第14話 どうして……必要なんですか?

「よ! きてたか。コウモリねえちゃん」

 あかいオープンカーは、校門こうもんてすぐのところにまっていた。

むかえにてくれるなんて意外いがいです」

「あたりまえだろ!? お前はオレにりがあるからな。スジはとおしたうえで、あとから全額ぜんがくキッチリはらってもらう」

「え?」

「え? じゃねえよ!! コイツの修理代しゅうりだいだよ、修理代!!」

 そうって、便利べんりさんはオープンカーをポンポンとたたいた。

 追手おってられてベコベコになったボディが痛々いたいたしい。

「ゎ、わたしが払うんですか!?」

昨日きのうも言ったろ。お前がいなけりゃ、コイツがひどいにあうこともなかった。だからお前のせい。修理代もお前ち」

「そんな……。お仕事しごと代金だいきん全部ぜんぶ、払ってあるんじゃないんですか?」

「それは、運転手うんてんしゅはなしだろ? 契約けいやくの通り、仕事はしてやるよ。ただ、コイツの修理代はべつだ。これはオマエの仕事をやる上で発生はっせいした必要経費ひつようけいひ。別料金りょうきんだ」

「そんなおかね持ってません、ただの中学生ちゅうがくせいですよ、わたし!」

るかよ。だまされてきたいのはこっちだ。ったとき賞金しょうきん出るだろ? それでチャラだ。とにかく、なにが何でもこの『鳥獣イソップ・祭礼ハント』とやら、最期さいごまでやりとげてもらう」

 たしかにやりとげたいのはわたしもおなじだ。

 何が何でも逃げ切って、コウモリおんなはきれいさっぱりやめにしたい。

「……わかりました。よろしくおねがいします」

「オーケー。じゃ、れよ」

 

