第4話井藤砦4

 そのうえ、手をかける草木も思いの外少なく、前進を阻んだ。

「甲四郎様、ここは彼奴らにならい具足を取りましょう」

 同行している足軽衆は皆崖の麓で甲冑類を捨てて、背丈ほどの短い槍を杖に苦も無く斜面を上がってゆく。

 それを見て加藤甚六は甲四郎に進言してくれた。

 加藤甚六は、昨夜甲四郎が崖を登頂し奇襲を仕掛けたいと申し出た時に、三郎兵衛がつけてくれた下級武士である、

 甚六は、息子ほど年下であり、ほぼ初陣に近い、齢十八の甲四郎に対し「甲四郎様」と呼び、出しゃばった真似や、自分の経験を押しつけるような事は決してtせず、寡黙に甲四郎に仕えてくれている。

 三郎兵衛が甚六をつけてくれた時、甲四郎は頑なにそれを拒んだ。

 甲四郎は、経験のない自分は、経験豊富な甚六の指示に従わざるおえなくなるのでは無いかと感じたのだ。

 だが、経験は無いが自信だけはある甲四郎の闘志を、三郎兵衛は摘んでしまいたくはなかった。

 三郎兵衛は、鼻息の荒くなっている甲四郎を諭すような目で見てこういった。

「甚六はな、儂が見てきた誰よりも我をわきまえ見本とすべき武士だ、けして出過ぎたまねはせん」

 そう言われても、甲四郎は納得のいかない顔で口を真一文字にし、無言の拒否を張り続けた。

 三郎兵衛は、はじめから東側斜面と中央突破の二面攻撃を考えていた。

 その東斜面の攻略には、甚六に三十ほどの兵を付け、守りが手薄な東側の見張り台を攻めさせようと考えていたのだが、甲四郎が持ってきた作戦は、三郎兵衛の考えていたそれよりも遙かに過酷で、実現が困難なものである。


 甲四郎の提案は、断崖を攻略し、手薄な東面から攻め崩すというものであり、しかも、使う兵は三郎兵衛の手持ちの者ではなく、普段山賊紛いの生活をしている足軽の中から、僅かな精鋭をつかうのだという。

 確かに砦側から、東の崖を登ってくる者を容易に発見することは容易ではないだろう、が、三郎兵衛は斜面の険しさを心得ている。

 思い悩む三郎兵衛の前に、甲四郎の父であり、三郎兵衛の右腕である十吉が進み出た。

「奇襲が無ければ砦は落とせますまい、よろしければわたしが甲四郎を伴い」

「いやそれには及ばん」

 三郎兵衛は十吉の言葉尻を遮ると、もう一度甲四郎の目を見た。

「その奇襲の件、甲四郎に委ねよう。だが儂とて重要な策に経験のない者をつけるほど甘くは無い、し損じることのないよう、相談役として、父を伴い行くのか、甚六を伴い進むのか決めよ」

 三郎兵衛は目の前の若者がどちらを選択するのか当然解っていた。


 崖の麓で具足を取りながら、甲四郎は甚六を見た。

 まだ年若い甲四郎に、甚六を付けてくれた三郎兵衛の配慮の全てに気づくことはできない。

 だが、甚六でなく父の十吉とここにいればこうも素直な心持ちで進軍は出来なかったであろうし、十吉ならすべてを自らの思い通りに動かそうとしていたことだろう予測はたっていた。

「間に合わせなければな、三郎兵衛様の為にも」

 甲四郎は素直な目で甚六を見て言った。

「さようですな」

 短い会話を交わすと、二人はふたたび崖を登り始めた。

 足軽衆等は手慣れたもので、短めの槍を射杖に、まるで平地を行くように斜面を蹴り上がって行く。

 それを甲四郎と甚六が息を切らせ追って行くかたちだ。

 戦国初期の足軽とは、謂わば傭兵のような組織で、大名や国衆などに雇われれば戦地へ向かう、地域社会から逸脱した集団で。

 日常は盗賊や山賊、沿岸地域では海賊のような暮らしで生計を立てているをしている粗野な者どもで、雇い主である領主や指揮をとる者に対してなんの忠誠心も持たない集団なのである。 

 だが、実際に足軽に接していると、乱暴な野獣のような集団では無く、仲間を思い集団を家族のように扱う、国という考えに縛られない、こりはこりで理想の集団のありかたなのではなかと、甲四郎は感じ始めていた。

 山頂付近まで辿り着くと、人が数人休めるほどの平地があり、甲四郎達はそこで休息を取る事にした。


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