第4話 知らなかった……じゃ、すまねえな

「なんで、こんなことに……」

 わたしはヘナヘナとすわんでしまった。

らねえよ。そもそもおまえ自分じぶんで自分がコウモリだ、とかってなかったか?」

「そんな……」

 たしかにコウモリだとは言った。

 でも、それはただのたとえばなしだ。なのに、まさか本当ほんとうにコウモリになっちゃうだなんて。

 いや、そもそも、『おしゃれなコーディネート』はどうなったの!?

 自分で自分をかぎり、てるふく制服せいふくのまんま。

 これじゃあ、なんのために契約けいやくしたのか、ぜんぜんわからない。

「あのインチキコーディネーターの仕業しぎょうか?」

多分たぶん……そう」

 わたしはこれまでのことを、便利べんりさんに話してかせた。

 おばあちゃんの宿題しゅくだい、89えんしかない銀行ぎんこうのおかね、コルボの店主てんしゅ魔法まほう話、サインした契約書けいやくしょ

「ふーん……。んじゃ、お前は金にがくらんでこんな事になったのか?」

「ち、ちがいます!!」そうじゃない。話が違う。はしょりすぎ!

 それに──

「そもそも『コウモリになれ』って言ったのは、便利屋さんのほうさきじゃないですか!?」わたしはくちをとがらせた。

「違いねぇ……」便利屋さんはにがわらいをした。

「しかし、あれだな。お前さん、自分で言うほどコミュ下手へたじゃねぇよな?」

 言われてわたしはびっくりした。いつもの自分よりずっとしゃべれている。

 まるで口にされていたふうやぶれてしまったみたいだ。

「ん? そう言えば……」

 便利屋さんは上着うわぎのポケットから一つう封筒ふうとうした。

きたらめってよ。インチキ仕立したて屋からだ。わるいな、わすれてたわ」


 わたされた封筒のなかには書類しょるいが3まいあった。

 1枚目、コルボの店主、ランカスターからの手紙てがみだ。

 ――――――――――――

 月澄つきすみ 佳穂かほさま

 『コルボ』の店主、ランカスター・カラスでございます。

 ただいまの状況じょうきょう、きっとおどろかれているかとおもいます。

 もう、おわかりのようにわたしは、一種いっしゅの魔法のようなじゅつ使つかものです。

 そして、あなたのからだ変化へんかは、私の術でつくり出した『お仕立て』によるものです。

 体の変化以外いがい健康けんこうがいはありませんので、どうぞご安心あんしんください。

 

 さて、このたびは、お仕立ての契約をいただき、ありがとうございます。

 今日きょうから15日間にちかん、月澄様には毎晩まいばん、私が作った素敵すてきなコーディネートをご用意よういしております。どうか、こころよりたのしんでいただければと思います。

 なお、契約の条件じょうけんとして、ほんのすこしばかり月澄様のご協力きょうりょく必要ひつようとなります。

 これについては、くわしくご説明せつめいする時間じかんを用意しておりましたが、聞くみみたない月澄様が勝手かってに契約書にサインしてしまったため、ちゃんと説明することができませんでした。心より、おもうげます。

 当方とうほうには責任せきにんがないため、本来ほんらいは説明する必要はまったくありませんが、特別とくべつ本書ほんしょを作りましたので、ありがたくお読みください。

 

 今回こんかいのお仕立ては『祭礼ハントようコウモリ仕立て、月澄佳穂様クオリア専用せんよう仕様しよう』です。

 契約は15日間。契約の解除かいじょ期間きかんわるか、契約者けいやくしゃくなった場合ばあいにのみ可能かのうです。ほか理由りゆうでの途中とちゅう解約かいやく一切いっさいできませんので、ご注意ちゅういください。

 

