第15話
「ききたいことは主に二つあります。まず、蘇生が出来るという情報は、どこから漏れたんですか? 何を根拠にそんな話を?」
水面は、その長く細い美脚を組みかえた。
「それは、お前を欲しがってる奴にきいた話だ。あたしらは詳しい話は知らない」
(……なるほど。水面さんもその辺りを詳しくは知らないんですね。ミナミさんにきいても答えて貰えないはずです)
たまかは内心で納得し、質問を変えた。
「では、その『私を欲しがっている』相手は、一体どなたなのですか?」
「それは直にわかるよ。会ってその目で確かめればいい。あたしが今言うことじゃあない」
一蹴されてしまった。食えない回答にたまかは唇を尖らせた。こんなに身体を張って会う機会を作ったというのに、これでは全く情報を得られていない。
「では、他にも質問させて頂いても? 貴方が私をその相手に売る理由はなんなのですか」
「金……ってのもあるけど、それよりは他の奴らを出し抜きたいってのがあるね」
「他の奴ら?」
「『レッド』や『ラビット』の奴らだよ。あいつらもお前を欲しがってるから、奴らの手に渡したくなかった」
「え……?」
初耳だった。ならば、『レッド』に助けを求めるなんて、自ら用意された罠に飛び込むようなものだったのではないだろうか。
「だから言っただろ? 『レッド』を頼ったって、裏切られて売られるだけだ、って」
思考を読んだように、水面は嘲笑を浮かべた。
「つまり私は今、三組織すべてに狙われてるってことですか?」
「そうなるね」
開いた口が塞がらなかった。
(う、嘘ですよね……? これじゃ万が一『ブルー』から逃げきれても、居場所なんてないじゃないですか……)
血の気を失った顔で、たまかは呆然とした。
「ただ……お前の『蘇生』の能力の有無にもよるところがあると思うけどね」
「と、いうと?」
「『レッド』と『ラビット』が何を考えているのかは知らんが、売る目的より、『蘇生』の能力を欲しがっているんじゃないかって思うんだよね。引き渡すために手にいれたいんじゃなくて、『蘇生』の力が欲しいからこそお前を我が物にしようと探してるんじゃないかって」
水面は組み替えた足に、再びひじを立てた。顎を支え、遠くを見つめて話を続ける。
「お前を手に入れることは、それを阻止することにも繋がる。だからあたしらは、お前を必死に探してたってわけだ」
なるほど。『ブルー』としては、『蘇生』の能力が欲しい、金が欲しい、という以上に、他の組織に渡したくない、という思いが強かったというわけか。たまかは『ブルー』のこれまでの行動に納得する反面、怒りが過って歯ぎしりをした。
「……だから、『不可侵の医師団』を襲ってまで私を手に入れようとしていたわけですか」
「……『不可侵の医師団』を襲う?」
ん?
たまかは違和感に眉を顰めた。水面の無垢な反応は、これまでの態度にそぐわないものだった。
「何の話?」
「まさか、この期に及んでしらばっくれる気ですか?」
そうは言ってみたが、たまかは水面が嘘をついているわけではないことも察していた。莫大な違和感が胸の中で渦巻いて、いろいろな感情をかき乱していく。鼓動が速くなっていった。
「いや……、初耳だけど」
「『不可侵の医師団』の寮が襲われたんです。皆酷い怪我を負っていました。死人も出ていたかもしれません」
「なるほど、禁忌が破られたわけだね。で、なぜそれがあたしらの仕業だと思ったわけ?」
「……そういえば、どうしてなんでしょう。私はその場にいなくて、あとでその場にいた友人からきいたのです。『ブルーだと思う』と」
水面は不可解だ、という顔をした。
(この反応、どうやら水面さんは本当に心当たりがないようですね。だからと言って、らんが嘘をついたとも思えませんし……。どういうことなんでしょう)
「……逆にききますが、水面さんは、誰が『不可侵の医師団』を襲ったと思いますか」
