第2話 そんなに言うなら、変わってやる!

 もう、普通のお店じゃ無理! そんな場所はわたしには向いてない。

 だから、わたしはわらをもつかむ気持ちでここまでやって来た。なのに……。

 チラシに書かれていたのは、古いビルの最上階。

 『仕立て屋・コルボ』

 小さなプレートが貼ってあるだけの中の見えない扉。

 とてもおしゃれなコーディネートをしてくれるようなお店には見えないよ!

 わたしは、せまい通路の真ん中ですっかり固まっていた。

 

「おい! さっきから聞いてるのか?」

「ひゃっ!?」

 大きな声にわたしはびっくりして振り向いた。

 そこには大きな荷物を抱えた男の人が一人、立っていた。どうやら、ぼーっとしてたせいで声をかけられていたのに、気づかなっかったらしい。

「入るんなら、入れよ」

 スーツにつば付きの帽子。仏頂面ぶっちょうづらをして荷物の向こうからわたしを見下ろしている。

「ぁ、ゎ、わたしは……」

 逃げよう! と、わたしは思った。

 だけど、男の人の荷物が通路をふさいでいて、逃げようにも逃げられない。

 それどころか、男の人はずんずん前に歩いてくる。

「ぇ……ぁ、ぁ、あの」

 追いつめられたわたしは、仕方なく店の扉を開けた。

 カラン! とドアベルが鳴る音がした。

「おい! 誰かいるか?」

 わたしをひょいとかわして、その男の人は店の奥へと進んでいく。

「はいはーい!」

 声とともにお店の奥から小柄な人物が走り出て来た。女の子? いや、男の子だ。

 背丈のせいか、やけに幼く見える。もしかして、わたしよりも年下? 店員なのだろうか、道化師ピエロのような不思議なデザインの服を着ている。

「注文品を届けに来た」

 男の人は、どすん、と床に荷物を置くと、ポケットから伝票らしき物を取り出した。

「受け取りのサインをくれ」

「はいはーい!」男の子は、明るく答えるとまたお店の奥へと駆けていく。

 

 わたしは、というと――店の入り口で、まだつっ立ったままだった。

(ここって、本当にビルの最上階?)  

 壁一面のガラス窓。ジャングルのように植えられた観葉植物。

 まるで植物園の温室みたいだ。

 傾きかけた春の日差しが照らしているアンティーク物のテーブルセット。その上には、これまた年代物のパソコンが一台。見えるものはそれだけだ。

 

「いらっしゃいませ、お客様」

 急に後ろから声がして、わたしは飛び上がりそうになった。

 振り返ると、そこには男の人が一人、時代がかったお辞儀をしながら立っていた。

 外国の人? 銀髪頭に整った顔だち。昔の貴族ような格好をしていて、何歳くらいの人なのかもわからない。自身ありげな表情が、かえってとてもウソっぽい。

「さあ、こちらへどうぞ!」

 ええっ!? わたしはびっくりした。

 体が勝手に動いて、すすめられるままに、椅子に座ってしまったのだ。

「あらためまして、ようこそコルボへ! 私は店主で仕立て屋のランカスター・カラスと申します」

 男の人はわたしの正面の椅子に座って、キラキラした笑顔を浮かべた。

「チラシ、お持ちですね。では早速、この契約の説明を始めます」

「え!? ま、ま、待ってください! 契約って!?」

 いきなりなんの話!? 意味がわからない。

「コーディネートのです。ここに来たなら、どんな方であろうと、その方にふさわしいコーディネートをする。それがわたしの仕事です!」

 そう言うと店主は年代物のパソコンを操作した。

 画面に映ったのは、一本の動画タイムラプス

 そこには女の人が一人、映し出されていた。その人がみるみるメイクされ、コーディネートされ、かがやくような姿に変わっていく。

(この女の人、もしかして有名な女優さん!?)

 画面がまたたく。次々と現れるビフォー&アフター。どの顔も有名人ばかり。

「この人たちって!?」

 わたしは思わず声を上げた。

「みんな、本物ですよ」

 店主はあたりまえ、という顔をしている。

 信じられない。だって、どう見たってビフォーとアフターでは別人みたいだもの。

「ちなみに、メイクも、コーディネートもセオリーどおりのことをしているだけです。違うのは、わたしがちょっとした魔法を使える、という事くらい」 

 目の前の店主はそう言ってウインクをした。

 まさか! わたしは思った。

 だけど、もし本当なのだとしたら……

「わたしは、こんなすごい人達みたいになりたいわけじゃないんです!」

 わたしは首を横に振った。

 ちょっとおしゃれな姿の写真を撮って、おばあちゃんに送ったら、それでおしまい。

 それだけなのだ。

「ふふ。ご安心ください。ここまでは、ただの自慢話ですから」

「自慢話?」

「そう、普通の人には、普通の提案しかいたしません」

 ――普通の人? その言葉にわたしは少し安心した。

 ところが、自称・魔法使いの言葉がくるりと変わる。

「ですが! 特別な方には、特別な提案をさせていただきます!」

 そう言うと店主は立ち上がって、もう一度、ていねいにお辞儀をした。

「あなたがここに来るのをお待ちしておりました! 月澄つきすみ佳穂かほさん」

「え!? どうしてわたしの名前を!?」

 わたしはびっくりした。お店に入ってから、自分の名前は一度も名乗っていない。

「さあ、どうしてでしょう?」

 コルボの店主はとぼけたような顔をしながら続けた。

「あなたは小さい頃、記憶を無くしたこと事がありますよね?」

「えっ――!?」

 わたしは言葉を失った。店主の言葉が本当だったからだ。

 

