きたいことは主に三つです。まず一つ目。『ブルー』はあなたをどういう目的で捕らえましたか? あなたについて、どこまで知っているようでした?」
助けられた手前、ここで嘘をつくのも憚られた。もともと『ブルー』側についたわけでもない。たまかは正直に全てを話しても問題ないだろうと判断した。
「『ブルー』の目的ですか? 最初は『蘇生』の力で、仲間達を生き返らせたかった……らしいです。でも、私に『蘇生』の力がないことを知って……」
目の前の林檎の顔色を窺う。『レッド』はどの程度まで情報を掴んでいるのだろう。たまかに『蘇生』の力がないことを、既に知っているのだろうか。しかし林檎は口を挟まなかったため、たまかもそのまま話を続けた。
「私を求めている人に引き渡す方向に変えたようでした。それにより金が貰えるとのことでしたが、それ以上に私を他の組織に取られたくなかったと言っていました。他の二組織を出し抜きたかったようです」
「ふむ。いかにも痴鈍共が考えそうなことですね」
林檎は再びカップに口をつけた。一口飲んだ後、「まあ、想像通りです」と締めた。
「『ブルー』はどの程度情報を握っていましたか?」
「引き渡し先については、教えてもらえませんでした。先方がなぜ私を欲しているのか、『蘇生』なんて話がなぜ出てきたのかについては、知らないようでした」
「成程。……大方、こちらと同じ状況のようですね」
林檎は空いた方の手を顎へとやり、何かを考えるように目線をたまかから逸らした。それからすぐさま顔をあげ、再び口を開いた。
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