第4話

(『ブルー』の者に追われているのでしたら……、頼る先は、『レッド』、なのでは?)

 『ブルー』と『レッド』、そして『ラビット』は、お互いに敵対関係にある。この三組織は折り合いが大変悪く、日々どこかで抗争が勃発している程だ。常に他の組織と戦い、他の組織の利を奪い、他の組織の動向に目を光らせている。つまり、『ブルー』から匿ってくれるところといえば、敵対関係にある残りの組織ということに、なるのではないだろうか。たまかはごくりと唾を呑み込んだ。昔はこういう時、『警察』という組織が保護する役割を担っていたときいたことがあるが、今や名前をきくことすら珍しい弱小組織と成り果てている。活動してはいるようだが、三大組織の顔色を窺い、銃や情報を仕入れては各組織へと売っている組織だと伝えきいている。少なくとも、今の状況で頼ろうとは思えない。

 そして、三組織のうち『レッド』と『ラビット』のどちらを頼るべきかと考えれば、言わずもがな『レッド』だ。『ラビット』は、愉悦をモットーとする話の通じない集団だ。助けを乞うどころか、出来れば関わり合いになりたくない。ならば消去法で、『レッド』が最適解となる。そして幸運なことに、今、目の前に『レッド』に所属する者がいる。

「……」

 『不可侵の医師団』の仕事として以外で、各組織の者へと接したことはなかった。手汗の滲む掌をぎゅっと握ると、たまかは意を決して踵を返した。洋服店の自動ドアに背を向け、その隣に伸びる裏路地へとずんずんと進んでいく。黒い服の相手が、深く被った帽子越しにこちらを警戒するように鋭く見つめた。それに気付いた『レッド』の少女も、こちらへと振り向いた。たまかはそれでも、緊張した面持ちのまま歩みを進めた。

 『レッド』の少女は、振り返った状態のまま、腕と身体の間から僅かに銃口を伸ばした。突然近づいてきた不審人物を、一切の躊躇いなく捉えていた。

「止まれ」

 低い、有無を言わさぬ声に、たまかは足を止めた。鈍色の穴は、依然たまかを捉えたままだ。『レッド』の少女は、眉を顰めた。

「何の用だ。……その制服は、『不可侵の医師団』の……?」

 たまかのボロボロの制服を、舐めるように見る。たまかは険しい顔のまま、震えないように声を張り上げた。

「はい、私は『不可侵の医師団』の者です。そ、その……助けて欲しいのです」

「……取引の邪魔をしに来たのではない、と?」

 『レッド』の少女は黒服を一瞥した。黒い服の者も、真意を探るようにたまかを値踏みしていた。たまかは素早く首を縦に振った。

「は、はい」

「……なんだ。てっきりあんたが裏切ったのかと思った」

 『レッド』の少女は、黒い服の者へと見せつけるように冷笑を浮かべた。黒い服の者は「冗談を」と短く返し、笑みを貼り付けながら首を振った。『レッド』の少女はたまかへと「少し待て」と言い置くと、黒い服へと顔を戻した。しかし、銃口はたまかに向けられたままだった。

「とりあえず、取引は成立だ。三千で」

「ああ。良い取引だった。これからもよろしく頼むよ」

 黒い服の懐から茶封筒が取り出され、『レッド』の少女の前に差し出された。『レッド』の少女はそれを受け取り、皺を付けないよう慎重にスカートのポケットへと入れた。

「さて」

 取引は無事に終わったらしい。『レッド』の少女はたまかへと一歩近づいた。銃口が光に反射して鈍く光った。

「助けて欲しい、とはどういうこと? どっちかというと、助けるのはお前らの方では?」

 『レッド』の少女は訳がわからないという顔をしながら、それでも何か情報を得ようとたまかへと問い質す。彼女の軽口に、後ろにいる黒い服の者だけが小さく失笑した。たまかは銃口に吸われそうになる視線を、『レッド』の少女へと固定した。