 この契約には、月澄様が『鳥獣祭礼イソップ・ハント』に参加さんかすることが条件となっております。

 祭礼の内容ないようは、簡単かんたんに言うと「おにごっこ」です。

 十五日間、日没にちぼつから三十ふんあいだ、『追撃ついげき者』たちからるか、『追撃者』全員ぜんいん敗北はいぼくみとめる事で祭礼は完了かんりょうとなります。

 完了には、月澄様に現在げんざいかかっているのろいがけ、注目ちゅうもくびることに抵抗ていこうがなくなり、たくさんの友達ともだちができる事もゆめではなくなります。

 さらに、ささやかながら契約金けいやくきんとして300まん円と、完了の賞金しょうきんとして500万円がし上げられる予定よていです。

 ただし、もし鬼ごっこでつかまってしまった場合、契約が完了しなかったことになり、契約をそのものを解除することはできなくなりますので、ご注意ください。

 祭礼は今日からはじまります。

 月澄様のご健闘けんとうを心からおいのり申し上げます。

 

 なお、この契約はクーリングオフの対象たいしょうがいです。ご了承りょうしょうください。

 ─────────────────────────────

「えええっ!?」

 なに!これ? 内容のひとつ一つがしんじられない。

なにいてあるんだ?」

 便利屋さんが1枚目をうばい取る。わたしは2枚目に目をとした。

 コルボでわたしがサインした契約書だ。したの方には確かに、自分のサインがある。

「これって、鬼ごっこ強制きょうせい参加、コウモリ仮装かそうき。捕まったら二度と人間にんげんもどれない契約……!?」

 まさかこんな内容だったなんて!。

「そのようだな……デタラメな話だが。ま、いいじゃないか。おれが言ったせいでコウモリになったわけじゃない。最初さいしょからここに書いてある」

 ひ、ひどい! ひどすぎる! 

「わたし、なんでサインなんかしちゃったんだろう……」

「なんだ、よく読まずにサインしちまったのかよ? そりゃお前が悪いわ」

 原因げんいんを作った張本人ちょうほんにんが笑いながら言った。

「そんな……」

「もう一枚いちまいあるのかよ、読んでみろよ。なんか、いい事が書いてあるかもだぞ」

 便利屋さんが目ざとく3枚目を見つける。

 3枚目にはメモがクリップで付けられていた。

『読んでから、運転うんてんしている便利屋にお渡しください』

 コピーだけど、これも契約書だ。

「……これ、なんて読むんですか?」

「『雇用こよう契約書』だれかをやとうための条件を書いた書類だな、ってなんだよこれ?」

かえしてください。読んでから渡します」

 読んでみると、どうやら『祭礼』のおくむかえをしてくれる運転手うんてんしゅの契約らしい。

 最後さいごの二ぎょうには自分ともう一人ひとり名前なまえが書いてある――『水尾 流次』

「みずお……りゅうじ?」

「〝みずのお〟だ。って、なんで俺の名前が書いてあるんだよ!?」

 便利屋さんはわたしから書類をうばい取ると、目をさらのようにして読んだ。

「これ、コルボで俺がサインした契約書じゃねえか!! げっと? これ、誰だ?」

「〝つきすみ〟です」

 わたしはおそる恐るを上げた。

「お、お前!? 契約期間、祭礼終了しゅうりょうまで!? ちゃんと送り迎えをやらなかったら罰金ばっきん五十万円!? 知らねえぞ!? こんな内容!」

「よく読んでなかったんですか?」

「うるさい! 今日だけの契約、二十万って思ってサインしたんだよ!!」 

 あわてた便利屋さんはスマホを取り出すと、どこかに電話でんわを始めた。

「あ、水尾です。おやっさん、りてた金なんだけど……。あ? もうり込まれた? 完済かんさいありがとう?」

 便利屋さんはたたきつけるように電話を切った。

「クソッタレ! あのペテンめ!!」

「──?」

 意味いみがわからないかおをしているわたしに、便利屋さんが苦々にがにがしい顔でこたえた。

「コウモリねえちゃん、残念ざんねんだが、今日からお前が雇いぬしだ」

「え!?」

「これは、俺とお前の契約書だ!」

 便利屋さんが、持っていた契約書をわたしに返した。

「お前の契約書に契約金300万円と書いてあったろ? それをコルボのやつら、全部ぜんぶ、俺の借金しゃっきんを返すのに使っちまいやがったんだよ。おかげで借金は帳消ちょうけしだが、これから毎日まいにち、お前の運転手だ」

 便利屋さんは帽子ぼうし目深まぶかにずらしていかけた。

「さあ、どうするよ!? コウモリねえちゃん」

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