シーズン2

第1話 は!? 友だち?



 もし、自分じぶんがコウモリになっちゃったらどうなるのか? 

 そんなことって普通ふつうかんがえもしないよね。

 だけど、ちょっとだけ考えてみて。


そらべるなんて、きっと素敵すてきだろうな。ちょっとこわいけど』

超音波ちょうおんぱ使つかってくらでもものにぶつからない、って一体いったいどんなかんじなんだろう』


 うんうん、そうだよね。

 空から夜景やけいはキラキラしていて、ものすごくきれいだったし、真っ暗やみでもおとが見えて、昼間ひるまみたいに感じられる。

 どっちもとっても不思議ふしぎだった。ちょっとたのしかったって、おもえなくもない、かな?

 だけどね、考えて思いつくのはそこまでくらい。

 まさか、コウモリになると、トリやケモノのひとたちとおにごっこをしなくちゃいけなくなるなんて……。

 こんなの、本当ほんとうにそうなってみないとわからないよ。


 校舎こうしゃうらで、おたがいのはなしをしたあと、わたしと姥山うばやまさんは、あわてて教室きょうしつもどってきた。

 犬上いぬうえくんとおなじように、姥山さんとも同じクラス。偶然ぐうぜんにしては出来過できすぎのようながする。

 ドアをひらけたと同時どうじ始業しぎょうベルがり、なんとかセーフ。

 わたしと姥山さんのわせがよっぽどめずらしかったのか、せきでは犬上くんが、まるくしていた。


 席についてく、一時間じかん目の授業じゅぎょうをしにシュナイダー先生せんせいがやってた。

「おはようございます、みなさん。昨日きのうはよくねむれましたか?」

 にこやかにみんなを見回みまわす先生。

 チラリと視線しせんがこっちにかって飛んできた。気のせいじゃない。

 入学にゅうがくにちめ――みんなにはそう意味いみで言ったんだろうけど、わたしには全然ぜんぜんちがった意味にこえてしまう。

 

『あなたが、コウモリさんですか。〝先程さきほどぶり〟ですね』


 昨日のよるの先生の言葉ことばだ。

 コウモリの正体しょうたいがわたしだって、なぜってたんですか?

 いますぐにでも聞いてみたい。

 

今日きょうから授業です。みなさんよろしくおねがいしますね」

 先生の担当たんとう科目かもく日本語にほんご、しかも古典こてん担当だ。

 外国がいこくの人なのに?

「このクラス、日本語がちゃんとできるほうがそろっていると聞いています。それでも一応いちおう読解力どっかいりょく確認かくにんするしょうテストをしましょう」

「ええ!? いきなりテスト!?」

 クラスがすこしざわついた。

簡単かんたんなものです。ものの五ふんですから、お願いします」

 にこやかに言った先生はプリントをくばはじめた。

 わたしの席は教室のはじっこ、一番いちばんまえだ。先生からプリントを直接ちょくせつる。

「……ありがとうございます」

 犬上くんとはまたちがった意味で、目を合わせられないよ!

 

「では――はじめ!」

 先生の号令ごうれいともにプリントに目をとす。

 たしかに問題もんだいは簡単だった。だけどかずおおい。全部ぜんぶで五十もん

 必死ひっしにならないと全部はムリだ。

 集中しゅうちゅう、とにかく集中! わたしはわき目もらず、問題と格闘かくとうした。


「はい、ストップ! 五分です」

 くやしい! のこり二問だったのに。わたしは鉛筆えんぴつからゆびはなした。

「少しってくださいね」

 先生は回収かいしゅうされたプリントを教卓きょうたくうえくと、指でめくり上げてパラパラパラと落としていった。

「はい。このクラスは大丈夫だいじょうぶなので、教科書きょうかしょはいります」

 え!? いまので採点さいてんできたの!? 

 わたしだけじゃない。たぶん、振りかえるとクラス全員ぜんいんくちをポカンと開けているだろう。「では、教科書15ページを開いてください」

 シュナイダー先生は、マーカーをに取り、白板はくばんおおきく『枕草子まくらのそうし』ときだした。 


 枕草子――清少納言せいしょうなごん平安時代へいあんじだいに書いた、季節きせつ日常にちじょう生活せいかつについてのずい筆エッセイ

 古典を少し勉強べんきょうした人なら、名前なまえはだれでも知っているとは、思う。

 だけど、見た目でもわかる外国の人がたくさんいるのに、いきなりこの授業。

 さすがは天才てんさいこうと言うだけのことはある。


 先生はひととおり、枕草子とその背景はいけい仮名かなづかい、言葉づかいにれたあと教科書を手に取った。

「では、本文ほんぶんみます。『うつくしきもの』

 うつくしきもの《かわいらしいもの》。瓜にかぎたるちごの顔うりにかいたこどもかおすずめの子のすずめのこがねず鳴きするに踊り来るチュンチュンなきながらはねてくる――」