「『ブルー』に追われているんです。何も心当たりがないのですが」

「……『ブルー』に? 『不可侵の医師団』の奴が……?」

 困惑したように呟いたあと、『レッド』の少女は、目を細めた。

「……なるほど。つまり、『レッド』に匿って欲しい、ということか」

「は、はい」

 流石、知識集団『レッド』に属する者だ。話が早い。たまかは胸を撫で下ろした。まずは第一関門クリアと言っていいだろう。発砲されず話が出来、さらに状況を伝えて理解して貰えた。ただの一般市民としては、上出来だ。

 『レッド』の少女は、再びたまかの制服を見下ろした。

「……しかし、お前が本当に『不可侵の医師団』の者であるという保証は? 『ブルー』や『ラビット』のスパイの可能性だって、充分ありそうだけど。制服だけで判断するのも早計でしょ?」

「たっ、確かに。えっと、私、『不可侵の医師団』の証明書を持っています」

 たまかは慌てて制服のポケットへと手を突っ込んだ。緊張のせいか急いでいるせいか、なかなか指先が言うことをきかない。こうしている間にも、目の前の銃口から弾が出て胸を貫くかもしれない。もどかしい思いをしながら、もたもたとポケットから証明書を取り出した。プラスチック製の、免許証サイズのカードだ。お目当てのものを取り出せて、たまかはほっと安堵した。

 それを目の前の少女に差し出そうとして——顔をあげた先、少女の奥で黒い服が血しぶきをあげてその高身長を傾けていた。たまかの目が見開かれるにつれて、その身体も地面へと距離を縮めていく。やがて、血を大量に吐き出しながら、黒い服を着た人物は地面へと捨てられたように倒れた。その目は見開かれ、口はだらしなく開いたままだった。微動だにせず、だらだらと血だけが流れ続けていた。……治療しないと。そう思い駆け寄ろうとして、ふと『レッド』の少女へと視線を移す。彼女は倒れた人物を振り返ることなく、たまかの奥を一心に睨み付けていた。たまかへと向けられていた銃口も、いつの間にかそちらへと合わされている。そしてその顔には、最大級の警戒が滲んでいた。たまかもつられ、振り返った。

 細い路地を通せんぼするように、四人の少女が立っていた。こちらを向く銃のうちの一つから、硝煙が立ち上っている。どの子も薄群青色を基調とした同じ制服を着ていた。右前ですらりと合わせている襟、長く垂れ緻密な模様が彩る袂、胸の下に結ばれた太い帯。フリルが縁取る短いプリーツスカート、二枚歯に鼻緒が特徴的な履き物。頭には一輪の大きな花が目立つ簪を挿している。この制服は、間違いない。『ブルー』のものである。『ブルー』の四人の後ろで、大通りを歩いていた人々が次々に足を止め、何事かとこちらに注目を向けていた。立ち止まった群集は自然と人垣を作り、こちらを指差したり、ざわざわと喚いたりしている。

 後ろの『レッド』の少女が、素早くたまかの後ろへと移動した。まるでたまかを盾にするように、その影へと潜む。『ブルー』の一人が舌打ちをした。三つの銃口がたまかへと向けられていたが、発砲されることはなかった。『レッド』の少女、そして『ブルー』の少女達は、互いに睨み合う。そんな中、『ブルー』の一人が一歩、前へと出た。彼女は唯一、その手に銃を持っていなかった。健康的な長い脚をすらりと伸ばし、堂々たる振舞いで仁王立ちになった。たまかより高い位置にある頭には、赤い椿を象った簪が咲いていて、一瞬目を奪われる。セミロングの紺色の髪は、明るい瑠璃色のインナーカラーでその小顔を縁取っていた。キリッとした細い眉、獲物を狙う豹のように研ぎ澄まされた目。端整な顔立ちには、精悍さが滲んでいた。

「隠れてないで出てきなよ」

 少女は凛とした、しかし自信を感じさせる声を響かせた。まるで歌手のような、よく通る声だった。たまかはその言葉から、自分に言われたものではなく、後ろの少女へかけられたものなのだと悟った。

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