第24話 恥ずかしながら、いつもこうなんです

 すっかりひらいたそのさき――そこは〝ちゅう〟じゃなかった。

 ざしがらすひろにわえる。白壁しらかべへいかこ日本にほん庭園ていえんだ。

 わた廊下ろうかがこちらにかってびていて、そのこうに建物たてものえる。

 瓦屋根かわらやねおおきなお屋敷やしきだ。

「ここって!?」

 そう。ドアは一軒家いっけんやとなりにあったおおきなおおきなお屋敷やしきなかつながっていたのだ。

 もしかしたらっておもってたけど――

「ぁ、あのおおきなお屋敷やしきが、犬上いぬうえくんのいえなんですか?」

「ええ。さっきの部屋へやちがいすぎてびっくりしたでしょ?」

「は、はい……」

 わたしはちいさくうなずくしかなかった。

 よくかんがえてみたら当然とうぜんだ。犬上いぬうえくんのはなしでは、『家族かぞく』はたくさんいるってことらしい。

 なのに、あの部屋へやにはそんなに大勢おおぜいひとがいるようなかんじはしなかった。


 くろスーツさんその2のうしろにつづいて、わた廊下ろうかあるく。

 一体いったい犬上いぬうえくんってどんなひとなんだろう?

 身近みぢかなのに、よくわからない。

 そういえば……

「ぁ、あの。いてもいいですか?」

「ええ、なんでしょう?」

「さっきから犬上いぬうえくんをんでる、〝ソウリョウ〟ってなんですか?」

 わたしはずっとになっていたことをいてみた。

「ソウリョウ? ──ああ、ソウリョウのことですか?」

「そ、そうです。ソウリョウ。もしかして、クミチョウとかワカガシラとか……?」

「はは。もしかして、カンちがいしてますね」

 くろスーツさんその2は、すこしだけわらうと、むねってった。

いぬ上家うわや代々だいだい警察官けいさつかんおおしている家柄いえがらです。おっしゃるような方々かたがたとは、むしろ敵対てきたいするほうですよ」

「え、あ、す、すみません!!」

 そうだった! このあいだ便利べんりさんがってたっけ。

 たしか、犬上いぬうえくんいえ警察けいさつのえらいひと実家じっかだったとか……。

 ほんと、失敗しっぱいだ。

「〝惣領そうりょう〟というのは、〝つぎ頭首とうしゅ〟という意味いみ言葉ことばです」

「え?」

ふる言葉ことばですから。いま使つかいませんよね」

 す、すごい! 頭首とうしゅだなんて。本当ほんとうおどろいた!

 

 それだけじゃない。わた廊下ろうかあるいてみて、お屋敷やしきひろさを実感じっかんする。

 しばらくあるいてやっとお屋敷やしきちかづいてきた。

(わ……!)

 白砂しらすにはえる手入ていれされたまつ波紋はもんかぶしま見立みたてられたいわ枯山水かれさんすい――だっけ? とにかく見事みごと日本にほん庭園ていえんだ。

 このお屋敷やしきといい、犬上いぬうえくんってなにかとんでもないいえなんじゃ……。


「さ、こちらですよ」

 にわとれていたわたしのうしろからくろスーツさんその2のこえがした。


(ふ、えた!)

 いたわたしは、かたまってしまった。

 たたみがしかれたおおきな広間ひろまくろスーツさんたちがずらりとならんでいる。

 一、二、三……十、十一、一緒いっしょあるいてきた一人ひとりわせて十二にん

 いずれもそろいのくろいスーツにつつみ、ながいテーブルをまえがってこちらをみている。

 わたしはかたいつばをんだ。


たんだな! よかった――」

 犬上いぬうえくんは、テーブルのはしっていた。

月澄つきすみは、そこにすわってくれ!」

 ゆびさしたのは、犬上いぬうえくんのかいがわ

 お誕生たんじょうせき──この場合ばあいは〝上座かみざ〟というのかな?

 わたしにとっては、地獄じごくのような場所ばしょだ。

 

「わ、わたし、すみっこのほうで……」

「いいからすわれよ。客人きゃくじんだぞ、おまえは」

 部屋へやすみに、こそっとすわらせてもらって、ちょっと紹介しょうかいがあるだけ、くらいがよかったんだけど……。

 でも今更いまさらかえすわけにもいかない。

 わたしはカチカチになりながらもせきいた。

 

「そんなにかたくならなくても大丈夫だいじょうぶですよ」

 こえをかけてくれたのは耀ようにいさんだ。

 よかった――。

 っているひとが、よこすわってくれているだけで安心あんしんする。

 

 テーブルのうえには、もう料理りょうりならんでいた。

 和食わしょくをベースにした『おぜん』がそれぞれのせきまえある。

 それだけじゃない。

 ガッツリけいにくぶつものがテーブルのなかにドン! ドン! と皿盛さらもりされている。

 るからに、おいしそうで、あごのしたいたくなってくる。

 いきめてないと、おなかってしまいそうだ。


「さて……てのとおり、今日きょう客人きゃくじんている。べにあね友人ゆうじんのご息女そくじょ月澄つきと……さんだ」

 犬上いぬかみくんがくちいた。

 ひぃっ! いきめている場合ばあいじゃなかった。


 くろスーツさんたちの視線しせんがわたしにかってあつまってくる。

 な、な、な、なんかわなきゃ――――!