 ――その日、何があったのか、わたしはなにも覚えていない。

 五年前の春。この横浜で、何か大きな事故に巻き込まれて、わたしは気を失った。

 病院で目を覚ましたわたしは、その出来事を何も覚えていなかった。

 ショックによる記憶喪失、それがお医者さんによる診断だった。

「その時以来、あなたは少し困ったことになってしまった。だから今、ここに来ている。違いますか?」

 ――その通りだ。

 その事件のあと、わたしはすっかり引っ込み思案になり、前髪も長く伸ばして目を隠すようになってしまった。

「それは一種の呪いのようなものです。普通の方法では解けないでしょう。私は、それを解決する手段を提供したい!」

 コルボの店主は一枚の紙をテーブルの上にたたきつけた。

「そのためにあなたには、ちょっと頑張ってもらう必要があります! さあ、この契約書にサインを!」

「…………」

 自称、魔法使いの店主。その言葉は本当なのかもしれない。

 だけど、いったい何をどうしたらいいって言うの?

 店主の迫力を前にして、わたしはすっかり固まってしまっていた。

 だけど、その時だ。わたしの後から能天気な声がした。

「ちょっと、ランカスター! この荷物どこに置くのさ!」

 ふり返ると、あの、道化師のような格好をした少年がいた。両手に抱えた荷物がグラグラとゆれている。

「って、やめてください! 今、メチャクチャ格好イイところなんですから! あぁぁ、ちょっと!?」

 あわてる店主の声を後ろに聞きながら、わたしは逃げ出してしまっていた。

 ダメだ……やっぱり、ダメ!

 いつも、肝心なところで逃げ出してしまう。

 これが呪いだ、っていわれるとそうなのかもしれない。でも、わたしには出来ない!

 自分のなさけなさを呪った時だった。

 どしん! わたしは何かにぶつかってしりもちをついてしまった。

ってぇ……」

 さっきの配達の男の人だ。仕事を終えて、出口に向かって歩いていたのだ。

「す、すみません……」

「お……おう。そっちは大丈夫か? ……大丈夫そうだな」

 男の人は歩いて行こうとして、思い直したかのように立ち止まった。

「お前さ。そのうっとうしいの、切ったらどうだ? ぶつかんねえか? 電柱とかに」

 前髪の事だ……。

 わたしはだまる事しかできなかった。

「余計なお世話か。まあ、コウモリにでもなっちまうんだな。そしたら見えてなくてもよけられるだろ」

 どこから出したのか、男の人は黒い傘をクルクル回しながら、ドアの外へと歩いて行く。

 前髪ごしにそれを見ながら、わたしは唇を噛んだ。

(どうして──!?)

 立ち上がると、もと来た方へと走り出す。

 途中、追いかけて来た店主とすれ違う。びっくりしてたけれど、気にしない!

 契約書が置いてあったテーブルまで一気に駆け寄よると、わたしは勢いそのままペンを取った。

「どうして、みんなわたしに変われって言うんですか!?」

 あの配達の人も、ここの店主も、そして──おばあちゃんも!

 そんなに言うんなら! 変わってやる! 外見だけなら、いくらでも変えてやる!

「あ、ちょっと待っ……」

 店主が止めるのも構わず、わたしは契約書にサインをした。

 書き終わるか、書き終わらないかの瞬間だ。

「え!?」

 契約書が金管楽器のような金色に輝きだした。

(な、なに? これ!?)

 光に圧倒されて、わたしの意識は遠のいていった。

    *      *

「だめだよ、あんな言い方しちゃ。カラスぅ」

「ついついノっちゃいました。いけませんねこのクセ」

「あれじゃ、絶対契約してくれなかったよ」

「いいじゃないですか、最終的にサインしてくれたんですから、結果オーライです」

「ダメだよ。もう祭礼ハントが始まっちゃう。何もわからないのに、どうやって今日切り抜けるのさ」

「んー、どうしましょう? もう契約しちゃいましたし、私たちは手出しができませんからねえ」

「もう! 本当に終わらせる気あるの?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 その時、カラン! とドアベルが鳴った。

「ちくしょう! あのクソ親父、代引きなら、代引きって最初に言っとけよ!」

 誰かがぶつぶつ言いながら店内へと入ってくる。

「あー、スマン。さっきの荷物。代金払ってくれ」

 配達の男は頭をかきながら、顔を見合わせている二人に向かって伝票を突き出した。

「──なんだ? 取り込み中か?」

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