第9話 おはよう、コルボのマスコットだよ!

「どうしよう……いえかえれない」

 家にかうみち途中とちゅうで、わたしは途方とほうれていた。

 昨日きのうばんおにごっこの最中さいちゅうこえたおと。あれはやっぱりガス爆発ばくはつによるものだった。

 道はいま通行止つうこうどめ。っていたおまわりさんのはなしでは、道におおきなあながあいていて、みず電気でんきまっているらしい。

 『祭礼さいれい』は今日きょうもあるはずだ。

 そして、おまけに今日は入学にゅうがくしきもあるのだ。鳳雛ほうすう学園がくえんの。

 コウモリのつばさこそなくなったけど、からだどろだらけ。はいかぶり――あのヒツジの青年せいねんったとおりだ。

 着替きがえもシャワーもダメ。どうしようもなく、つっ立ってたときだった。

月澄つきすみ!?」

 突然とつぜんうしろからこえがした。

 聞きおぼえのある声だ。わたしはおもわずそこからした。

「おい、てよ!」

 いかけてきた!? もっとはやく!

 スピードをげようとした、その時、わたしのあしきゅうに言うことをきかなくなった。

「ぉ、おはよう」

 そのにへたりんでしまったわたしは、ちいさな小さな声で言った。

「──お、おう。おはよう」

 犬上いぬかみそうくん。小学校しょうがっこうねんの時のわたしの同級どうきゅうなま

 もと・クラスメイト。目深まぶかこうむった帽子ぼうしからは、みじかり込まれた灰色はいいろかみがわずかにのぞいている。うのは小学校の卒業式そつぎょうしき以来いらいだ。

 わたしは立ちあがろうとした。だけど――!? ひざにちからはいらない。

「あぶなっ……!」

 たおれそうになったわたしを、犬上くんがささえてくれた。

大丈夫だいじょうぶか?」

「ご、ごめんなさい」

「なんで、あやまるんだよ……。ん!?」

 あきれたようなかおをしていた犬上くんが急に真顔まがおになった。

「月澄……。おまえ、昨日のあさからなにってないだろ? はしれないのはそのせいだ」

 犬上くんは、はなをひくつかせながら言った。

 いきなりだ。

 言われてみれば、鬼ごっこへの強制きょうせい参加さんかで昨日から何も食べてない。

 何でわかるんだろう? わたしはびっくりした。

「それに、昨日からどこってたんだ? 家がこんなことになっているのに」

「えっ!? ぁ、あの……そ、そのあたりを、うろうろしてた」

 本当ほんとうのことなんか言えるわけがない。大体だいたい、なんでそんな心配しんぱいをしてくれるの?

 それに、〝昨日〟から――って?

「ホントかよ? っかしいな……」

 犬上くんは鼻をちゅうに向けながらつぶやいた。

大変たいへんだったな。まあ無事ぶじでなによりだ。んじゃあ、行くぞ!」

「え? あの、ど、どこへ?」

おれの家だ」

「え? ええっ!?」

「だから、俺の家だって!」犬上くんはそっぽを向きながらくりかえした。

「俺の……家!?」わたしはポカンとけたくちで、くり返した。

「ど、どうして!? わたしが犬上くんの家に!?」

るかよ! 姉貴あねき命令めいれいだ。こまっているだろうから、めてやれだとさ」

「わたしを!?」

「そうだ。お前の母親ははおやと知りいだから、とか言ってた」

「ええっ!? おかあさんと!?」 

    *      *    

「くっそ。あのバカコウモリどこに行きやがった?」

 便利べんり水尾みずのお流次りゅうじはイライラしていた。

「ありえねぇ……」

 昨夜さくやはひどいにあった。大事だいじくるまがボコボコにされた上に、あんなバカバカしいことに足をっ込まされた。

 目的もくてきはこのあたり。スマホから目をあげると、一人ひとり女子じょし中学生ちゅうがくせいが通りの向こうに立っているのがえた。カーテンのようにのばした前髪まえがみ。便利屋の気持きもちがゆるんでいく。

「よ――!」

 声をかけようとして途中でっ込める。

「月澄……!?」

 さきに声をけたものがいたからだ。

 気付きづかれないよう物陰ものかげかくれながら、二人ふたりのやりりをながめる。

「同級生か……」

 二人の会話かいわを、口のうごきでんでいた時、スマホが振動しんどうした。

「ん? だれだ?」見慣みなれないばんごうだ。

「はい」名乗なのらず出る。

『やあやあ おはよう! おはよう! コルボのマスコットだよー』

 能天気のうてんきな声に便利屋はにがい顔をした。

(アイツか……)コルボの店員てんいん、あの道化師ピエロのような格好かっこうをした少年しょうねんだ。

「なんかようか?」

『おつかれさまーって言いたいとこだけどね。昨日、約束やくそくやぶったでしょ?』

「あ? なんだと!?」

 この能天気ガキは、昨日、自分じぶんがどれほど苦労くろう犠牲ぎせいはらったのか知らないらしい。

「てめぇ……だましやがったクセに。何言いやがる!」

『やだな、わすれたの? 昨日の契約けいやく内容ないよう日没にちぼつのあと、指定してい時間じかんまでは、おねえちゃんを車からろさない、って事だったでしょ? ちゃんと見てたんだからね』

「あ!」

 たしかに 、降ろすなというところは約束違反いはんだ。まさか見られていたとは。

罰金ばっきん……』

「っ! クソったれ! 俺のやとぬしはあのコウモリおんなだ!」

『あはは! まあ、そんなにいかんないでよ。だまっといてあげるから』

 電話口でんわぐちの向こうの少年がわらう。

「うるせぇ! てメェらには関係かんけいねえだろ!」

『へへ、それじゃあ、今日からの送迎そうげいはちゃんとたのむね!』

 プツリと、通話つうわれた。

「クソッ!」

 完全かんぜんにだまされた。なんてうんわるいのだろう。朝から夕立ゆうだちにあった気分きぶんだ。

「だまされたと言えば、俺より上のどうしようもないのがいたっけ……」

 便利屋は顔を上げ、佳穂かほほうを見た。さっきの同級生と一緒いっしょに車にるところのようだ。

「ったく……」

 便利屋はナンバーをメモにめて、ためいきをついた。

「あのバカ。これから、大変だぞ……」

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