第5話 こ、これ毎回やんなきゃいけないの!?

 結局けっきょく一番いちばん大事だいじことおしえてくれなかった。

 がっかりしたけど、いまはしかたがない。

 わたしはえた。

 変身へんしんまえにどうしても、ひとためしたいことがあったから。


 わたしは、便利べんりさんがってきたくれたヘアピンをした。

 昨日きのうは、なんのもなく、前髪まえがみけてもらえた。

 もしかしたら、もう〝メカクレののろい〟はけてしまっているんじゃないのか?

 だったら、〝れい校則こうそく〟は、あの風紀ふうき委員いいんちょうなんかにあたまげなくったっていいはずだ。

 わたしはおおきく深呼吸しんこきゅうをすると、前髪にゆびをかけた。


 だけど――


「…………っ!」


 ど、どうして!?

 前髪を分けるがふるえる。全身ぜんしんちからけてしまう。

 わたしはヘアピンを手ににぎったまま、そのにへたりんでしまった。

「なんだよ!? どうした?」

「か、かみ……分けることが、できません……」

 呪いは解けてなんか、いなかった。

 ずっと、ずっと、こうだった。前髪を切ろうとしたり、分けようとしたりすると、気分きぶんわるくなってなにもできなくなってしまう。


「なんだよ……意気地いくじねえな。してみろ!」

 わたしの様子ようすた便利屋さんが、ヘアピンをもぎ取った。

 ひたいに便利屋さんの手がふれる。前髪を分け、ヘアピンを取りける。

 え!? えええええっ!?」

 さっきはあんなに苦しかったのに、なぜか全然ぜんぜん抵抗感ていこうかんがない!?

 わたしはまばたきもせず、ポカンとくちけるしかなかった。

 

「こ、こっち見んなよ! はずかしいだろ!? おれが!」

「ぇ、ぁ、ご、ごめんなさいっ!」

 わたしはおもわずじた。


「ほらよ。できたぞ」

 便利屋さんの手がはなれてわたしは目を開けた。

 しずみかけた夕日ゆうひがまぶしい。

 ――――全然、平気へいきだ。

 どうして、便利屋さんなら平気なんだろう?

 ……かんがえても理由りゆうはわからない。

 一つわかったことは、問題もんだいは〝全然〟解決かいけつしていないということだ。

 

「さて、今日きょうはここからはじめよう」

 便利屋さんが指をさした。

 目の前には、体育館たいいくかんような大きな建物たてものならんでいる。

「ここはもうすぐ取りこわしになる工場こうじょうだ。見てのとおり、だれもいねえ。かくれる場所ばしょおおい。おにごっこにはピッタリだろ?」

 なるほど。障害物しょうがいぶつが多いこの場所は、げたり、かくれたりするのには、いいのかもしれない。いきなりうみえるなんて必要ひつようもなさそうだ。

 わたしはちょっとだけ安心あんしんした。


 そして――日没にちぼつ

 真鍮しんちゅうしょくかがやきがわたしをつつむ。

「…………」

 輝くおともどってくる。世界せかいが音でいろどられていく。

 とてもきれいだ。

 変身がわった感覚かんかくがして、わたしは目を開けた。

「な、なにこれ!?」

 びっくりしたのは、今日のコーデ。モノトーンだった昨日のゴスパンクな衣装いしょうとはうってわって、今日はキラキラだ。

 五階調かいちょうのグラデにかさねられたえりは胸元むなもとわせされ、一ばんじょうのつやのあるころもにはこまかなり目で幾何学きかがく模様もようえがき出されている。

 こしには、これまたあざやかなくみひもがあって、ボトムには朱色しゅいろのプリーツスカートがセットされている。足元あしもとはハイソックスのような長たけの足袋たび草履ぞうり

 そでかたとされ、コウモリのつばさ振袖ふりそでのように見えるつくり。

 一言ひとことえば、十二単じゅうにひとえミニスカバージョン。

 相変あいかわらずのコスプレっぷり! ホントに、ずかしすぎる!? 

「どれ。〝平安時代へいあんじだいのアイドル衣装〟だとさ。なんだそりゃ? 意味いみわからねえぞ。よくこんなの考えるな?」

 便利屋さんが指輪ゆびわ説明書せつめいしょを見てあきれている。

「こ、これ、毎回まいかいやんなきゃいけないんですか!?」

「さあな、ひとに見られてもいいんんならはずしてみろよ」

「…………」

 指輪を外せば衣装が変わることはない。だけど、それじゃあ普通ふつうの人に見られてしまうかもしれない。

 どっちなら我慢がまんできるかはわかりきってる。


 そのときだ。

 誰かがちかづいてくる音が〝見えた〟。

 目をつむってたしかめる。誰かの輝き、それがふたつ並んでやってくる。

 一つは〝かぜ〟を思わせる輝きだ。


 ――犬上いぬうえくん、なのかな?


「ん、誰かたのか? って、はええな!? 探知機たんちきってなくても変わんねえじゃねえか!?」

 わたしの様子を見た便利屋さんが文句もんくを言った。


 暗闇くらやみなか、〝誰か〟の二つの輝きは間違まちがいなく、こちらにかってやってくる。

 〝風〟を思わせる輝きが犬上くんだったとしても、もう一人ひとりは、確実かくじつべつ追撃者チェイサーだ。

「隠れるぞ! 早くしろ!」

 便利屋さんのこえにせかされて、わたしは建物のあいだ通路つうろに向かってはしり出した。

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