第14話
「九十九たまかを連れてきました」
他の物とは一線を画す、重厚な扉。その前に立ったミナミが、中へと声を張り上げた。半歩後ろに立つたまかは、緊張のあまりごくりと唾を呑み込んだ。
「おう。入りな」
中からくぐもった、しかしよく通る凛とした声が返事をした。ミナミは返事を確認すると、そのままドアを開けた。やはり、『ブルー』にノックの概念はないらしい。
開け放たれた扉の奥には、ソファにすらりとした足を組み、踏ん反り返る水面の姿があった。顔には、余裕の見える笑みが浮かんでいた。真っ直ぐとたまかを見つめている。
ミナミは深く一礼すると、部屋の中へと入っていった。遅れないよう、たまかもついていく。目が泳ぎそうになるのを、ぐっと堪えた。
「何か重要な情報を隠していたんだって?」
水面は嘲った。たまかは動かしていた足を止めそうになったが、何でもないように取り繕った。
「はい。切り札は、残しておくものですので」
「あっはっはっは……」
水面は可笑しそうに笑ったあと、上体を素早く起こした。組んだ足の上にひじを立て、掌に顔を埋めて不敵に笑った。
「無事でいられると思うなよ?」
「……」
顔は笑っているのに、目は笑っていないように見えた。まるで、草食動物を前にした肉食獣。たまかは背筋にうすら寒いものを感じた。震えてしまうのを我慢して、気丈に振舞う。そんなたまかに、水面はテーブルを挟んで対に置かれたソファを示した。
「ま、座りな」
「……失礼します」
たまかは一言断り、素直にソファへと座った。ふかふかで、随分といい素材を使っているように感じた。黙って見ていたミナミは、深々と礼をして、部屋を後にしようと足を一歩後ろへ動かした。
「待ちな」
水面は短くミナミを呼び止めた。ミナミが足を止めて顔を上げると、水面は手をこまねいた。ミナミは不思議そうな顔をしたが、何も言わずに水面のもとへと急いだ。
ミナミが水面の横へ立ち頭を下げた瞬間、水面の腕は目にも留まらぬ速さでミナミのみぞおちに埋まっていた。
「カハッ……」
ミナミは自身の身体を抱くようにして、その場に崩れた。呼吸がままならないらしく、口をぱくぱくとしては必死に酸素を取り込む。たまかは一瞬で起きた出来事に、茫然と口を開けた。
水面は拳をもとに戻すと、蹲るミナミの首を腕で乱暴に抱き寄せた。端整な顔にはビジネス用と思われる笑みが浮かんでいたが、行動とのチグハグ感はたまかをぞっとさせるばかりだった。
「……さて。じゃあきこうかね、重大な情報とやらを」
「なぜ部下を置いておく必要が?」
説明もなく話を再開させようとする水面に、たまかは苦しそうな顔のミナミを一瞥して訊き返した。
「お前の代わりさ。お前に大きな傷はつけられないからね」
水面は軽く答えた。当たり前だ、とでもいうように一言で流し、たまかの口が開くのを待つ。その腕の中で、ミナミは肩で息をしていた。
……ミナミさんからきいていた情報と、随分違いますね。
たまかはミナミを内心心配しながら、顔に出さないように気を付けた。しかし、それすらもお見通しであるというように、水面の深い色の瞳が細められた。
「……あと、こいつはお前に随分と私のことを吹聴したようだからね」
「え」
「お前の顔を見ていれば、わかるよ」
(なるほど、確かにミナミさんのお話で、水面さんへ『優しい印象』みたいなものがついていた節はありますが……それを見越して、ってことなんでしょうか)
そして、勝手なイメージを植え付けるもととなったミナミへの罰も兼ねているのだろう。どの組織もメンツを何よりも重視しているときく。組織の顔である長への印象を改めておきたい、という判断もあるのかもしれない。力任せというイメージのある『ブルー』だが、それだけではないということが、嫌でも身に染みた。
(……どうしましょう。重大な情報なんてハッタリ、嘘だったって言ったものならミナミさんが殺されかねません……)
自分の身を削る覚悟で嘘をついたが、ミナミが危害を加えられるとなるとまた話は違ってくる。そして、水面はそこまで読んだうえでミナミを人質にとったのだろう。たまかの世話をミナミに任せたのも、最初から情が移ることを見越してのことだったのかもしれない。たまかは小さく唇を噛んだ。
「さて。まだ待たせるの?」
水面はたまかの顔を窺った。口調は優し気だったが、その腕に抱えられてるミナミの首を絞める腕には、力が入っているようだった。ミナミはすぐ上にある水面の顔を見上げた。水面はたまかを真っ直ぐと捉えていて、そちらには見向きもしなかった。
いつミナミが殺されてもおかしくない状況だ。たまかは急かされるように口を開いた。
「私、縹様にききたいことがいくつかありまして。それでミナミさんに頼んで、この場をセッティングして貰いました」
「答えるかどうかは、お前の言う情報にどれだけの価値があるか次第だね」
水面は笑みを絶やさなかった。たまかは目線を下げた。いかにも高級そうな材質のテーブルをしばし見つめ、そして、顔をあげた。
重大な情報。ないなら……作るしか、ない。
「……重大な情報、ですが。私……、『蘇生』することが出来ます」
ミナミはその眼を見開いた。水面は一瞬笑みを引っ込めたが、より口元の弧を深くした。
「へえ? つまりお前は昨日、嘘をついていたと?」
「そうなります。どうしても貴方方を信用出来なかったのです。……ですが、こちらに泊めて頂いて、ある程度貴方方のことも分かってきました。ですから、真実を言うに相応しいと思ったのです」
ハッタリもハッタリ、まごうことなき虚言である。しかし、こうなった以上、突っ走るしかない。努めて冷静に、たまかは一言一言を語りかけるように発した。
水面は顎に空いた方の手をあて、何やら頭の中でいろいろと考えるように、視線を逸らした。
「それは……、うん。確かに、『重要な情報』だね。とても『重要な情報』だ」
水面の反応からして、感触は良いようだ。たまかは内心胸を撫で下ろした。
(『ブルー』からしてみれば、本人が『蘇生出来る』と認めたとなれば、引き渡し先に不要な嘘をつかずに済みますからね。後々引き渡し先から蘇生なんて出来ないじゃないかと文句を言われても、『本人が認めた』の一点張りが通用するようになる。願ったり叶ったりでしょう)
「じゃあさ」
水面は、軽い調子を崩さずに声をかけた。
「ここでミナミを殺しても、蘇生出来るってこと?」
「え?」
たまかは思いがけない言葉に、目を白黒させた。
(た、確かに……! 蘇生出来るって言った以上、死体を提示されても蘇生出来ないといけませんね……!)
冷や汗をかきながら、取り乱さないようになんとか堪えて、たまかは頷いてみせた。
「そうですね。構いませんよ。ただし、能力の行使には一定の条件がありますので、すぐに出来るかどうかは怪しいですが……」
突貫工事の設定を付け足した。まるで学者になったような顔で、知ったかぶって講釈を垂れる。
緊張した空気の中、水面が吹き出した。そして、笑いながら、「じゃあ、やってみるか」と朗らかに言った。たまかはその言葉に顔を青くした。……水面なら、本当にやりかねない。そしてそうなった場合、この場に残るのはミナミの死体のみである。
「まあ、その前に……。訊きたいことがあるんだっけ? 有益な情報がきけたからね、あたしもその分答えようか」
そうだ。水面に接触した目的は、これだった。たまかは真面目な顔を作り、気を引き締めて背筋を正し、口を開いた。
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