第16話 アンタはあいつと離れちゃダメよ!

 犬上いぬうえくんが通路つうろこうにえていく。

ったわね……。佳穂かほ、もう時間じかんがないでしょ? いまのうちにかくれてしまったら!?」

 たしかにそうだ。

 変身へんしんさえ、犬上くんにられなければ、なんとかごまかせるかもしれない。

 今のうちに隠れておく、いいなのかもしれない。

 と、おもったときだった――

「あ! いたいた!」

 犬上くんとわるように反対はんたいがわからこえがした。

 フィンくんだ。

 姥山うばやまさんが目配めくばせする。

 もし、このひとがこのおかしなことの原因げんいんそのもの――つまり、クオリア使つかいだったとしたら……。

 わたしはいつでもせるようにがまえた。

 

「ねえ! 今、だれかこっちにはしってこなかった?」

「……だれてないわよ」

「そっかー。ずっといかけているのに、追いつけないよ……」

 フィンくんはかたいきをしながらった。

 

「さっきもいてたけど、いったいその人って、どんな人なの?」

 わたしは不思議ふしぎに思って聞いてみた。

 時間がないのはってるけど、なぜかになってしまったから。

ぼくは、〝ウサギくん〟ってんでるんだけど……。えっと、あたまうえにウサギのみみがあるんだ」

(ゥ、ウサギの耳!? ――と、いうことは!)

 姥山さんとわたしは、思わずかお見合みあわせた。

「君たち、もしかして知ってるの!?」

「ううん、知らないけど……ちょっとね」

 わたしはもごもごとくちごもった。

「そっか――」

 フィンくんはとても残念ざんねんそうにうつむいた。

「ウサギくんはね、勇気ゆうきがあって、つよいんだ。でも、僕は臆病おくびょうで、強くもなくて……。僕は、ウサギくんみたいに強くなりたい! でも、ウサギくんはいつもちかくにいるのに、絶対ぜったいに手がとどかないんだ」

「そ、そうなんだ……」

 返事へんじはしたものの、ちょっと意味いみがわからない。

「ハ! そりゃ本気ほんきで追いかけてないからでしょ!?」

 姥山さんが声を上げた。 

「あこがれている人がいるなら、全力ぜんりょくで追いかけないでどうすんのよ! つたえなきゃ、伝わらないよ!」

 ぅ、姥山さん、いつになく真剣しんけんな顔をしている。あつがすごいよ。


「う、うん。そうだね! あ、いた! ってウサギくん!」

 フィンくんは、顔を上げると通路の向こう側へ走って行ってしまった。

「今、どこかにた? ウサギくん」

 姥山さんが不思議そうに聞いてきたので、わたしはくびよこった。

 どこにもそれらしき人影ひとかげは見えなかった、と思う。

「って、時間!」

 姥山さんが声をあげる。

 わたしはスマホの時計とけいを見てみた。

 日没にちぼつの時間!?

 わたしのまわりが真鍮しんちゅういろかがやき出す。

 しまった! フィンくんにられて時間をムダにしちゃった!?

 

「ダメだ! なにもわかんね!」

 通路のさきから〝草原そうげんわたかぜみどり〟が輝いた。

 ええっ! ぃ、犬上くん!? かえってきた!? ダメ! 変身しちゃう!

 ど、どこかに隠れないと――と、思った時だった!

 ゴゴゴゴゴゴゴ!

 まえ地面じめんに〝亀裂きれつ〟が入って、その向こう側がどんどんしたに下がっていく。

 地下道ちかどううごいている!?

 さっきまでこっていたのってこれのこと!?

 

「っ!」

 くろいつぼみがはなひらき、わたしは変身した。

 フリルのついた空色そらいろワンピースのエプロンドレス。しろタイツに黒いエナメルのローヒール。

 昨日きのうよりもいくらかマシだけど。これはこれでコスプレだ。

 

「うわっ! なんだこれ!」

 亀裂の向こう側から犬上くんの声が聞こえてきた。

 こっち側がたかくなっているから、その姿すがたは見えない。

 み、見られてないよね!?


「佳穂! ヘアピンして!」

 姥山さんがわたしからヘアピンをもぎった。

「くっ! なに!? この抵抗感ていこうかん!」

 姥山さんがくるしがっている、ヘアピンをつ手がふるえている。

 やっぱり〝のろい〟はけてなんかいないんだ。

 通路のせり上がりはますますおおきくなっていて、犬上くんのいる、向こう側につながるすきがどんどんせまくなっていく。

「くうううううっ! これでゆるして!」

 ちょっと無茶苦茶むちゃくちゃだけど、前髪まえがみはなんとかけてもらえた。

「佳穂! け身っ! あんたはあいつとはなれちゃダメよ!」」

 声とともに、わたしは背中せなかをぐいっ!っとされて、わずかな隙間すきまの向こう側にり出された。

「ひゃあああっ!」

「うわあああっ!」

 わたしは段差だんさから押し出されて、犬上くんの頭の上にっこちた。


「コウモリ!? お前もまれてたのか?」

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