 先生のこえが教室にひびく。〝つき白虹びゃっこう〟昨日のばん、感じた通りのひくやさしい声だ。

 心地ここちよい音読おんどくのリズムもあって、わたしは思わず聞き入ってしまった。

 だけど――

二つ三つばかりなるちごの2、3さいのちいさなこが急ぎてはひくる道にとことこあるいてくるときにいと小さきちりのありけるをちいさなごみをみつけて目ざとに見つけて……」

 そこまで読んで先生の音読がまってしまった。

 教科書を読んでいた先生の視線が一瞬いっしゅん、こちらに飛んだような気がした。

「先生、どうしたんですか?」

 生徒せいとから声が上がる。

 読めないでもあったのかな?

「あ、いや。もうわけない。ちょっと……このお話は飛ばそう」

 一体どうしたんだろう?

「すまない、ちょっとここは後回あとまわしだ!」 

 騒然そうぜんとなるクラスをなんとかおさえようとシュナイダー先生は声をあげた。

 よくわからないけれど、どう見てもなにかあせっている。

「32ページ! 竹取たけとり物語ものがたり! 開けてください!」 

 

 結局けっきょく最後さいごまで理由りゆうはわからなかったけど、一げん目の授業がわった。

「今日のところ、みんなちゃんと復習ふくしゅうしておいてください。わからないことはなんでもわたしに聞いてくださいね」

 シュナイダー先生はそう言いながら、そそくさと教室をていった。

 

 ほんと、なんだったんだろう……。

 よくわからないまま、午前ごぜんちゅうの授業が終わり、昼休ひるやすみになった。

 振り返ると、姥山さんがむずかしい顔をしながら古典の教科書とにらめっこしていた。

 姥山さんはわたしのななうしろの席だ。

 なんでそんな顔をしてるんだろう? 

 不思議に思いながら見ていると、姥山さんの顔が急にニヤついた。まるでなにわるだくみを思いついたみたいな顔だ。

「――なんでもないわよ」

 わたしがじっと見ていたことに気がついて、姥山さんはいつものクールな表情ひょうじょうに戻って言った。

「さ、おひるべにいきましょ。お弁当べんとうなんでしょ?」

「え、あ、あの……。わたし、一人ひとりで……」

 突然とつぜんのさそいに、わたしは口ごもった。

 わたしは、ぼっちごはんがきだ。お弁当をつくってきたのも、教室じゃなくて、ランチルームじゃなくて、好きな場所ばしょでごはんが食べられるから。

「わたしもよ。さわがしいの苦手にがてなんでしょ?」

 姥山さんはそう言って、自分がってきたお弁当をぷらぷらとふって見せた。

 わたしは少しびっくりした。自分があまりいやじゃなかったから。

 昨日の晩、『本気ほんきの鬼ごっこ』をした相手あいてなのに、なんだかかえって安心あんしんできる本当の友達ともだちになれたような気がした。

「ありがとう……」

 わたしはうなづいてち上がった。

月澄つきすみ。どこくんだよ?」

 立ち上がったわたしたちの行手ゆくてをふさぐものがいた。

 犬上くんだ。

「なに?」

 姥山さんが、ちょっと意地悪いじわるそうな顔をして問いかけた。

「そいつ、どこにれてくつもりだよ。まさかパシリに使ったりするつもりじゃないだろうな?」

「まさか! そんなふうに見える? あたしたち友だちなのよ」

 なんだかわからないけど、姥山さんはドヤどや顔をしている。

「は!? ほ、本当なのか? 月澄!?」

 たいして犬上くんは困惑こんわく顔だ。

「う、うん」

 わたしはうなづくしかなかった。

「いったいどこで知り合ったんだよ!?」

 こたえられるわけがないよ。

「どうでもいいでしょ? あたしはあなたなんかより、よっぽどこののこと知ってるわよ!」

(ぅ、姥山さん。言いすぎ、言いすぎ!)

 わたしはこころの中で大あわてだ。

「ぃ、犬上くん。姥山さんは、ほ、ほんの少し前から知り合いなの。友だち。本当!」

 わたしもわたしだ。取りつくろうにもヘタすぎる。

「ええ? そうなのか?」

「そうよ。さ、行きましょ。カホ」

 え? 何気なにげに名前び!? てっ、手をにぎられた――!?

 ガラガラ、ピシャッ。姥山さんが教室のドアをった。

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