 パニックになりそうだけど、おれいだけはちゃんといたい。

 わたしはゆっくりがった。


「ぁ、あの……。その……。し、しばらくのあいだ、お世話せわにならせていただきます。月澄つきすみ佳穂かほです。こ、こ、こ、このたびはお世話せわになるだけじゃなくて……、ご、ご相伴しょうばんにあずかり……、ほ、ほ、本当ほんとうにありがとうございます! 」

 ぃ、えた――!

 しぼすようなこえだったけど、なんとかえた!

 も、もう、今日きょうはこれだけでいい。

 わたしは放心ほうしん状態じょうたい着席ちゃくせきした。 

「と、いうわけだ。みな、よろしくたのむ」

 犬上いぬうえくんがなんとなく、満足まんぞくげにえるのはのせいかな?

 でも、びっくりしたのはそのあとだ。

 

「それでは――――うぞ。いただきます!」

「いただきます!」

 犬上いぬうえくんの号令ごうれいとともに、せき一変いっぺんした。

「いいですか! いつものとおり、自分じぶんのおぜんからっぽになってからですよ!」

 耀あかるにいさんだ。みんなにかって大声おおごえこえをかけている。

 それをいているのかいないのか、みんな、もくもくと料理りょうりくちはこんでいる。

 のせいかたえ迫力はくりょくかんじる。

 

 ――やっとごはんだ!

 出遅でおくれたわたしはなおしておはしにとった。

「いただきます」

 はやる気持きもちをおさえて、自分じぶんまえ料理りょうりける。

 もちろん最初さいしょれいの〝かみのみそしる〟だ。かおりでわかる。

 これは、耀ようにいさんのによるものにちがいない。

 はごぼうとにんじん。

「……おいしい」

 おもわずつぶやいてしまう。麦味噌むぎみそ素朴そぼくあじがたまらない。

 つぎ小鉢こばちだ。イカざといも。いろそえにはほうれんそうのおひたし。

 んんんんん……。しあわせ……。

 おもわずうなってしまう。

 イカのおだしがサトイモのなかまでしっかりしみわたっている。

 今日きょうはしまらない!

 メインのざかな。これは──なにだろう?

 ちいさめのさかな一夜いちやしだ。

「ハタハタです」

 こえをかけてきたのは耀あかるにいさんだ。

「こっちではあまりかけませんけど、美味おいしいですよ」

 われてはしをつける。

 ほどよくきしまったがホロリとけ、ぎゅっとつまったおいしさがくちなかひろがってゆく。

本当ほんとうによくべるな。どこにはいるんだ?」

 かいにすわっている犬上いぬうえくんだ。

 うぐぐ……。

惣領そうりょう失礼しつれいですよ」

 耀ようにいさんがたしなめる。

「で、でも、本当ほんとう美味おいしいです。このあいだおもったんですが本当ほんとうにプロのほうみたいで……」

「ありがとうございます。当番とうばんますからね、きそいあってるうちになんとかかたちになってきました」

当番とうばん?」

「ここにいる全員ぜんいんまわりです。たまたま、今週こんしゅう当番とうばんわたしだっただけですよ。惣領そうりょう当番とうばんだってありますから。なかでもにくじゃがは絶品ぜっぴんです」

「え!? 犬上いぬかみく……そ、総領そうりょうつくるんですか?」

 学校がっこうではそんな素振そぶりはたことがなかった。

耀よう! ヒミツだってったろ!」

「そうですね、あんまりうんでバラしちゃいました」

 耀ようにいさんがわらう。

月澄つきすみいまのはわすれろよ! それから、〝総領そうりょう〟もやめてくれ!」

 犬上いぬうえくんがくちをとがらせる。

 その犬上いぬうえくんのさら何者なにものかのはしびた。

べないんなら、もらっちゃいますよ!」

 はしさかなをつまんでいるのはくろスーツさんその2だ。

「あ!? と、とうにい!!」

 犬上いぬうえくんががる。

 それを合図あいずに、食事会しょくじかい戦場せんじょうになった。

 くろスーツさんたちは、もう自分じぶんぶんたいらげていて、大皿おおざら料理りょうりをつけはじめている。

「そんなにるなよ!」

「うるせ! はやいもんちだ」

「こっちは全部ぜんぶもらうで!」

「あー、それねらってたんだぞ!」

昨日きのうゆずってやったろ! 今日きょうおれゆずれよ」

 みんな猛然もうぜん皿盛さらもりの料理りょうりってき、みるみるうちに料理りょうりやまひくくなる。

 すごい……。

ずかしながら、いつもこうなんです」

 耀ようにいさんがこまったかおわらっている。

 わらっているけど――耀ようにいさんのさらうえには、だれよりもたか料理りょうりやまができていた。

 ぃ、いつのに!?


「あーてメェ! なんでそんなにおおさかってんだよ。ちょっとは、かえせよ!」

「おことわりです。製造者せいぞうしゃ特権とっけんとして、これはぜーんぶいただきます」

 耀ようにいさんは楚々そそとした雰囲気ふんいきすこしもくずさず、まえやまくずしていく。

 まるで手品てじなみたいだ。

 わたしもけてはいられない。

 がっつりメニュー。自分じぶんぶん確保かくほすると、ゆっくりいただきはじめた。

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