 乗りんだわたしは後ろのせきのせまいシートにふかくもぐり込んだ。

 オープンカーはずかしい。人目ひとめ直接ちょくせつさってくるようにおもえてしまう。

 れば、前列ぜんれつ助手席じょしゅせきはずいぶんとゆったりとしている。おまけに空席くうせきだ。しかも、何やら紙袋かみぶくろかれている。

 ぎゃくなんじゃないだろうか、やとぬしと紙袋の席。

「な、なんだよ……。やらねえぞ!」

 わたしの視線しせんさきたしかめた便利屋さんがこえを上げた。

 なんのことだろう? と、思った矢先やさき、その正体しょうたいがわたしのはなとどいた。

 にくまんのにおいだ。

 ぐううううううううっ! たり前のようにわたしのおなかった。

「くっそ!」

 便利屋さんはハンドルをたたいてくやしがった。 


 くるますべるように坂道さかみちくだっていく。

「ところで、今朝けさの車のやつ、知りいか?」

 片手かたてで肉まんをべながら便利屋さんがく。

「へ?」

 わたしはモグモグしながら聞きかえした。

「お前、あさったろ? あいつのいえ

 犬上いぬかみくんの事だ。そんなところから見てたのか。

小学校しょうがっこうの時の同級どうきゅう生です」

「ふん。なんかおっかねえ奴らのようだが、ナニモンだ?」

「……わかりません」

 犬上くんの家がどういう家なのか。結局けっきょくのところ、さっぱりわからない。

「なんだよ、知らねえのかよ。たえ黒服くろふく出入でいりしてるから、何かと思えば、前の警察けいさつのおえらいさんの家だとか言うし……」

「え……? そうなんですか?」

 警察の偉いひとかれにそんな親戚しんせきがいるなんて。

本当ほんとうに知らねえんだな」

「す、すみません」

「あやまんなよ。で、だ。何も知らないのに、なんのようだったんだ?」

「しばらくあそこでお世話せわになるかもしれません」

「えぇ。なんとなく、オレはおき合いをしたくねえヤツらなんだが……。どっか、ヨソで世話になれるトコ、ねえのかよ」

「ありません。それに、わたしにだって事じょうがあるんです」

 便利屋さんは、犬上くんのおねえさんの事は知らない。かくすつもりはないけれど、わざわざ言うのもなんだろう。

 それに、もっと言いにくい事がほかにもあった。

「あの……昨日のバイクの人の事なんですが」

 わたしは入学にゅうがくしきの前にあった『事件じけん』のことを便利屋さんに話した。

「はあ? 同じ学校がっこう!? あのおっかねえトリ姉ちゃんともか!? クソっ! また面倒めんどうな……。りてえのに降りられねえ!」

 便利屋さんはあたまかかえた。


 山手やまて立入禁止たちいりきんしかれていた。

 やっともどって来れた……。

 自分じぶんの家の階段かいだんのきしむおとがこんなにもくものだと思ったことはない。

 家にかえってきた目的もくてきは、生活せいかつ用品ようひん着替きがえを持ち出すこと。

 電気でんき水道すいどうもまだまったままだ。

 行き先はまってないけど、ここにいるわけにもいかない。

 トランクを玄関げんかんまでおろして、自分の荷物にもつをつめ込んでいく。 

「ほー。それにしても見事みごとだな。話の通り、いろの付いたふくが一着もねえじゃねえか」

 いっしょにはいってきた便利屋さんが声をあげた。

 トランクのなかには個性こせいのないグレーの服ばかりがならんでいる。

「み、見ないで下さい! 失礼しつれいですよ」

「ふん。でも、なあ。確かにその服じゃ、何か言いたくもなるわな」

「…………」反論はんろんができない。

「だろ? オマケに、その前髪まえがみだ。この上なくコウモリだぞ、お前」

「それは……」

「なんだよ、言ってみろよ」

「どうしても切れないんです」

「はあ? 切りたいのに、切れねえ? 意味いみがわからねえ」

「はずかしいからです。かおを見られるのが。服がグレーなのも目立めだつのがいやだから」

「そんな理由りゆうかよ?」

「わたしにとっては、むかしからのだい問題もんだいなんです!」

「昔からって、れいの『事故じこ』の話か」

「そうです。あの事があってから、わたしは、小学校でも逃げてばかりで……」

「ふうん」便利屋さんは、あきれたようなためいきをついた。

「……便利屋さん。ひとつ聞いてもいいですか?」

「な、なんだよ、ド真剣しんけんな顔をして」

友達ともだちとか仲間なかまとか……って必要ひつようですか?」

「――な。何、馬鹿ばかな事聞いてんだ! おれはただの便利屋だぞ! お前のおやでもなければ、教師きょうしでもねえ! そんなむずかしい事、こたえられるわけがねぇだろ!」

 そう言うと便利屋さんは玄関のドアをひらけた。

「さっさと着替えろよ、車でってる!」


 ひとりのこされたわたしは、ため息をついた。

 便利屋さんが言った通りだ。わたしは一体いったいだれに、なにを言ってしいんだろう。

『おしゃれしなさい』

 おばあちゃんはそう言っていた。

 だけど、本当にして欲しいことはきっとちがうんだろう。

『いっぱい友達をつくりなさいな』

 目立つのが嫌で、人前ひとまえに出たくないのは『のろい』のようなもの。

 逃げ切ることが出来できれば、それが解かれる――。

 わらにもすがりつきたい。それが自分の本心ほんしんなのかもしれない。


「おう、わったか?」

「はい……。ごめんなさい。へんなこと聞いて」

「ふん。ま、俺もわるかったよ。だけど、答えなんか知らねえ。自分でさがすんだな」

「はい」

「お前、結構けっこう度胸どきょうもあるし、ただのコミュ下手へたなコウモリ女ってわけじゃなさそうだ。だから逃げきれよ、最後さいごまで」

「はい!」

 わたしは車に乗り込んだ。

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