第15話 これじゃあ、ステージにだって立てちゃうよ!

「よし、このへんでいいだろう」

 わたしは便利べんりさんにれられておおきな船着場ふなつきば本牧ほんもくとうた。

 もうすぐ夕暮ゆうぐれ。今日きょう祭礼ハントもなくはじまる。

 海風うみかぜ心地ここちいいけど、のどのおくがぎゅっとなってくる。

「ちょっとってろよ」

 便利屋さんは、スマホをすと電話でんわをかけはじめた。

「おう! ちょっと、きてぇことがある! ……は? こっち来るだと!? ちょっと待て! いや、待ってるヒマなんかねえ! って! おい! クソッ! るなよ!」

 どこに電話をしたのか、スマホをたたきつけそうなほど、おこっている。

「あんの、クソガキ! 待っている間にれちまったらどうすんだよ!?」

 くちわるいなあ……。わたしはおもわずそら見上みあげた。

 ん!? なに? あれ!?

 見上げた空に『てん』がひとつ、かんでいるのがはいった。

 『点』はうみまで急降下きゅうこうかすると、きをえてまっすぐこっちに向かってやって来た。

「ぉまたせ――!!」

 点――いや、〝少年しょうねん〟は、あっという間に船着場に着地ちゃくちした。

「はい、お待たせ!! 今日は特別とくべつ直接ちょくせつ来たよ!」

 道化師ピエロのような格好かっこう、コルボにいたあのおとこだ。

 その背中せなかには、くろいブーメランのような……とりつばさ!?

「こんにちはおねえちゃん。昨日きのうはよく頑張がんばったね!」

 男の子は翼をたたむと、ペコリとお辞儀じぎをした。

「お、おまえ同類どうるいだったのか!?」便利屋さんがこえげた。

「そうだよー!」

 男の子は翼をせびらかすように、くるりとターンした。

一体いったい、何なんだよ、お前ら!? ハネやらミミやらやしやがって!」

「……え!? わたしも?」

「お前もだ、コウモリおんな!」

 便利屋さんのうとおりだ。

 わたし自身じしん、どうして翼やみみが生えるのかさっぱりわからない。

 出来できることなら理由りゆうりたい。

「ホントはねー、秘密ひみつにしておかなきゃいけないんだけど、部外者ぶがいしゃには」

「ふん!」便利屋さんはそっぽを向いた。

「でも、ま、そんなことも言ってらんないね。今日は時間じかんもあるから、すこ説明せつめいするね」

 男の子はくるくるとおどるようなりで、はなしを始めた。 

「これは、百を百かいかさねたとしほどのむかしの話。はるか彼方かなたの海の上。とあるしまでは魔法まほう研究けんきゅうされておりました。それは、ヒトが空をんだり、すごいスピードではしれるようになるための魔法。それがこの『クオリア』。ひとっているたましいちからそとに出して使つかう魔法だよ。こんなふうに動物どうぶつ姿すがたりて、ね」

 そう言って少年は背中の翼でばたいて見せた。

「ほらね。翼があったら飛べそうでしょ?」

「ふん、つまり、姿を借りた動物の能力のうりょくが使えるって事か?」

「そ、トリは飛べるし、ケモノははやく走れたりする。それがボクたち『クオリア使い』」

「ん? じゃあ、どうにかしてもらったら、オレもそれが使えるのか?」

「それは、だめー」少年が両手りょうて人差ひとさゆび交差こうささせる。

ぼくたちの血筋ちすじは、むか~しにしずんじゃったその島までつながっている。普通ふつうの人間の『クオリア』は、うすれちゃってて使いものにならないよ!」

「けっ そうかい! 大層たいそうな血筋だな」

「ちょ、ちょっと待って! わたしの親戚しんせきにはそんな人はいないと思うんだけど……」

 わたしは思わず声を上げた。

「ん――そうだね。でも、お姉ちゃんの『コウモリのクオリア』だけは血筋に関係かんけいのない、まったくの『べつもの』だから」

 少年は両手をヒラヒラさせながら言った。

「コウモリのクオリアは『祭礼ハント専用せんよう。お姉ちゃんが参加さんかしているのは、僕たち、クオリア使いの大事だいじなおまつりなんだ。何年なんねんかに1一族いちぞく代表だいひょうがコウモリをつかまえるというのが、祭礼の本当ほんとうの姿。お姉ちゃんから見たらげるのがルールだけどね」

