第6話
連れていかれた先は、『ブルー』のアジトだった。交流の窓口ともなっている『ブルー』の事務所の場所は知っていたが、それとは別の、たまかの初めて見る場所だった。広い敷地内にある建造物は一つ一つがかなり大きく、それがいくつも複合して構成されていた。建物内へ入ると、『ブルー』の制服を着た少女が至るところで忙しなく歩いていた。
一室に連行され、椅子に座らされたと思うと、手足を縛りつけ、固定された。一瞬で完全に身動きが取れなくなってしまった。たまかは強張った顔で、『ブルー』の少女を見上げた。腕を引いてきた彼女は、ショートカットの髪をかき上げ、たまかを侮蔑の籠った目で見下ろした。
間もなくして、部屋に二人の『ブルー』の制服が姿を現した。一人は水面だ。もう一人は先程居合わせた、部下の一人だった。弧を描く黒髪をサイドに結んでいて、歩く度に跳ねていた。水面はたまかの目の前に立った。威圧的に見下ろされる。二人の部下は、その奥でじっとたまかの動向を窺っている。何かあればすぐに殺してやる、そんな目をしていた。
(ご、拷問……されたりしませんよね)
たまかはごくりと唾を呑み込んだ。しかし、どうあがいても逃げることなど出来ない。今のたまかは、煮るなり焼くなりされるのをただ待つしかない状態だ。
「さてと。ゆっくりとお話しようじゃないか」
水面は笑みを浮かべた。たまかは、引きつった笑みで返すしかなかった。
「名前は?」
「……九十九(ツクモ)たまか、です」
「『不可侵の医師団』に所属しているそうだね」
「は、はい。そうです……」
相手を窺うように返事をする。この程度はすぐにわかる情報だ、出し惜しむようなものではない。たまかは従順に答えた。
次の質問は、即座に出されなかった。水面は鋭い目を細め、慎重に切り出した。
「……蘇生が出来るそうだね。本当?」
「……へ?」
たまかは口を半開きにした。
蘇生?
何を言っているのか、わけがわからない。微塵も予想していない単語だった。
水面は、さらに目を細めた。顔付きは変わっていなかったが、その言葉尻は先程より高圧的だった。
「……もう一度訊くよ。お前、蘇生が出来るんだよね?」
「……」
聞き間違いではなかったらしい。冗談を言っているような顔でもなかった。たまかは茫然としていた顔を解くと、勢い良く首を振った。
「ま……待ってください! 一体何の話ですか? 蘇生なんて、出来るわけがありません」
「……」
水面は何も言わなかった。しかしその目は冷ややかで、値踏みするようにじっとりとたまかを捉えていた。それから、やれやれと呆れたように首を振った。
「ネタは上がってるんだ。隠しても無駄だよ」
「か、隠してなんていません、事実です。蘇生って、死んだ人を蘇らせるってことですよね? そんなの無理に決まっています……!」
たまかは慌てて、誠心誠意訴えた。腰に手を当てた水面の奥から、ショートカットを揺らして『ブルー』の少女がたまかへと近づいた。なんの躊躇いもなく、握られた拳が勢いよくたまかの腕を殴打する。たまかの身体に、衝撃と激痛が走った。同時に、たまかを縛り付けた椅子が、たまかごと床へと倒れていった。ガタン、と音が響いた。
「いたた……ほ、本当です! 本当に蘇生なんて知りません! 人違いではないですか!」
二枚歯がカツカツと音を立てた。たまかを縛り付けたまま横転した椅子の足へと、水面が優雅に腰かける。足を組むと、その上に腕を立て、顎を乗せた。微笑みを浮かべたまま、痛みに顔を歪めるたまかを見下ろす。たまかはひたすら見上げることしか出来ない。
水面は慣れた手つきで銃を取り出すと、くるくると回しててさすんだ。ぴたりと止めて引き金に人差し指をかけると、親指でセーフティレバーを下げた。そして、銃口をたまかの額に押し当てる。
「質問を変えようか」
