第18話 あるとか、ないとかの問題じゃない!

「くそ! なんでおれがこんなに……」

 便利べんりは、あせっていた。5ふん──とったものの、もう3分もたってしまっている。

 くるま夕方ゆうがた渋滞じゅうたいうごかない。

 あきらめて車をとめたけど、そこは公園こうえん。それらしいみせ見当みあたらない。

「あのー」

「チッ! バックレるか?」

「あのー」

「な、なんだよ? うるせえな!」

 公園のあかりのした、便利屋の目のまえりたたみいすにすわっているおんなひとがいた。

 その前にはひらいたトランク。

「あのー。アクセサリーいかがですか? 手作てづくりなんですー」

「は? そんなヒマねえよ!」

「そんなこと言わずにるだけでもー」

 また、やっかいなのにっかかった──便利屋はおもった。

「っせえなあ! ほら、見てやったぞ。じゃあな。……ん?」

 あるいてこうとしたそのとき、便利屋の目にんできたものがあった。

「これ、なんだ?」

「シルバーです。しろはなはエゾギクです」

「そんなこといてねえ……」

 あきれながらも、便利屋はそのアクセサリーをにとった。

「まあいい、これと、これ。ペアだな? 2つともくれ。いくらだ?」

わせて五千えんですー」

「ハア!? たけぇ! 千円にけろ!」

「ええ!? 無茶苦茶むちゃくちゃですー。これは、わたしが一からつくったものなんですよー。この白いエゾギクは、白ヒスイをみがいて仕上しあげるのに一週間しゅうかんもかかったんですから。本当ほんとうなら1まん以上いじょうけたっていいくらいなんですからー。千円なんて……そんな」

 女の人はこまかおで便利屋を見上みあげた。

(………………面倒めんどうくせぇ)

 便利屋は、手にとったアクセサリをわたすと、むねポケットに手をばした。

「あ、ありがどうございますー」

 便利屋はふくろると、車に飛びった。

「あのバカには、こっちのほうがいいだろう」

 かうのは船着場ふなつきばはしの下。そこにあのコウモリ女がっているはずだ。


    *      *


便利べんりさん、まだかなあ……)

 もうすぐ5ふん約束やくそく時間じかんだ。

 はししたくらがりに追手おってはまだあらわれない。

 きっと、めてくれてるんだ。犬上いぬうえくんが。

 〝草色くさいろ〟のひかりをまとってやって姿すがたいぬのようなみみ尻尾しっぽ

 緋色ひいろむすめ言葉ことばからすると、オオカミなのかな?

 衣装いしょうも、学校がっこうかけたのとはぜんぜんちがう、ロックなかんじ。

 なんというか──そう、いまのわたしのコーディネートのセンスにているような……。

「…………ダメだ」

 これじゃ、まるでペアルックだ。

 わたしはそこでかんがえるのをやめた。


 それにしても……まさか、犬上くんもクオリア使つかいだったなんて……。

 ためいきる。

 こんなかたち同級生どうきゅうせい秘密ひみつってしまうなんて、おもいもしなかった。

 でも――だったら、〝わたしのほう〟の秘密はどうなんだろう。

『コウモリ! べ! 飛んでげろ!』

 小学校しょうがっこうとき、犬上くんはわたしを絶対ぜったいにあだではばなかった。

 〝コウモリおんな〟とは。

 だから、知られていない、そう思いたい。


 その時、よく知ったいろの光がちかづいて来るのが〝こえた〟。

「便利屋さん……」

「うわわっ!?」〝雨粒あまつぶ水色みずいろ〟がかがやいた。

「暗がりからいきなりこえかけんなよ! おい、とか、あのぅとかい方があるだろ!?」

「ご、ごめんなさい……」

「ったく! 無事ぶじだったのかよ。ガッカリだな」

余計よけいなお世話せわです。それより、ありましたか? かおかくすもの。ないとまともに逃げられません!」

「ケッ! 要求ようきゅうだけはするんだな。ちょうどいいのがあったから、すこじてろ」

「え? どうするんですか?」

「つけてやるんだよ! いいから目をつむりやがれ! 大声おおごえ出すぞ!」

 ――それは普通ふつうぎゃくじゃないの? わたしは思った。

 とはいえ、今はおねがいするしかない。あきらめて目をつむる。

「……じっとしてろよ」

 おでこのあたりに便利屋さんのさわれる。

 なにをやってるんだろう?

「よし、これでいいだろ。目、けてみろ」

 便利屋さんの手がはなれていく。わたしは目を開けた。

 〝はじめて見るような〟便利屋さんの顔。どうしてだろう…………? 

「え? ええええええええっ!?」

 意味いみがわかってわたしはパニックになった。

 し、し、ししんじられない! 大事だいじ前髪まえがみが!

 カーテンのように目を隠してくれていた前髪が! 

 左右さゆうにすっきりまとめられてしまってる!?

「ななな、なんですかこれは!?」

「何って、ヘアピンだ。しろいのは……なんかわかんねぇがはなだ」

「そんなこと聞いてません! こんなのありえません! なんてこと、するんですか!?」

 はずかしすぎて、自分じぶんでも何を言っているのかわからない。

「バレなきゃいいんだろ!? そのうっとおしい前髪、いだけで全然ぜんぜん違うじゃねえか」

「あるとか、ないとかの問題もんだいじゃないんですよ! ヘンでしょ? おかしいでしょ? だから、ずかしんです!」

 ずっとこの恥ずかしさになやまされてきた。

 だれにも触らせないできたし、自分ではもちろんどうすることもできなかった。

 なのに、それをいとも簡単かんたんやぶられてしまった。

 どうにもならない気持きもちで、思わず便利屋さんをにらんでしまう。

「……そ、そうか?」便利屋さんはそっぽをいた。

 ――やっぱりだ。きっとなにかヘンなんだ!

「……ま、いいんじゃねえのオレは、よく知らねえが」

 何がどういいのか、さっぱりわからない。信じてしまった自分をのろいたい。

「……は、はずしますよ!」わたしは前髪を分けているヘアピンに手をかけた。

「外すのは勝手かってだが、代金だいきん請求せいきゅうはさせてもらうぞ」

「え? なんの代金ですか?」

「それだ、それ! ヘアピン! 2つで、1まんな」

「代金とるんですか!? 使わないのに!?」

「たりめーだろ! オレは、おまえさんの希望きぼうどおり、正体しょうたいを隠すものをってきた。使う使わないは関係無かんけいない」

「わたしがお願いしたのは、顔を隠すものです! 見せるものじゃありません!」

「正体隠すって目的もくてきができてりゃ、どっちだっていいだろ!」

「これじゃあ、ひとめでバレてしまうにまってます!」

「ほう。そうかい……。んじゃ、ためしてみるんだな!」

 便利屋さんは、そう言ってうえの方を見上みあげた。

 

「「コウモリ!?」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る