鳥獣祭礼[イソップハント]でつかまえて!

〆野々青魚-Shimenono Aouo

シーズン1

第1話 どうして、こうなんだろ……

 生き物には二つのタイプがある、と、わたし、月澄つきすみ佳穂かほは思っている。

 それは 群れを作る生き物と、作らない生き物だ。

 わたしは当然、あとの方。

 一匹オオカミ──なんてカッコイイものじゃない。

 グループでいると落ち着かない。人前に立たされようものなら、顔が赤くなって、まともにしゃべれない。

 そんな調子だから、わたしはいつも一人でいる。

 好きで一人になっているのだから、やっぱり、一匹オオカミじゃないのかって?

 ちがう。絶対にちがう。

 聞いた話だけど、そもそも一匹オオカミというのは何かをやらかして、群れからはじき出されたオオカミなんだって。

 だから、一匹オオカミはいつも不安でしょうがない。やっぱりオオカミは群れで行動する生き物なのだ。


 一人でいると安心するのだから、わたしは群れを作らない生き物でまちがいない。

 はずなんだけど……。

「んー、お客さん初めてっすよね~」

 店員さんは首をかしげながら、わたしの姿を上から下まで観察している。

(うう、見ないでほしい……。)

 のばした前髪は目をすっかり隠すほど長く、どんな表情かおをしているのかなんて、他の人にはわからないだろう。こんなにドキドキしてるのに。

 ここは横浜。大きな港があり、たくさんの船が行き交う、おしゃれで、歴史的な街。

 今、わたしがいるのはショッピングモールの洋服店。カラフルなスカートやワンピースがならんでいる人気のお店だ。 

「ん? その制服、鳳雛ほうすうっすか? すごいっすねー! お客さん」

「ぇ……あ、あの。す、すみません!」

 し、しまった……。わたしは思わずうつむいた。

 あわてて家を飛び出したせいだ。明日から通う中学校の制服を着たままだった。

 『私立鳳雛ほうすう学園』――市内ではちょっと名の知れた有名校だ。将来の夢のため、わたしはかなり背のびをしてこの学校に合格した。

「オッケーっす! お客さん、予算、いくらくらいっすか?」

「ぇ、ぁ、あの、五万円……」

 カバンの中の封筒には一万円札が5枚ある。

 その五万円と銀行口座の89円。それが、今のわたしの全財産・・・だった。


 全てはおばあちゃんの出した〝宿題〟に原因があった。

 はじまりは、二ヶ月前。半年間の海外出張へ行くことになったわたしのおばあちゃん。

 そのおばあちゃんが、一人暮らしになる孫に出した無理難題。

 とっても簡単な無理難題。


『あなたのおしゃれな姿の写真が見たいわ』

 

「好きな色とか、ありますか~?」

 服を選びながら、店員さんが聞いてくる。

「ぃ、色ですか……グ……」レー、と言いかけてわたしは言葉を飲み込んだ。

「ぉ、お任せします……」


 お父さんを早くに亡くし、お母さんも五年前から行方不明。

 ひっこみ思案で目立つ事が苦手。服はグレーのタートルネックしか着ない。前髪で目を隠しているメカクレ・・・・。だから、小学校でついたあだ名は〝コウモリ女〟。

 そんなわたしにとって、その〝宿題〟はあまりにも難しいものだった。

 

『ちょっとはおしゃれしなさいな。そしたら友達もたくさんできるわよ!』

 明るくて、友達がたくさんいるおばあちゃん。

 おばあちゃんには、この〝宿題〟の難しさがわかっていなかった。そしてわたしには、おばあちゃんの〝本気〟がわかっていなかった。

 おばあちゃんを見送り、始まった半年間の一人暮らし。〝宿題〟の提出をのばしにのばし、気がついたのはついさっき。明日はいよいよ入学式という日になってからの事だった。

 届くはずだった通販の商品が届かない。

【支払い方法に問題があります】

 あわててスマホで調べた銀行の残高は、たったの89円!

 この間まで、もっとあったはずはずなのに、それが昨日、ほとんど引き出されてた。

 やったのはもちろんおばあちゃん。まさかここまでするなんて!

 手元にあるのは、カバンの中の五万円。『これで服を買いなさい』とおばあちゃんが残していった現金だけ。

『納得のいく写真を送ってくれるまで、お金は返しません』

 おばあちゃんのメッセージはこうだった。


「あー、ハイハイ。大丈夫っす」

 そう言いながら、店員さんは選んだ服を、わたしの前に吊り下げていく。

「お客さん、髪型ワイルド・・・・っすから、こんな感じすっかねー」


(な、なに、これ……!?)

 並べられたコーディネートを前にして、わたしは言葉をなくしてしまった。

 そこにはミュージシャンがステージで着るようなロックな感じのコーディネートが並んでいた。ワイルドな感じ──この人にとって、わたしはそういう風に見えちゃうの!?

「一度、試着してみるっすか?」自信ありげにコーデを差し出してくる。

 無理。無理。無理! 絶対目立つ!

 こんな格好じゃ『今すぐライブに行け』って言ってるようなものだよ!

「ご、ごめんなさい! また、今度で!」

 店員さんに頭を下げると、わたしは店の外に逃げ出してしまった。


    *      * 


 どこをどう走ったのかもわからない。わたしはいつの間にか、せまい路地に迷い込んでしまっていた。 

(どうして、わたしには勇気がないんだろう……)

 いつもこうだ。大事な時の一歩で逃げ出してしまう。自分で自分がイヤになる。

 ぼんやり空をながめながら、わたしはため息をついた。

 その時、ビルに切り取られた空を、何かがかすめていくのが目に入った。

 鳥? 飛行機? 人間? ──まさか!?

 もう一度よく目をこらすと、ビルの谷間に何かがひらひらと舞っているのが見えた。

 一枚の紙切れだ。

 やっぱり見間違えだったんだ。わたしは胸をなでおろした。

 紙切れは、春の風にひらめきながら、わたしの方へゆっくりと落ちてくる。

 ただの紙切れ。だけど不思議と気になってしまう。

 わたしは手をのばしてそれが落ちてくるのを待ちかまえた。

 あと少し……。そう思った時。 

 ゴオッ! 突然、ビル風がそれをさらうように吹き抜けた。

「あっ!」

 わたしは思わずジャンプをした。間一髪、紙切れはわたしの手の中に収まった。


 それは、一枚のごく普通のチラシだった。

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「こ、これって……!?」

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