たまかは額に当てられた銃口、そして背中に当たる床の冷たい感触に身を冷やしながら、水面の肉食獣のような瞳を見上げるばかりだった。
「お前、『レッド』の奴といたよな? あそこで一体何をしていたんだ」
たまかは銃身を一瞥した。
「……匿ってもらおうと、していました。貴方達に追われていたので」
水面は、片眉を寄せた。
「匿う? なぜ?」
「……貴方達と敵対している組織なら、私を保護してくれると思ったのです」
「ううん? ……じゃあ何、『レッド』に連れ去られそうになっていたわけじゃなくて、お前から声を掛けたっていうこと?」
「は、はい」
たまかは、正直にありのままを話した。ここで嘘をついてもすぐにバレるだろうし、特段隠すようなことでもない。
「……『レッド』に売られるとは思わなかったの? 素直に隠れていた方が良かったと思うが。あそこは人目につきやすいでしょう」
「も、もともと『レッド』に接触しようとしてあそこにいたわけではなく、服屋を探していただけで……」
「服屋?」
「制服を着替えたかったんです。汚れていたので」
そこで、耐えきれないというように水面が吹き出した。腹を抱えて笑う『ブルー』の長の声が、しばらく部屋に木霊した。たまかはまさか笑われるとは思っていなかったため、変な表情のまま固まった。部屋にいる『ブルー』の部下の二人は、お互い顔を見合わせた。
水面は一頻り笑った後、可笑しそうにしながら再びたまかを見下ろした。
「お前……弱そうなナリして、意外と肝が据わっているね。自分が命を狙われていると知って、震えて隠れるどころかそんなことを考えるなんて。こんな出会い方していなけりゃ、『ブルー』に欲しかったよ」
そう言うと、銃口をたまかの額から離した。セーフティレバーが上げられ、たまかはほっと息をついた。
「あたしらに捕まったら、大抵の奴は泣き喚いて命乞いするんだけどね。お前は平然とした顔で答え続けてて、面白いわ」
水面は愉快そうにそう言うと、たまかごと腰に敷いていた椅子から立ち上がった。『ブルー』の部下がくるくるのサイドテールを揺らして近づき、無言のまま乱暴に椅子を立たせた。
「……平然としているように見えますか? 内心肝を冷やしっぱなしですが……」
「で、蘇生については認める気はないの?」
「私が蘇生出来るなんて、一体どこ情報なんでしょうか? 蘇生なんて出来る訳がありません」
たまかが困ったように言うと、水面は「ふうん」とおざなりに答えた。
「……まあ、お前が認めようが認めまいが関係ないよ。あたしらはお前を引き渡すだけ」
……引き渡す?
たまかは顔を顰めた。しかしそれ以上説明する気はないらしく、水面は銃を懐へと仕舞った。それから思い出したように、「ああ、そうだ」と呟いた。
「お前、あの場であたしらのもとに来れて良かったね。『レッド』になんか行った暁には、無様に裏切られて売られていただろうよ」
「え……。そう、なんですか?」
「『レッド』の奴らは卑劣だからね。常に利益を優先して、義理なんてありゃしない。うだうだと頭でこねくり回してばっかりの、こすい奴らだよ」
水面はたまかに背を向けてドアへと向かおうとし、足を止めた。振り返って、肩を竦める。
「『レッド』に連れてかれてたら、今頃お前の前には死体がいくつも転がってたはずさ。『蘇生させないと殺す』、って脅し文句付きで」
たまかはぞっと背筋を凍らせた。それには見向きもせず、水面はけらけらと笑いながらドアへの歩みを再開させた。二枚歯が小刻みに音を立てる。
「後はよろしくね。引き渡しは明日だから、それまで面倒みるように」
水面は部下達に向かってそう言い残すと、部屋から去っていった。
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