『一族の名誉めいよのため、あんたを捕まえる!』

 わたしは、あの追手おって言葉ことばを思い出した。

「昨日の追手の人達も、『クオリア使い』なの?」

「ケイキンの瀬々せせおさむたちの事だね。そうだよ」

「あいつら、翼があるのに飛べないようだが……」便利屋さんが言った。

「え、飛べない……?」

 かんがえてもみなかった。たしかに翼があって出来るんなら、飛ばないはずはない。

「うん。飛べないね。〝鶏禽けいきん〟だから」

けい……ニワトリか!」

 なるほど、翼があるのに飛べないわけだ。

「じゃあ何かほかげいでもあるのか?」

「さて……。だれがどんなワザを使うのかまでは、わからないよ。でも、大丈夫だいじょうぶ。お姉ちゃんには、この人がいるからね!」

「は!? オレは送迎そうげいしか、やんねぇぞ!」

「またまた~遠慮えんりょしなくていいよ。昨日からお姉ちゃんをさがしてウロウロしてたじゃん」

「な……! 見てやがったのか!?」

 便利屋さんは、男の子の襟首えりくびをつかもうとばした。

「そうだよ! ボクに出来ることは、〝見つけること〟〝知らせること〟〝とどけること〟だけだからね」

 男の子は翼をひらめかて、便利屋さんをかるくかわした。

「クソっ! それにしても。みょうにコイツに肩入かたいれするなあ、お前ら。コウモリを捕まえるのが祭りだろ。まるで、逃げ切ってしいみたいじゃねえか?」

「さあてね。あ、そうそうわすれちゃうところだったよ! 大事なボクの仕事しごと〝届けること〟。おねえちゃん、手出して」

 男の子は、はぐらかすように表情ひょうじょうを変えて、わたしのひだり手を取った。

「え、何……?」

 男の子がつけてくれたもの。それは真鍮しんちゅうしょく指輪ゆびわだった。

 翼で指をいだくようなコウモリの姿をしている。

「ランカスターから。はい、これ説明書せつめいしょ。昨日、時間がなくてインストールできなかったんだってさ。それとあと、もう一つ」

 手渡てわたしされたのはくさりのついた懐中かいちゅう時計どけい

「こっちは、毎日まいにちの祭礼の終了しゅうりょう時間がわかる時計。時間がきたらベルがるからね」

 少年が背中の翼をひらめかす。

「じゃあね! 応援おうえんしてるよ、お姉ちゃん!」

 そう言うと少年はあっという間に、空に飛びあがった。


っちまいやがった……。仕方しかたねえ、作戦さくせん会議かいぎだ」便利屋さんが切りえた。

確実かくじつなのは、やっぱり飛ぶ事だ。れいやつらは飛ぶことができねえ。コウモリねえちゃん、お前、何メートルくらい飛べる?」

「えっ? ゎ、わかりません」

「今日の祭礼ハントわるまで、ずっと飛んでられそうか?」

「む、無理むりです!」

 昨日のは〝飛んだ〟と言っても、ちるのがちょっとさきになったというだけ。三十分間ぷんかん、ずっと飛んでるなんて、できるわけがないよ!

「だろうな。じゃあ、200メートルくらいは飛べねえか?」

「……200メートル? って、どれくらいですか?」

簡単かんたんだ。ここから、向こうに見えている船着場のところまでだ」

 便利屋さんが海のほうを指さした。向こうがわおなじような船着場が見えている。

「ぁ、あそこまで……!?」

 およいでいける自信じしんはない。走ったとしてもきついかもしれない。

「お前はこの船着場の間の海を、飛んで往復おうふくしてりゃいい。奴らはくるまとバイク。船着場から船着場までの移動いどうは、ぐるっと回りまないといけない。お前さんは相手あいてが来るまでやすんでりゃいい、楽勝らくしょうだ!」

「…………ふねで来たら?」

「ふ、船か……」

 便利屋さんのアゴがガクンと落ちたようながした。もしかして考えてなかったの!?

「そ、そうだな……。船で来たって、ぐるっと回らなきゃいけないのは変わりないだろ。あの船着場の向こう側にも同じように海があって、その先もまた船着場だ。船着場は全部ぜんぶで四ほん。間を逃げ回ってりゃ、まあ、なんとかなるだろ!?」

 いいかげんすぎる……。もしかしてあなだらけの作戦なんじゃ?。

 だけど、どっちにしろ、もう時間切じかんぎれだ。今日はこの作戦で行くしかない。

 そして、日没にちぼつ

 真鍮色のひかりつつまれてわたしは変身へんしんした。

 黒い翼に、リボンのような耳。それから――

「えええええええっ!? な、ななな、なに、これ!!??」わたしは思わず声をあげた。

 わざわざ自宅じたくまで取りにかえったふくが! コウモリにふさわしい、グレーの服が!

 ロックミュージシャンみたいなものに変わっている!?

 色こそ白黒しろくろのモノトーンだけど、そでのないトップスに、みじかいスカート、オーバーニーソ。ジャラジャラとしたチェーンがたくさんいている。

 なんだか昨日、洋服店ようふくてんのお姉さんがすすめてくれた衣装いしょうているような……。

「も、もしかして、このリング!?」

「どれ……」

 びっくりして地面じめんに落としてしまった説明書を便利屋さんがひろい上げた。

「はは! コスチュームチェンジ機能きのうだとさ。そのリング。変身であまった力を使って、あのインチキ野郎やろうのコーディネートが日替ひがわりでたのしめるそうな」

「ええ……!?」

 こんな格好したのははじめてだ。はずかしくて翼でからだをくるんでかくしてしまう。

「今日のはゴスパンクだそうな。残念ざんねんだったな! 昨日のは……魔法少女しょうじょふうだと」

「コ、コスプレじゃないですか!」

「いいじゃねぇか。意外いがい似合にあっていると思うぞ」

「ちょっとその説明書、してください!!」

「やなこった! 面白おもしろれぇから、おれあずかっといてやる」

「そ、そんな……!?」

 バタバタとやっているときだった。

 わたしの視界しかいに〝緋色ひいろ〟の光がし込んだ。

 来た! 海の方からだ。ジェットスキーがこちらに向かってやってくる。

「ほら、来たぜ! 頑張れよ!」

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