第17話 こ、この〝色〟の声って!?

 ガクン!

 船着場ふなつきばにつながれていたヨットの帆柱マスト

 あしにからみついたあみごと、わたしはそれにさかさづりになってしまった。

 かくしていた前髪まえがみ地面じめんかってたれがる。

「ひっ!?」

 わたしはあわててのひらでかおをおおいかくした。

妨害ぼうがい音波おんぱ、きいていたはずなのによくかわしたわね! ほめてあげるわ!」 

 背中せなかつばさをひらめかせて緋色ひいろむすめが、ふねうえわたってくる。

「だけどわりよ、逆さコウモリ! ワナをったわたしたちのち。べるヤツが絶対ぜったい有利ゆうりってわけじゃない、証明しょうめいしてやったわ!」

 勝ちほこったこえ宣言せんげんする。

 ――このままじゃ、つかまっちゃう!

 わたしはからまった網をほどこうと、もがいていた。

 だけど片手かたてじゃ、うまくできない。もう一方いっぽうの手は、顔をかくすので精一杯せいいっぱい

 どうして――どうして、わたしはこの手をはな勇気ゆうきがないんだろう

 ゆびあいだからえているベイブリッジのかりがにじんでく。

 そのとき、あきらめかけたわたしのほおをやさしくなでていくものがあった。

 ――かぜ

 そう、風だ。船着場に風がいた。

 その風はみなとにつながれた船の間を吹きけると、緋色の娘ニワトリめがけて激突げきとつした。

「な、なに!?」緋色の娘がさけぶ。

「やっと見つけた!!」

 風はそういながら、わたしがぶら下げられた帆柱マストの下におりった。

 風は……ケモノのみみとしっぽがあるおとこ姿すがたをしていた。

「何!? あんたオオカミね! 横取よこどりするつもり?」

 緋色の娘ニワトリが、その男の子へとキックをたたきこむ。

「横取り!? しねえよ!! そんなこと!」

 緋色の娘ニワトリのキックをながしながら、男の子が言った。

 その声は〝草原そうげんを渡る風のみどり〟にかがやいている。

(え……!?)

関係かんけいないならんでなさいよ!」

 緋色の娘がもう一度いちどキックをたたき込む。

ことわる!! 横取りはしねぇけど、用事ようじはある!」

 

(ええっ……!? こ、この〝いろ〟の声って!?)


「よう! あんたがコウモリか!? のがしてやるよ! ちるなよ!」

 男の子は緋色の娘ニワトリはじき飛ばすと、わたしに向かってジャンプした。

(えっ! えっ? ええっ!?)

 目のまえに男の子。はっきりと見えた!

(ええええ――――っ!)

 わたしは叫びそうになった。

「うわあっ!!」

 だけど叫び声を上げて、落ちてったのは男の子のほうだった。

「なんてカッコしてるんだよ!! コウモリ!」

 手で顔を隠して叫んでる。

 言われて、わたしは自分じぶんの姿をたしかめた。

 ミニスカートが、地面に向かってひっくりかえっている。

「きゃっ!?」

 わたしはあわててスカートを手でさえた。

 だけど、わたしのパニックはそれでは終わらない。


(い、い、い、い、犬上いぬうえ──くん?)


「すまん! まさか、コウモリがおんなだとはおもわなかった!!」

 顔をそらしてあっちを向いているけれど、間違まちがいない。犬上くんだ。

「バカバカしい!! スパッツはいてるでしょ!?」

 そのスキを見逃みのがすはずはない。緋色の娘ニワトリ突進とっしんする。

「うわっ!」

 りをらって犬上くんがヨットの甲板かんぱんころがっていく。

 それを緋色の娘ニワトリいかける。

(い、犬上──くん!)

 わたしは無我夢中むがむちゅうばたいていた。

 翼をおおきくちふるう。だけど前にはすすまない。足にからまった網が引っ張ってる。

 でも、前に、前に進みたい!

「━━━━━━━━━━━━━━ッ!!」

 わたしはいつのまにか、〝こえない声〟で叫んでいた。

 それは、まばゆいひかりはなつナイフのように網をいた。

「ひあああああっ!?」

 わたしは羽ばたいたいきおいのまま、緋色の娘に向かって吹っ飛んだ。

「「ぎゃっ!?」」

 わたしと緋色の娘は、おなじような悲鳴ひめいを上げて激突した。

「何するのよ! この飛鼠コウモリ女!! もうゆるさない!」

 緋色の娘ニワトリが飛びきる。空気くうき一気いっきあつくなる。

 その熱気ねっきを、うずまく風がさえぎった。

 わたしの目の前に、犬上くんの背中があった。

いぬっころ! そこをどきなさい!」

 緋色の娘ニワトリが翼をひらめかせる。

「断る! どかなけりゃ、あんたらとたたかえるだろ!」

 りくる熱風ねっぷうを犬上くんが引き裂いた。

「コウモリ! 逃げろ! おれをこいつらと戦わせてくれ!」

 犬上くんが叫んだ。

 だけど、わたしはうごけない。

 犬上くんは、わたしが――〝月澄つきすみ佳穂かほがコウモリだ〟ってってるの!?

 わからない……わからないうちは、隠したい!

「どうした!? コウモリ! 逃げてくれ! 俺は戦ってつよくなんなきゃいけないんだ! だから捕まるな! 飛んでくれ!」

「そうはさせない!」

 緋色の娘ニワトリが犬上くんにまわし蹴りをあびせかける。

「っ──!」

 犬上くんは先手せんてられ、小手こてで弾くのが精一杯。

 間髪かんぱつれず、緋色の娘ニワトリ連続れんぞくでキックをたたき込む。

(ぃ、犬上くん!)

 そうになった声を両手りょうてで押し込める。

 どうして犬上くんがここにたのか、どうしてあんな格好かっこうをしているのか。

 わからない……わからない、けど――

『だから捕まるな! 飛んでくれ!』

 もし、それが犬上くんののぞみなら!。

 わたしは顔を上げた。

 その時、向こうがわの船着場で〝雨粒あまつぶ水色みずいろ〟が輝いた。

「バカコウモリ! 飛べ――っ!」

 便利べんりさんだ!

 犬上くんと緋色の娘ニワトリうしろではげしく戦っている。

 いまなら! わたしは、翼をひろげて飛び上がった。

 力一杯ちからいっぱい、羽ばたいて、一気にうみを渡ってく。

 はしり出したオープンカー。わたしはその後部こうぶ座席ざせきに飛び込んだ。

「くそ! 昨日きのうと同じり方をするな! シートがいたむだろ!」

ようんだら、すぐります!」

「何だよ用って!?」

「何か顔を隠すものってませんか!?」

「何だって!?」

「顔を隠すもの!! マスクとか! 正体しょうたいを隠せれば何でもいいんです!」

「そんなモンねえぞ! 何でいるんだよ!?」

「後から来た男の子のクオリア使つかい、今朝けさいえ同級生どうきゅうせいなんです!」

「ハア!?」

 便利屋さんはハンドルにあたまを打ちつけた。

「なんで、お前はそんなに面倒めんどうごとばっか持って来んだよ!?」

「なんでかわかれば苦労くろうしません!」

「──くっ! 5ふん後だ! このさきはしの下でってろ! わかったな!?」

「はい!」

「じゃあ、ん張れ!」

「ぅわあっ!?」

 便利屋さんがきゅうハンドルを切り、わたしはくるまから放り出された。

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