第5話 えっと……これ、始まってます?

「どうする、たって……」

 なにもかもメチャクチャだ。ほかにはえらべないのに、何をやったらいいのかわからない。


 そのとき突然とつぜんとおくのほうからけたたましいおとが〝かがやいた。

「え? なに!?」

 エンジンの音がふたつ、こちらにちかづいてくるのが〝えた〟。

 音が見える!? ってて、自分じぶんでも意味いみがわからない。

 それに、見えたのはエンジンの音だけじゃない、ちがういろひかる輝きがみっつ。

 〝えん緋色ひいろ〟、そして、にぶく光る〝メタリックブルー〟と〝メタリックグリーン〟。

 かんじたのは、いまがピンチだってこと。

 に、げなくちゃ! わたしははしした。

「え!? おい! なんだよ? 今度こんどは!」

 いてかれた便利べんりさんがうしろでさけんでいる。

 ちらっと見えたみちこうにあらわれたのは、バイクとくるまだ。

    *      *

「ほら、ちゃんといたでしょう!?」

 屋根やねのない骨組ほねぐみのような車、バギーカーの助手席じょしゅせきすわっているメガネのおとこが叫んだ。

「ガラクタじゃなかったんだな! ほめてやるよ!! バット…なんだっけ?」

 ガッチリとしたからだ運転手うんてんしゅの男がこたえる。

探知機ディテクターです!」助手席の男がった端末たんまつる。

 二人ふたりに向かって、バイクのライダーが親指おやゆびてる。

 ねらうは道のさきを走っているコウモリただ一人ひとり

「ちゃんと運転うんてんしてくださいよ! マシンのせいにされたくありませんからね!」

「言ってろ! 振りとされるなよ!!」

    *      *

 なんで? なんでわたしが逃げなきゃいけないの!?

 『おにごっこ』という言葉ことばあたまをよぎる。

 もしかして、これが契約書けいやくしょにあった『祭礼ハント』!? そして、あれが『追撃者チェイサー』!?

 絶対ぜったいムリ! こっちはただの中学生ちゅうがくせい相手あいてもの。かなうはずがない。

 つかまったら……捕まったら、一生いっしょうこの姿すがたのまま!?

 わたしはうでを振って必死ひっしに走った。だけど、おもうようにすすまない。

(これ、邪魔じゃま!)

 邪魔をしているのは、あのコウモリのつばさだ。

 台風たいふうかさみたいに、かぜけてまえに進めない。

 これじゃ、すぐにいつかれるよ! なんとかしないと……。

 走るわたしのの前に、見覚みおぼえのある交差点こうさてんせまってきた。あそこなら!

 わたしはたおれこむようにかくがった。その先は、せまい階段かいだんけ道!

 ここはわたしのいえのすぐ裏手うらて。抜け道ならお手のものだ。

 相手はタイヤ。階段だからりてはこられない。

 と、思ったんだけど――。

 ええっ、うそっ!? バイクに乗ったまま階段を降りてきた!?

「コウモリっ! ケイキンのセセリっ! 一族いちぞく名誉めいよのため、あんたを捕まえる!」

 〝さかるかがりの緋色〟が輝いている。バイクの追手おってだ。

 おんなひと!? こえいてわたしはびっくりした。

 ガガガガガガ! 派手はでな音を立てながら、バイクはきゅうな階段をりてくる。

「わわわわわわ!」わたしは、なんとかつま先で階段をってゆく。

 追いつかれる!? そう思った瞬間しゅんかんだ。思いもよらないことがこった。

 ドカン! と、おおきな爆発音ばくはつおん。階段のうえ住宅街じゅうたくがいの方だ。

 え!? 突然のことに思わずあしはずす。

「きゃああああああっ!」

 もうダメだ! そう思った時。なにかが大きくひらめいた。

 ふわっ、とした感覚かんかくのあと、わたしは階段の下に着地ちゃくちしていた。

 コウモリの翼が大きくひらいている。もしかして、これ? 

