第22話 お世話になりますっ!

 翌朝よくあさ始業しぎょうまえのざわめきのなか、〝メカクレ〟のわたしは一人ひとり教室きょうしつはいった。


 ――犬上いぬうえくんはまだていない。


 昨日きのう、わたしはビクビクしながら犬上くんのいえかえった。

 インターホンにたのは、あさ運転手うんてんしゅ耀ようにいさんだった。

「ソウリョウはもうてます。今日きょうはちょっとトレーニングをしてつかれたみたいです」

 トレーニング――あれが? 

 わたしはクスりとわらってしまった。

 

 しばらくして耀兄さんは、ばんごはんをって来てくれていた。

 それをると、わたしは耀兄さんにみっつ、おねがいをつたえた。

 ひとつは、電車でんしゃ通学つうがく。もう一つは自分じぶんでごはんつくること。

 毎日まいにち〝ちゃんと〟おくむかえしてくれる運転手。毎度まいど毎度の素晴すばらしい食事しょくじ

 いまのわたしには、もったいなさすぎる。

 そんなものだから、わたしは今朝けさ、自分で朝ごはんを作って、学校がっこうには電車できた。

 三つのお願いは……もう一度いちど、今から直接ちょくせつう。


 がらり。教室のドアがひらおとがした。入って来たのは犬上くんだ。

 真剣しんけんかおをしながら、まっすぐわたしのほうにやってくる。

「ごめん、月澄つきすみ! ついうっかり寝ちまってた。昨日の晩ごはん、なんかきらいなものでも入ってたのか!?」

「え……!? な、なに!?」

「何って、自炊じすいとか、電車通学とか。何かに入らないことでもあったのか、って」

「ち、ちがうよ! わたしの都合つごう。晩ごはん、すごくおいしかった!」

 わたしは、返事へんじをするのがせいいっぱい。

 だって、犬上くんの顔がまともにられない!

 口元くちもとがよじれたゴムごむのようにゆがんでしまう。

「ご、ごめんなさい、ちょっとトイレに……!」

 わたしは教室のドアを開けてげ出した。


 どしん! 廊下ろうかに出たわたしは、だれかとはちわせになった。

「あ、あなたは!! ……んぐっ!」

 二、緋色の娘ニワトリだ!

 出会であがしらにびっくりして、わたしはそのくちでふさいでしまっていた。

「ちょ、ちょっと来てもらっていいですか!?」


    *      *


「ふーん、大変たいへんだったのね。あなた」

 校舎こうしゃうら。わたしは、すっかりかみみじかくなった緋色の娘ニワトリすべてをはなした。

「ぉ、おこっていないんですか?」

 わたしは怖々こわごわいてみた。

「どうしてちいさくなってんのよ。ったんだから堂々どうどうとしてればいいじゃない?」

「ぁ、あれはまぐれで……」

「まぐれも何も、最後さいご本気ほんきだったんでしょ? 見ればわかるわよ。あなたは目をかくしているクセにわかりやすいもの」

 言われてわたしはますます小さくなった。

 ぃ、意外いがいにこの人、怖くないのかも……。

「で、あなた。話っぷりからなんだけど、この学校、〝わかって受けた〟わけじゃないんでしょ?」

 真顔まがおになった緋色の娘ニワトリが言った。

「もしかして、この学校、ニワトリ……さんや犬上くんみたいなひとがたくさんいるんですか?」

「たくさんも何も。元々もともと、クオリア使つかいのための訓練校くんれんこうみたいなものよ、ここ」

 わたしはいきをのんだ。

本来ほんらいのあなたのような普通ふつう人間にんげんは、四わりくらいかな。あとはみんなクオリア使い。でも、あたしはだまっといてあげるわ。とくにアイツにはね」

 そう言って緋色の娘ニワトリはニヤリと笑った。

「ぃ、犬上くん?」

 緋色の娘がうなずいた。

「もともと、トリとケモノはなかわるいのよ。なんでかはらないけれど。で、問題もんだいはあなたよ。コウモリはね、仲間なかまはずれなの。トリからもケモノからも。だから、あなたはここで自分の正体しょうたい絶対ぜったいかしちゃダメよ。アイツだけじゃない。ほかの人にも」

 わたしは言葉ことばもなかった。

 立場たちばが悪いのはなんとなくわかっていたけど、これほどだったなんて。

 それに、だったら……。

「昨日、わたしの正体に気がついてたんでしょう? どうして見逃みのがしてくれたんですか?」

「あそこで名乗なのってたら、〝きたない手〟が使えないじゃない。だから無視むししたの。だけど、かなわなかった。正々堂々せいせいどうどうねじせられた。だからあたしのけ」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「ふふ。あなた面白おもしろいわね。あたしの名前なまえ姥山うばやま瀬々理せせり。あなた、わたしの友達ともだちになってよ!」


 もうすぐ始業ベルだ。姥山さんと一緒いっしょに教室にかいながらかんがえた。

 

おれつよくならなきゃいけないんだ!』

 犬上くんは、一体いったいなんのために強くなりたいんだろう。

 もっとこの学校や、クオリアのことを知らなくちゃいけない。わたしはおもった。


 そして、わたしは――

 〝トリからも、ケモノからも仲間外れのコウモリ〟

 まるで……〝あの〟おとぎ話みたいだ。


       §            §


 むかしうみうえに一つのおおきな陸地りくちがあった。そこにはトリとケモノがすんでおり、たがいに仲良なかよらしていた。しかしあるとき、ふとしたきっかけから、どちらが強いかを決着けっちゃくする戦争せんそうになってしまった。最初さいしょ昼間ひるまにしかぶことができないトリが負けていたが、その様子ようすを見たずるがしこいコウモリは、ケモノたちの前におどり出て『わたしきばがあるからケモノの仲間です』と言い、ケモノの仲間になった。しかし、負けていたトリたちの中から、よるでも飛べるトリがあらわれると、たたかいは一変いっぺんした。ケモノに勝利しょうりしてゆくトリたちを見てコウモリは、今度こんどはその前に躍り出て『私はつばさがあるからトリの仲間です』と言った。

 やがて、ながつづいた戦争もわりをげる時が来た。利口りこうなトリとケモノは仲直なかなおりをし、平和へいわおとずれた。だけど、何度なんども仲間を裏切うらぎったコウモリは「卑怯者ひきょうもの」とばれ、洞窟どうくつ奥深おくふかくにめられて、ひると夜の間にしか飛ぶことができなくなったのだという。

 

                   ――イソップものがたり『卑怯ひきょうなコウモリ』


       §            §


 教室にもどったわたしはすぐに犬上くんのところにった。

 三つめのお願いを、自分のこえで伝えるんだ!

 

「ぉ、お世話せわになりますっ! 犬上くんのところで!」 


 何かわったか、って聞かれたらわからない。

 だけど、出来できることは、逃げること。前を向いて逃げること。


 今日も、またおにごっこがはじまる。




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