水面にとって予想外の質問だったらしく、眉を跳ね上げたあと、考えるように慎重に言葉を選んでいる素振りを見せた。その下で、ミナミが首を絞められながらも僅かに眉を寄せた。『縹様』だろ、気軽に呼ぶな、と言いたいらしかった。
「……『レッド』、かな。あいつらは目的のためなら手段は選ばない。非道な手段も、目的への近道なら躊躇わずに実行するだろう」
そこまで言ったあと、一転して水面は首を横へ振った。
「いや……あいつらはルールに拘るところがある。やっぱ、あいつらじゃないかもしれない」
「では……『ラビット』?」
「どうだろうな。あいつらは楽しければそれでいいみたいなところがあるから、わざわざルールを破ってまで『不可侵の医師団』を相手にする必要がないと思う。そこまでして『蘇生』の力を求めるようにも思えん」
つまり、水面にも見当がつかないらしかった。
(水面さんの推測は、割と同意出来る部分も多いです。私より遥かに他の組織のことを知っているでしょうし……。ただ二つの組織でないとなると、やっぱり『ブルー』の仕業だということになります。嘘をついているのでしょうか? でも、水面さんの反応はどうにも演技に見えないんですよね。そういうの、苦手そうですし)
水面の整った顔を、真意を覘くようにじっと見つめる。水面は空いた方の手でセミロングの髪をかき上げた。インナーカラーの瑠璃色が艶めいた。
「まあ、組織が他の組織に襲われるなんて、日常茶飯事だ。それが『不可侵の医師団』ってのは驚きだが、さほど気にすることでもない」
「……」
「訊きたいことはこれで終わり?」
水面の言葉に、たまかは渋々頷いた。得たいと思っていた情報は得られなかったが、収穫はあった。引き渡される前に、やれるだけのことはやったはずだ。
「じゃあ……」
待ってましたと言うように、水面は首を抱いたままのミナミへと顔を向けた。たまかは息を呑んだ。
水面はミニスカートのポケットから瞬時に折りたたみナイフを取り出し、振り上げてその刃を出した。部屋の照明を受けて光る鈍色は、よく手入れをされていることが窺えた。そのまま勢いよく落下させる——見上げたミナミの顔面へと。
「……と、言いたいところだけど」
ミナミの瞳へ一センチにも満たない距離まで振り下ろされた刃の先は、そこでピタリと止まった。ミナミの澄んだ瞳が、間近の刃を映して一度瞬いた。
「お前の度胸と情報に免じて、『蘇生』の力の確認はやめておこう。まあ力があろうがなかろうが、引き渡すならどうでもいいしね」
刃はミナミの顔を離れた。水面の手中でパタンと閉じられ、たまかはほっと息をついた。
「……本当は、うちも『蘇生』の力が欲しかったんだけどね。蘇生の力があれば……死んだ仲間を皆、蘇らせることが出来たでしょ」
水面はそう続けて、薄く笑った。少し、曇りのある笑みだった。誰よりも、仲間思い。ミナミの言っていた縹様像は、どうやら本当だったらしい。
「蘇生の力に頼るより、失わない方向に舵を切るのがいいと思います。自分で自分の仲間を傷つけていちゃ、元も子もないと思いますよ」
「おや、あたしに説教? 本当、いい度胸してるね」
水面は声量を低くして、きこえるかきこえないかという声で呟いた。
「……本当お前、似ているわ」
呟きは虚空へと消えた。水面はミナミの首を解放すると、立ち上がった。ミナミも咳き込んだあと、慌てて追う様にして立ち上がる。
「じゃあね、九十九たまか。お前と話せて、有意義だったよ」
たまかを見下ろし、水面は不遜な笑みを浮かべた。
「願わくば、お前が苦しまずに死ねることを望むよ」
「それは……どうも」
たまかも強気な笑顔を作った。しかし、水面には強がっていることも全てお見通しらしかった。嘲笑、しかしどこか柔らかさも含む不思議な笑みを残して、水面は長い足を踏み出した。颯爽と部屋を出て行く水面に、ミナミも慌てて後を追い駆けた。やがて、ぱたんと扉の閉まる音がきこえてきた。部屋に一人取り残され、たまかは深く息を吐きだした。
「胃がもちません……」
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