第11話 せ、せせ、制服!?

 変身へんしんけ、いそいで身支度みじたくととのえると、わたしはバスルームのドアをひらけた。

「「ぅゎわわわわ~!」」

 もどってきているとはおもわなかった!

 とびらそとっていた犬上いぬかみくんと鉢合はちあわせ。二人ふたり同時どうじこえた。

「ご、ごめんなさい……。ちょっとびっくりして」

「う、オレもわるかったよ。ごめん。朝飯あさめし、そこいといた。のこさずえよ」

 犬上くんがテーブルのうえゆびさした。

「八はんごろまでには食べわるよな?」

 わたしはうなずいた。

 犬上くんが部屋へやを出てき、わたしはテーブルにいた。

 そこには、朝食ちょうしょく湯気ゆげを立てて置かれていた。

 ほどよくのついたささカレイの一夜いちやしが二枚にまい、おさらならんでいる。

 それとちいさなおはちのおかずがいくつか。た目もうつくしい純和風じゅんわふうあさごはんだ。

 だけど、それらすべてを上回うわまわ存在感そんざいかんを出しているものがあった。

 お味噌汁みそしるだ。はシンプルにワカメととうふ。

 圧倒的あっとうてきな存在感の正体しょうたいは、そのかおりだ。

 ぐぅ~~~~~~~~~! ついにおなかった。

「……いただきます」

 わたしはいても立ってもいられず、お味噌汁をった。

「おいしい!!」

 まるであたりにはないた気分きぶんだ。

 おだしの香りが、からだにしみわたっていく。まるで『かみの味噌汁』だ。

 そこからはもうまらない。おいしい。おいしい! どんどんおはしがすすむ。

 お味噌汁だけじゃない、どれもひとつ一つていねいに料理りょうりされているのがかんじられる。

 おかわりするしゃもじから手がはなせない――。


 わたしは、リビングのすみにあったキッチンでお皿をあらいながらかんがえた。

 洗い終わったら、犬上くんをぼう。おれいってから、ここを出ていく。

 入学にゅうがくしきは十時から。八時半というのはちょうどいい時間じかんだ。

 いくら感謝かんしゃしてもたりないし、ごはんを四はいも食べておいて言うのもなんだけど、これ以上いじょうのぞんじゃいけないと思う……。

 あれ? なにかが、ヘンだ。

 この部屋には、キッチンがある。だけど、ここで料理をしたようには思えない。

 じゃあ、あのすばらしい朝ごはんは、いったいだれがどこでつくったんだろう?

 犬上くんも、さっきは『はこばせる』と言っていたようながする。

 それに、そもそも犬上くんは、どこに行くためにこの部屋を出て行くんだろう?

 疑問ぎもんに思った時だった。

「食べ終わったか――!?」

 ドアが開いて犬上くんの声がした。

「!!!!!!?????」

 いたわたしは、心臓しんぞうが止まるかと思うほどおどろいた。

 はいってきた犬上くんが、制服せいふくを着て立っていたからだ。

 男子だんしの。鳳雛ほうすう学園がくえんの。 

    *      *

 くるまられながらわたしはパニック状態じょうたいになっていた。

 なにしろ、いま登校とうこうちゅう運転手うんてんしゅきの同級どうきゅうなまいえの車で。その同級生と入学初日しょにちから一緒いっしょに。これは、いったいどこのおとぎばなしなの!?

 なにも考えられなくてだまっていると、突然とつぜんくろスーツの運転手さんが声を上げた。

「ソウリョウ。きましたよ!」

「え?」と、犬上くん。

「わたしは、焼きざかなのご希望きぼうを聞いてくださいとおねがいしましたが、お客人きゃくじんのご入浴にゅうよく邪魔じゃまをしてほしいとは言いませんでした」

 淡々たんたんとした口調くちょう。なんだろう……この運転手さん、ちょっといかっている?

「え? なにかダメだったのか? 耀ようぃ」

「ダメだったのか? じゃない! ダメダメです! どこの世界せかいに、ご入浴中のおじょうさんの邪魔をしろなんて言う料理ひとがいますか!?」

「ええっ!? いっつも、ほかの兄ぃたちたちには、どこにいようとオーダーの即答そくとうもとめてたじゃないか?」犬上くんが反論はんろんをする。

親族しんぞくべつです! そういうことなら、入浴が終わられるまで焼きに入るのをちました」

 なんだか、わたしのことでもめてるような……。

「耀兄ぃの料理、月澄つきすみはやく食べてもらいたい、って思ってただけだのに……」

「なにブツブツ言ってんですか! ダメなものはダメ!」

 運転手さんは断罪だんざいした。

もうわけありません。ウチのソウリョウがとんでもない間違まちがいをいたしました。かわりにおびいたします。ウチはおとこばかりなので不慣ふなれなんです。とくにソウリョウは」

 運転手さんは謝罪しゃざいをし、ついでにルームミラーしにウインクまでしてくれた。

「さ、ソウリョウもあやまってください」

「わかったよ。すまん! 月澄!」

「ぇええ……ととと、とんでもない!」

 ……なんなんだろう、この二人は。

 一体いったいどういう関係かんけいなのか。『耀兄ぃ』ってことは親戚しんせきかなにかなのかな?

 それに『ソウリョウ』ってなんだろう? 

 犬上くんの名前なまえたしか『そう』だったはず。もしかしてあだかなにかなのかな? 

 そういえば、この黒スーツの運転手さん、朝の運転手さんとは別の人のようだ。

 運転手さんが二人いる。おかあさんの友人ゆうじんだというおねえさん。そして今日きょうからおな中学校ちゅうがっこうの同級生。犬上くんの事がますますわからなくなる。

「で、どうだった? 月澄!」

 そんなわたしのぐるぐるした思いはおかまいなしに、犬上くんがたずねてきた。

「え?」

 なんのことだかわからない。

「お美味おいしかったろ? 耀兄ぃの料理」

「ぁ、今朝けさの朝ごはんの……?」

 会話かいわながれからすると、作ったのはどうやらこの運転手さんらしい。

「わざわざ確認かくにんしていただかなくてもいいですよ、ソウリョウ。わたしは普通ふつうに作っただけです。残さず食べていただけただけで、十分じゅうぶん満足まんぞくしてます」

 黒スーツの運転手さんがたしなめるように言った。

「ぃ、いえ! とってもおいしかったです!」わたしは思わず声を上げた。

「だろ!?」犬上くんが得意とくいげに言う。

「耀兄ぃの料理は絶品ぜっぴんなんだ。特に味噌汁!」

「はい!」

 わたしはさっきまでのしあわせな時間を思い出した。

 話を聞くだけであの『神の味噌汁』の香りがするようだ。

「ありがとうございます。また、よろこんでいただけるよう頑張がんばりますね。さ、着きましたよ!」

 坂道さかみちのぼっていく黒塗くろぬりの車のまどの外に、鳳雛学園のキャンパスが見えはじめた。

「ゎ、わたし、ここでおろしてもらっていいですか?」

 このさきに行けば多分たぶん降車こうしゃじょうがあると思う。だけど、そこでりたら……。

目立めだつ、もんな……」犬上くんがうなずいた。

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