第21話 明日からもよろしくな!

っテェ……。大丈夫だいじょうぶか? コウモリ」

 ――すごくちかくでこえがした。

こずっちまった。おくれてすまねぇ……」

 みみからはいる声が、〝草原そうげんわたみどりかぜ〟にえる。

 犬上いぬうえくんだ……。わたしは、けた。

 わたしと犬上くんは芝生しばふうえにあおけにたおれていた。

「よぉ!」

 目のまえにはクラスメイトの灰色はいいろひとみがあった。

 近い。近い。近い。体温たいおんかんじるほど近い。

 感じるはずだ。わたしは犬上くんのうであたませていた。

 こ、これって、腕枕うでまくらじゃ!?

「ぃ……いぬぅ、ぉ、オオカミさん!?」

「大丈夫、ちょっとつかれただけだ。やつら、結構けっこうつよかったなあ。うごけねえや……」

「…………」

 動けないのはわたしもおなじだ。ケガはしてないみたいだけど、もうヘロヘロ。

 だからとって、この状況じょうきょう!?


「あの……。そろそろ、いいですか?」


 すぐそばから、〝つき白虹はっこう〟がかがやいた。

 ゴオッ! つぎ瞬間しゅんかん、わたしは〝緑の風〟につつまれていた。

 その風が、クラスメイトの腕であることにがついて、わたしはまたになった。

 はねきた犬上くんはわたしを腕にかかえたまま、向こう側をにらんでいる。

 そうだった!

 〝月の白虹〟――さっきうみちそうになったときに見えた輝きだ。

 犬上くんとわたし、それからだれかもう一人ひとり空中くうちゅうでぶつかったおかげで海には落ちずにんだ。

 いったい、誰なんだろう?

「ひどい目にあいました。いきなりよこからんでくるんなんて……。もっとスマートにたすけられたのに」

 〝月がらす白虹〟のようにあわく、やさしい声。おとこひとおぼえがある声だ!

(シュ、シュナイダー先生せんせい……!?)

 ついすう時間じかん前、わたしにオリエンテーションをしてくれた担任たんにん教師きょうしがそこにいた。


「なんだ、あんたか……」

 犬上くんはすこ安心あんしんしたような声で、地面じめんすわり込んだ。

ちからのこしておかないからですよ。それじゃあ誰かをまもるなんてできません」

 担任教師が言った。

余計よけいなお世話せわだ……」

 犬上くんは、すねたようなかおでそっぽを向いた。

「さて、〝おはつ〟にお目にかかります。あなたが、コウモリさんですか。〝先程さきほどぶり〟ですね」

 先生はわたしに向かってニッコリとほほえんだ。

 昼間ひるまに見たスーツ姿すがたじゃない。たけながいコート、ちえりにスカーフ、ベスト。

 まるでむかし外国人がいこくじん紳士しんしのようないでたちだ。

 そして、その背中せなかには当然とうぜんのようにとりつばさがあった。しま模様もようおおきな翼だ。

(せ、先生もなの!?)

 わたしはもうあきれモードだ。

 それに、それより、もっと問題もんだいなのは、この先生の表情ひょうじょうだ。

 わらっているけど、これってきっと、〝わかってる顔〟だよね?

日本語にほんごおかしいぞ……。よくそれで国語こくご担当たんとうだな」

 犬上くんは、不思議ふしぎそうな顔をしている。

 こんなに近くで顔をわせているのに、なにわらないクラスメイトの表情。

 これは、きっと〝わかっていない顔〟だ。

「ん?、なんだよコウモリ! こわい顔をして!? おれ、なんか余計なこと言ったか?」

 わたしがじっと見ていたのに気がついて、犬上くんはもっと不思議そうな顔をした。

 

 その時、とおくからエンジンのおとがした。一せきのモーターボートだ。

 近づいてきて、氷川丸ひかわまるのすぐ横でまる。

 目をこらすと、その近くに誰かがあおむけにかんでいた。

「ははは! けたーっ!」

 〝えん緋色ひいろ〟がきらめいた。緋色の娘ニワトリだ、よくわからないけど笑っている。

 

降参こうさんみたいですね」先生が言った。 

 降参――って!? 追手おってが負けをみとめた!?

追撃者チェイサー全員ぜんいん敗北はいぼくを認めること祭礼ハント完了かんりょう

 わたしは『祭礼』のルールをおもした。

 もしかして――これでわり? れてコウモリも卒業そつぎょう!?

 わたしは瞳を輝かせた。


 だけど――

「それにしても、きみは変わった事をしてますね」

「なんだよ?」

明日あしたもそのコウモリさんを守るつもりですか?」

「……わるいかよ」犬上くんがそっぽを向いた。

「えっ!? 明日も!? あの人たち降参したのに、終わりじゃないんですか?」

「〝終わり〟って、俺も追撃者だぞ。あいつらだけが追撃者じゃない」

「ええええっ!?」

 わたしはびっくりした。まさか犬上くんも追手の一人だったなんて。

心配しんぱいすんな。俺はお前をつかまえることに興味きょうみはない。できるだけたくさんたたかって、自分じぶんの強さを証明しょうめいする。それが俺の目的もくてきだ」

「ええっ!?」

 たしかに味方みかたをしてくれるのはありがたい。だけど、味方なら降参はしないだろうし、してもらってこまるのはわたしのほうだ。

 おまけに――

「あんたもだよな、先生」

 シュナイダー先生に向かって、犬上くんが言った。

「ええ、そうです。わたしも追撃者の一人です。八日ようか目から参戦さんせんですけどね」

 先生はうなずいた。

「ふん。渡さねえぞ、コイツは」

 犬上くんがわたしのかたせる。

「そうはいきませんよ」

 先生が、笑っていない顔で笑う。

 わたしはポカンとくちを開けて、かたまるしかなかった。

「ふむ、まあいいでしょう……。さて、では――わたしはそろそろかえります」

 大きなしま模様の翼がひらめいた。

「終わったからと言ってもうすっかりよるです。気をつけて帰ってくださいね。コウモリさん、オオカミくん。いえに帰るまでが祭礼です!」

 それらしい(?)セリフで担任教師がい上がる。


「ふん、余計なお世話だ!」

 〝月の白虹〟が遠くなっていく夜空よぞらに向かって、犬上くんはにがい顔をした。

「……ってことだ! 明日からもよろしくな!」

 犬上くんが立ち上がる。

「俺、強くならなきゃいけないんだ! だから、明日はもっとそばにいる! お前を守らせてくれ、コウモリ! 約束やくそくだぞ!」

 そう言うと、犬上くんはけ出した。

 〝緑の風〟がうずをく。風が山下やました公園こうえんを渡っていく。

 その輝きが見えなくなるまで、わたしは公園に立ちくしていた。


 これから、帰らなくちゃいけない。犬上くんの家に。 

 もし、あとでったら、どんな顔をしたらいいの!?

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