台風の中心気圧と「新世界」(1)

 台風の中心近くでは風速四〇メートルとか五〇メートルとかいうすさまじい風が吹いている。

 そんなところまで、だれが気圧や風速を計りに行くのだろうか?


 上陸した台風なら、陸上に気象台や自動観測装置アメダス(地域気象観測システム、AMeDAS)があるので、それで観測できる。

 しかし、はるか彼方の海の上で、観測装置もないところに台風の中心があるとき、その気圧と最大風速などのデータは、だれがどうやって計測している?

 答えは、「だれもやっていない」だ。


 まず、荒れ狂う海に船を出して観測しに行く、などということはできない。確実に遭難する。


 ところで、「嵐の下へ」といえば、夢月七海様主催の自主企画(すでに終了):

 『同題異話・六月号  Under the Storm』

https://kakuyomu.jp/user_events/16818093078443337637

です。

 私も参加しています。よろしくお願いします。


 では、飛行機は?

 船でダメなら、飛行機はまして風にまれて木の葉のように吹き飛ばされるから、さらにダメだろうと思うと、意外に、飛行機だと可能だったりする。

 なぜなら、台風には高さの限界があるからだ。

 台風というのは、激しい上昇気流と下降気流が入り乱れる積乱雲という雲の集合体だ。積乱雲が集合体になって、その集合体が巨大な渦を巻いているのが台風だ。

 その乱流のなかに突入するのは、飛行機でも無理なのだが。

 積乱雲は高さに限界がある。

 上昇気流は、その気流に乗っている空気がまわりの空気より温かく、したがって軽いから上昇できる。

 しかし、空気は上昇すると冷えるので、どこかで、まわりの空気の温度と上昇気流の空気の温度が一致してしまう。

 この高さを「平衡高度」(EL)とか「浮力ゼロ高度」とかいう(平衡高度の高さはそのときの気象条件によって異なる)。

 ここから上には上昇気流は昇れない。上昇気流が昇れないと雲はできない。

 積乱雲も雲だから、平衡高度より上には伸びない。

 したがって、飛行機で平衡高度の上を飛べば、積乱雲の乱流には巻きこまれず、台風の中心まで行くことができる。

 台風の中心や中心近くで観測装置を投下すれば、気圧も計測できるし、台風の最大風速は台風の中心のすぐ外で観測されるから、最大風速もわかる。

 だから、飛行機での観測は可能なのだが。

 問題は、おカネがかかることだ。

 したがって、ほかに手段がなかった時期には飛行機観測をおこなっていたのだが(ただし観測主体は米軍)、「ほかの手段」が開発されてからは、わざわざ台風の中心まで観測しに行くこともなくなった。

 その「ほかの手段」とは?


 一九七七年に初代「気象衛星ひまわり」が打ち上げられ(現在は「ひまわり9号」)、上空から地上の台風の様子が常時観測できるようになった。

 現在では、常時、一〇分に一枚のペースで衛星画像が撮影されている。台風などについては、さらに、その部分だけ選択して撮影することもできるようになっている。

 この画像を使って、台風の強さを推定する。

 台風の強さや発達段階は、中心に雲のない領域(台風の目)がはっきりと存在するかどうか、どれぐらい雲が密集しているか、台風の渦はどれぐらいしっかり巻いているか、などによってパターン分類して、推定することができる。

 もともとは可視光線画像(普通に写真に写る画像。したがって夜は真っ暗になってしまうので使えない)だけで推定していたのが、現在は夜でも写る赤外線画像も使えるようになり、使えるデータの幅が広がった。

 この、はるか上空から見た雲の特徴と台風の大きさなどから、遠い海上にある台風の中心の気圧や最大風速を推定している。

 現在、気象庁は、可視光線画像と赤外線画像を組み合わせてデータ処理する方法で台風の中心気圧や最大風速を推定している。

 したがって、現在、気象庁から南海上の台風の中心気圧や最大風速として発表されるのは、あくまで「推定値」に過ぎない。「推定値」に過ぎないけれど、だいたい信頼できる数値ということで、それが発表されている。

 この推定方法をドボラック法という。


 * 次回は11月3日(日・祝)の午後6時更新です。

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