第22話 お前……もしかして!?

 雨上あめあがり。

 カラフルな中華街ちゅうかがい看板かんばん夕立ゆうだちあらわれていつもよりよけいにあざやか。

 ひとつビルの屋上おくじょう

 フィンくんたちとわかれたあと犬上いぬうえくんはわたしに『ビルのうえってろ』とだけってはしっていった。


 ――あれは、まぼろしだったのかな? 

 さっきのいかけっこ。本物ほんもののオオカミの姿すがたわったように〝こえた〟犬上いぬうえくん。

 はっきりとたわけじゃない。かがやおと視界しかいでのことだった。

 草原そうげんをわたるようなやさしいみどりかぜが、つめたいもりきぬけるような灰色はいいろかぜわった。

 あの灰色はいいろかぜ。〝見覚みおぼえ〟があった。

 昨日きのう祭礼さいれいもと風紀ふうき委員いいんちょうをわたしのところにれてきた〝だれか〟にそっくりだ。


 ――こわかった。あのままかえってないんじゃないかとおもった。

 もしかして、あれが姥山うばやまさんのっていた〝暴走ぼうそう〟なのかな?

 それに、おかしかったは、犬上いぬうえくんだけじゃない。わたしのほうもだ……。


たせたな、ほら!」

「ひゃああっ!」

 突然とつぜんうしろからこえがして、わたしは大声おおごえしてしまった。

 うしろには犬上いぬうえくんがっていた。

 かんがごとをしていたせいだ。〝みどりかぜ〟ぜんぜんかなかった。

 犬上いぬかみくんはあまいにおいのするかみづつみをわたしにかってしていた。

「え!? いいの?」

「いいよ。はらへったヤツをほっとけないんだ。オレは」

 ると、なかには四角しかくくてあたたかい台湾たいわんカステラがはいっていた。

「ぁ、ありがとう」

 わたしと犬上いぬかみくんは、ビルの屋上おくじょうえんこしろした。

 ひかかがやかわのような中華街ちゅうかがい見下みおろしながら、あまいカステラをほおばる。 

 ふわふわの生地きじはとてもやさしいかおりがした。


「おまえさ――なんでおれの名前なまえっていたんだ?」 

 うぐっ!

 突然とつぜんかれて、わたしはカステラをのどにつめてしまいそうになった。

「ぇ、ぁ……あの」

 やっぱり――!

 ちゃんとかれてたし、しっかりおぼえられてもいた。

 

そうくん!』

 

 わたし、どうして犬上いぬかみくんのことを、〝名前なまえ〟でんじゃったんだろう?

 いままでそんなかた、したことなんてなかったのに!


「――――ニ、ニワトリさんからいたの!」

 わたしは必死ひっしかんがえて、おかしなところのないこたえをくちにした。

「……そっか」

 犬上いぬうえくんは一言ひとことだけ返事へんじをした。

 だ、大丈夫だいじょうぶ、だよね?

 

 ――――あのとき

 一瞬いっしゅんゆめたようながする。

 わたしじゃないだれかになって、どこかわからないとおいところで、だれかにかってさけんでいたようながする。

 あれは、わたしだったのかな?

 それとも、いまのわたしのほうがまぼろしなのかな? 

 

「……………………」

「……………………」

 にぎやかな中華街ちゅうかがいとは対照的たいしょうてきな、ビルの屋上おくじょう

 カステラをくちはこまったままだ。

 犬上いぬかみくんは、じっと左手ひだりてていた。さっき、わたしとつないでいただ。


「おまえ、もしかして……」

 わたしはぽかんとくちけながら、つぎ言葉ことばった。

「いや――なんでもない!」

 犬上いぬうえくんはカステラをくちにつめんで、がった。


「じゃあ、な。また明日あした。あの運転手うんてんしゅにもよろしくな!」

 そううと、みどりかぜはビルのうえをポン、ポーンとけて、やがてえなくなっていった。


 なななな、なにいまの? どういうこと!? 

 も、もしかして、わたし《コウモリ》が佳穂かほ《わたし》だってがついたんじゃ!? 


 ブーブーブー。

 ポケットのスマホがふるえている。

 通知つうちやまのようにている。

 便利べんりさんと姥山うばやまさんからだ。

 無事ぶじ報告ほうこくしなくっちゃ。

 わたしはがった。 


    *      *


はやかねえと……)

 鳳雛ほうすう学園がくえん高等こうとうねん、ウゴ・ミジャンはあせっていた。

 うみこうにえている山下やました公園こうえん

 コウモリは今日きょう、その背後はいごにある、中華街ちゅうかがいあらわれたのだという。

 とうとしたとき――何者なにものかに邪魔じゃまされた。

 くらうみにはっきりえたしろかげ

 頭突ずつきにり。素早すばや攻撃こうげきでウゴがつのを邪魔じゃまをする。

一体いったいなんなんだこいつは!)


 おもたることがある。

 昨日きのう祭礼さいれい追撃者チェイサーが三にんもリタイアした。

 コウモリをめぐっていがきたんじゃない。

 そのうち二人ふたりは、まった関係かんけいないところで、何者なにものかにおそわれたらしい。


 おそってたのはおそらくこいつだ。

 しろかみに、うずいたようなおおきなかく

 ふか碧色へきしょくひとみおとこだ。

「そのかく。おまえ、ヒツジか!? ヘタレのケモノが猛禽もうきんさまになんのようだってんだ!?」


 ――返事へんじはない。

「くそっ! だんまりかよ!」

 これ以上いじょう、コイツの相手あいてをしているヒマはない。

 コウモリをつかまえるのは自分じぶんこそがふさわしい。

(アレをやるしかない!)

 ウゴは覚悟かくごめてはしした。

 背中せなかつばさをはためかせ、まえのケモノをむかえつ。

 つぎ瞬間しゅんかん、一と一とうそらがった。

「ざまあろ! これが最大さいだい最強さいきょう猛禽類もうきんるい、オウギワシのちからだ!」 

 両手りょうてのツメで獲物えものをガッチリしめあげて、そのままぐんぐんあがっていく。

 できるだけたかあがって、そこでこいつをとすのだ。

 なにかんがえていようとも、そらでケモノはなに出来できない。


 しかし――バチィッ!

 突然とつぜん空気くうきがはじけるおとがした。


「ってええっ!」

 カミナリでもちたんだろうか?

 両手りょうて電気でんきはしり、おもわずつかんでいたがゆるむ。

 しまった! しろいケモノはくらうみかってちていく。

 しかし、これは好都合こうつごうだ。邪魔じゃまするケモノはもういない。

 仕掛しかけてたのはあっちだ。どうなろうとったことではない。

 いまは、コウモリのいる中華街ちゅうかがいいそがなければならない


 ウゴはばたいた。

 それにしても、視界しかいわるい。

 あたりはしろくもでいっぱいだ。そう、ヒツジのようなしろくも

(――――ヒツジだって!?)

 雷光らいこうはしった。 

 その瞬間しゅんかんくもなかかげうつされたのを、ウゴはた。

 

「お、おまえ、なんでべる!?」

 間違まちがいない、さきほどうみちていったはずのヒツジだ。

 稲妻いなずまらすその姿すがた背中せなかには――羽根はね!?


「おまえ――!?」


 しずけさがもどり、ひづめけもの《ヒツジ》のウリアル・ラルセンが地面じめんった。

 気絶きぜつをしているもと・オウギワシをみなとよこたえる。

 ウリアルのなかには、オウギワシのコアがまだふるえていた。


姫君ひめぎみ帰還きかんは、だれにも邪魔じゃまさせません」


    *      *

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