 たしかめるもなく、やまの上の方から、サイレンの音が聞こえてきた。

 山の上にはけむりが上がっている。ガスがすれ――おまわりさんの言葉を思い出す。

「家が……」

 思わず、そのにへたりみそうになる。だけど……。

「くっ! 手間てまをかけさせるわね!」

 爆風ばくふうで倒れていた追手のむすめが立ち上がり、わたしに向かってあるはじめた。

 絶体絶命ぜったいぜつめい! なのに足がふるえてうごけない。

 パ、パ――ッ!

 クラクションの音がした。走ってきたのはあかいオープンカー。

「乗れ! コウモリねえちゃん!」

 〝雨粒あまつぶ水色みずいろ〟が輝いた。便利屋さんだ!

 よれよれのわたしの腕をつかんで後ろのシートにほうり込むと、車は急発進きゅうはっしんした。

「どうした? コウモリねえちゃん! 元気げんきねえじゃねえか!」

「さっきの爆発ばくはつで、家が……」

 どうなったのかりたい。今すぐにでももどりたい。

「しっかりしろ! お前、そのカッコで明日あした学校がっこうに行くのか!?」

「それは、いやです!」

 この格好かっこう入学にゅうがくしきおそろしくてかんがえたくもない。

「そりゃよかった! おれ罰金ばっきん五十万はこまる。お前にはなんとしても逃げてもらうしかねぇ!」

 そうだ……今は逃げることが先だった。

やがった!」

 後ろで〝炎の緋色〟が輝いた。エンジン音をひびかせながらバイクが迫ってくる。

「くっ!」

 オープンカーは住宅街のせまい道を、みぎひだりへジグザグに走っていく。

「きゃああっ!」

 わたしは車のシートの上で右へ左へと振りまわされる。

「うっぷ……っ!」――気持きもわるい。

 あらっぽい運転のせいだけじゃない。あの『見える音』が頭をさぶってくる。

「えっ!? シートにくなよ!! 我慢がまんしろ! み込め! 弁償べんしょうしてもらうぞ!!」

「む、無理むりです!」

 わたしはクラクラする頭をかかえながら後ろを振りかえった。

 バイクはついて来ているけど、狭い道のせいで追い抜くこともできないらしい。

「ははは! ざまあみろ!」

 便利屋さんが、高笑たかわらいをした瞬間。追手のバイクがすっとよこにスライドした。

 ごんっ! 鈍い音がした。

 カーブで出来でき隙間すきま見逃みのがさず、追手の娘がオープンカーにキックをしたのだ。

「な、なにー! このqwせdrtfygふ!」

 便利屋さんが叫び声を上げる。こたえるかのように、もう一発いっぱつ

 ごんっ! 多分たぶん、ボディはヘコんでいる。

「やめろ、くそ、この! バカ!」

 必死でハンドルをるけれど、ほそい道だから逃げ場もない。便利屋さんは半泣はんなきだ。

 わたしはというと、さらに荒っぽくなった運転に我慢――

「うっ……! うええええええっ!」できなかった。

「ちょっと! おまえ! てええええ!!! なんで、俺がこんな目にわなきゃいけないんだ!? もう知るか! 降りやがれ!」

 便利屋さんが急ハンドルを切る。車は道のわきえ込みにっ込み、停車ていしゃした。

「あわわわわ!」

 わたしは車をび降りて、目の前にあった公園こうえん石段いしだんけ上がった。 

   *          * 

 スマホが振動しんどうする。

 爆発事故じこつたえているテレビから目をはなし、スマホの持ちぬし電話でんわに出た。

 ウインドブレーカーにトレパン。印象的いんしょうてき灰色はいいろかみ。走り込んでかいたあせかた手でいながら、かけてきた相手とはなす。

姉貴あねき、悪いんだけど後にしてくれないか? 急用きゅうようが出来たんだ!」

 話したかった相手だけど、ニュースを見た今は、それどころじゃない。

「え、そっちも急用? 姉貴の知りい? 部屋へや?」

「いや、俺も今、行こうと思ってた方向ほうこうだよ」

「メールで住所じゅうしょ名前なまえな、わかった」

 通話つうわわり、メールの着信ちゃくしんとどく。

 だけど、かれていた内容ないように、その男子だんし中学生は目をまるくした。

 自分の目的もくてきと、電話の主の指定してい先がおなじだったからだ。

月澄つきすみ!?」

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